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第二百六十五話 綱渡りする馬車の中

 


「……静かだな」


『まぁ、その方が異変には気付きやすいかね』


 ガラガラと進む馬車の中で、ルドーは聖剣(レギア)と話しながら、窓から外を眺めていた。


 ソラウ王国の都市の一つ、パシフラー。

 歌姫候補の最終選考が行われるその場に、ルドーは馬車で向かっていた。


 同行しているのは、チラシを持ち込んだイエディ、メロン、トラスト、ビタ、そして歌姫候補に女装したノースターだ。


「トラストさん、探知魔法に反応は?」


「今のところありません」


「メロン、周囲の、魔力の、流れは」


「眠くなっちゃうくらい動きがないから、だいじょーぶっ!」


 そわそわしているビタが、何度目かわからない確認を取り、イエディが静かにメロンに問いかければ、元気なグッジョブが返された。


 歌姫役のノースターを真ん中に乗せて、囲うようにそれぞれが席に座り、ルドー同様窓の外に目を凝らしたり、時折魔法を使って警戒を強めている。


 イエディが持ち込んだ、歌姫候補募集チラシ。

 結局女神深教の祈願持ちたちの出方を確認するというゲリックの進言に、ルドーたち魔法科は従うことになった。


 ルドーとクロノの二人は、ゲリックとの契約魔法に縛られて抵抗出来ない。

 ならば協力する他ないと、報告したネルテ先生も含めて、渋々納得した形だった。


 ルドーは改めて、手元にあった歌姫候補の募集チラシを持ち上げて、詳しく読み込む。


 主催は歌姫派閥の力が強い、ソラウ王国トロープ公爵家。

 募集対象は、アシュとスレイプサス監獄での目撃情報から、明るい色の長髪で、十代後半から二十代前半の女性。

 書類などの選考をいくつか挟み、指定された日程で最終選考、という話のようだ。


 そして今、書類選考を難なく通過したノースターの最終選考に向けて、ルドーたちはパシフラーを目指していた。


『なんでこんなことに……(´;ω;`)』


 儚い美少女の姿に変えられたノースターが、両手で顔を覆ってシクシク泣き始めている。

 その姿ですら、哀愁漂った美少女感を醸し出していた。

 危うい扉を開きそうで、ルドーは距離を取るように出来るだけ遠ざかっていて、直視できない。


 ノースターは歌姫役の女装に、最後まで抵抗していた。


 ゲリックの指示した歌姫候補の潜入調査。

 女神深教の出方を伺う目的と、もし連中が動く場合の、事前の危険の察知。


 平和維持機関エレイーネー魔法学校の生徒として、その合理性は魔法科の誰もが理解している。

 女装しなければならないという、ノースターの心情だけを除いて。


 ルドーはそっと視線を、窓の外から、窓枠に沿えた右手甲の契約紋に移した。

 潜入を提案してきたゲリックは、エレイーネー魔法学校で待機している。


 相手はゲリックの提案通り、不老不死の力もを持つ女神深教の祈願持ちたち。

 危険性が高い調査のはずなのに、ルドーたちに行動は任せて、ゲリックは詳しく指示を出して来なかった。


 なにか、女神深教の動きを探る以外の思惑がありそうで、ルドーは不信感を募らせている。


聖剣(レギア)、変な反応はないよな?」


『今のところはな。ただ、俺もあいつらに対しては、近くじゃねぇと上手く反応出来ねぇが……』


 雑木林が続く窓の外を眺めながら、ルドーは聖剣(レギア)と警戒を強める。


 ソラウ王国が万一女神深教に襲われる場合、事前に防ぐ方法の模索も意味する。


 あの化け物たちに対して、まだルドーたちに出来ることは少ない。

 それでも動きが分かれば、少なくとも救える命はあるはずだ。


 ウガラシ、ストシオンと、惨状を目の当たりにし続けてきた。

 自分たちなりに出来る情報収集を行おうと、それぞれが考えて動き始めていた。


 もしパシフローが狙われるとすれば、歌姫候補が集まる最終選考の日が一番怪しい。

 そう考えたエリンジの結論から、魔法科一年の生徒は三班に別れて、パシフローに潜入する手筈になった。


「カゲツの提案で、俺たちはサンフラウ商会の手伝いという名目で、ソラウ王国に入ることになる」


「はいや! 歌姫候補を集めるならば、選考や人員管理で人の募集が入るはずですや。その臨時募集なら、いけるはずですや」


 エリンジの説明の横で、カゲツが立てた指をピコピコ動かしている姿を、ルドーは思い出す。


 カゲツの伝手で、サンフラウ商会からパシフローに向かうことになったのは六人。

 リリア、エリンジ、カゲツ、フランゲル、ヘルシュ、ウォポンだ。

 この六人は、外部からの手伝い人員として、情報収集しながら周囲警戒を務める。


「お兄ちゃん……」


 不安そうな表情で、あの時のリリアはルドーをじっと見つめていた。

 リリアとは別行動になる形だが、エリンジが一緒に行動するだろう。


 ルドーはそこまでリリアについては心配していなかった。


「それでも三分の一程度だ。他はどうする」


「……一応一つ、心当たりあるけど」


 再び議論し始めたエリンジに、今度はクロノがあの時声をあげた。


 歌姫本人であるクロノは、今回の潜入にあまりいい表情は浮かべていない。

 女神深教の危険性が高いのだ。

 トラウマ持ちのクロノには、当然の心情だろう。


 それでもクロノが声をあげて協力の姿勢をとっているのは、危険を少しでも減らそうと考えてくれてのことか。

 それとも契約魔法の相手であるゲリックに、逆らう気は更々ないという諦念の為か。


 物憂げな赤い瞳を浮かべ、考え込んでいたクロノの真意は、ルドーには分からなかった。


「ソラウ王国に伝手があるのか」


「確証はないけど、多分大丈夫。交換条件に、本気の組手でも言えば聞くと思うし……」


「誰のこと言ってんだよ、てめぇ」


 エリンジにそう返したクロノに向かって、カイムが怪訝そうに片眉をあげていた。


 そうしてクロノが交渉した相手は、護衛科のハイシェンシーだった。


 ハイシェンシーは、基礎科に籍を置く、バンティネカの正式な護衛だ。

 なんとバンティネカは、ソラウ王国第三王女、バンティネカ・ゲオーギル・ソラウだった。


 全科目合同訓練でルドーも面識こそあったが、まさか王族だと思っていなくて、知った時は度肝を抜かれた。


 まだ護衛科にも基礎科にも、クロノが歌姫だという事実は伝えていない。

 真相を隠したまま、クロノはハイシェンシー伝手に歌姫募集の話を聞いたと伝え、現地調査の話を持ち掛けた。


「王族相手に、あっさり許可が取れるとは思いませんでしたわ」


「あっさり過ぎて逆に怖いくらいにね」


 協力を取り付けたクロノの報告に、キシアとアルスは不思議がっていた。

 なにかバンティネカに思惑があるのだろう。


 そうしてバンティネカ率いるハイシェンシーの現地調査に、クロノ、カイム、アルス、キシア、アリアが同行する話にまとまった。


 王族の率いる現地調査だ。

 この班が今のところ、一番ソラウ王国で後ろ盾が強く、動きやすいと言えた。


 そうして残ったルドーたちは、イエディの実家ルッツ家の伝手で、ノースターの護衛兼世話係として、ソラウ王国に入ることが決まった。


 強引に偽歌姫にが仕立て上げられたノースター。

 今のところ一番危険だということで、ノースターにはエレイーネー代表ということにして、先生たちも護衛に付くことが決まっている。

 先生方からしても、不服ながらもどうしようもないという、苦肉の策ということらしい。


 ルドーたちが乗る馬車の前を、ネルテ先生を筆頭に、先生方が何人か乗った馬車が先導していた。


 歌姫候補としての最終選考。

 そこでメインとして情報収集をしつつ、ルドーたちはその補助として、周囲で情報収集することになったのだ。


「イエディ、大丈夫ー? 家族とは仲悪いんでしょー?」


「候補を、私が見つけたなら、それにあやかりたいはず。多少は、融通が効く、と思う」


 話し合いの際、心配そうに顔を覗き込んだメロンに、イエディは考え込みながらそう返していた。


 歌姫候補募集のチラシを持ってきたのは、イエディの実家ルッツ家だ。

 家の命令に応じて持ってきたのなら、ある程度イエディの功績とも受け取れる。

 実際は最初から偽物を送り込むことになるが、それでも有力な候補だと、ルッツ家は思い込む。


 家との関係は悪くても、今の時点では候補との繋がりから、イエディもルッツ家に邪険にはされないだろうという判断のようだ。

 それでも心配だという様子で、メロンはイエディに抱きついていた。


『たった今パシフローに入った。他の班、状況はどうだ』


 ガラガラと馬車の音が響く中、エリンジの淡々とした通信魔法が聞こえた。


 エリンジたちはどうやらサンフラウ商会の人員として、配置につきながら、情報収集を開始したらしい。

 まだ現地入りしたばかりだが、今のところパシフローの空気は不穏ではないようだ。


『こっちはとっくに入ってらぁ。警戒しちゃいるが、今んとこ怪しい動きはナシだ』


 続いてカイムのぶっきらぼうな通信魔法が入った。


 カイムたちは歌姫候補募集の話を聞いた王族代表として、現地に見学に来たバンティネカの指示で調査を開始した、という体で既に警戒に当たっている。


『ただよ、どうにもあの王女さんはなんか考えがあるくせぇわ。クロノがずっと情報応酬してやがるし、察しの良い奴も顔色よくねぇ』


 カイムの通信魔法の説明で、ルドーは馬車の中で顔を見合わせた。


 どうにも情報収集に強いクロノと、バンティネカが表向きは平穏に、情報を引き出す応酬の会話をしているらしい。


 バンティネカは全科目合同訓練でも指示役に回っていた、頭の切れる王族。

 クロノの話に乗ったのも、やはり考えがあってのことのようだ。


 察しのいいアルスとキシアは、王族相手のクロノの応酬に冷や冷やしており、なにも気付いていないのはアリアだけのようだ。


『……分かった。あまり無理はするな』


『言われなくてもそのつもりだっつの』


 少し硬くなった声のエリンジに、カイムはそう軽口を叩く。


 ルドーはトラストに目配せして、通信魔法の報告を任せた。


『こちらはまだ馬車移動の中です。もうすぐ到着すると思いますが……』


 そう話すトラストが、窓から外の様子を報告する。


 ルドーたちが今回転移門ではなく馬車を使っているのは、単純に拍付けのためだ。


 歌姫候補として潜入して情報収集するには、出来うる限り最終段階まで、選考に残り続けることが理想的。

 そうなると、実務的な転移門ではなく、それなりに豪華な馬車での移動で、周囲に権威を見せつけるのが望ましい。


 エレイーネー魔法学校も一応、こういった格式の為の馬車は用意されている。

 といっても基本は転移門での移動が多いので、外部からの依頼者を送迎する用の物ではあるが。


 馬車で移動できる転移門もあるが、大きさと設置場所が限られているため、拍が付くかわりに移動に一番時間がかかるようになっていたのだ。


『一番危険なのはそこだ。注意を怠るな』


『ケッ、女役も嫌がって手ぇ抜くんじゃねぇぞ』


『そんなぁ。゜(゜´Д`゜)゜。』


 カイムの追撃で、泣いていたノースターが更に肩を震わせた。

 聖剣(レギア)が揶揄うように、小さくパチパチ弾けている。


 どうしてノースターは、ここまで美少女的な動きを自然としてしまうのか。

 空中に浮かぶ魔法文字も、もはや愛嬌があって女性的にしかルドーには見えない。


 ノースターとしては自然体なはずだが、その美しい女性らしさに、ルドーは顔が赤くなるのが止められなかった。


「ルドーくんも気を付けてね! 私たちが今護衛しているのは、ノスタシアちゃんなんだから!」


「わ、わかってるって……」


 メロンにビシリと鼻を指差され、ルドーはどぎまぎと視線を逸らした。

 女装した潜入調査と分かっているが、ルドーはついノースターと名前を呼ぶ癖が抜けない。


 いくらノースターが美少女として完璧でも、これでは何かあった時にボロが出る可能性がある。

 メロンはそれを指摘していたのだ。


「全く、これだから表裏が理解できない庶民は嫌になりますわね」


「そこは僕も気をつけませんと……」


「べべべ別に、庶民でも出来ないとは申し上げておりませんわ!」


『地獄かな? ここは』


 少し落ち込み始めたトラストにビタがわたわたしている横で、ノースターがどんよりとしながら魔法文字で愚痴る。

 先程よりもノースターの落ち込み方が酷いが、何か嫌な気分になる会話でもあっただろうか。


 その時、馬車がカタンと揺れて、雑木林から舗装された道に入った。


「……見えてきたか」


『さぁーて、こっからが正念場だな』


 窓越しに街並みが現れはじめて、ルドーは聖剣(レギア)と共に気を引き締める。


 指定された場所は、パシフロー内のトロープ公爵家が管理する、産業福祉会館。

 普段はイベントや住民活動に使われる広い空間を、集まる歌姫候補の為の休憩室と、選考の為に内装を作り替えているらしい。


 そうは言っても、小さな馬車の窓から遠く見える外観からは、ルドーには詳しいことは読み取れないが。


「……」


「イエディ、大丈夫?」


「うん。一緒なら、きっと、大丈夫」


 景色が近付いていくにつれ、イエディの顔色が少しずつ悪くなっていった。

 心配したメロンがイエディの手にそっと触れ、イエディはその手を静かに握り返す。


 到着した先で、ルドーたちはイエディの実家、ルッツ家の案内を受ける手筈になっていた。

 家族と折り合いの悪いイエディは、その案内に出向いて来るルッツ家の人間に、無意識に怯えている様子だった。


 幸薄そうなイエディの顔がどんどん険しくなっていき、見兼ねてルドーは声を掛けた。


「イエディ、無理して前に出る必要はないぞ」


「うぅん、私が引き受けた。なら、私が対応、するべき」


 険しい表情をしながらも、イエディはそう言って、三白眼でルドーを真直ぐ見据えた。

 落ち着きを取り戻そうと、イエディは目を瞑り、胸に右手を当てて大きく深呼吸し始める。


「私の心配は、しないで。今は歌姫候補に、集中して」


 落ち着いたイエディは静かにそう言っていたが、メロンの手は強く握ったままだった。

 だがルドーはイエディの意見を尊重して、窓の外の警戒に意識を戻す。


聖剣(レギア)、パシフローのこの周辺に、変な反応はあるか?」


『今のところねぇ。目的地の建物も、特に反応ねぇな』


 ルドーの問いかけに、聖剣(レギア)はパチパチ弾けながら答える。


「建物には、かなりの数の魔法が、防犯のために施されているようですね」


「それで安心できる相手ならば、私たちも苦労しませんけれど」


 眼鏡越しに瞳を黄色く光らせて、トラストが建物に対して観測者の役職で解析魔法をかけていた。

 それを聞いたビタも、まるで焼け石に水とでもいうように、小さく溜息を吐く。


「……ゲリック、そろそろ着くぞ。本当にいいんだよな?」


『はい。選考方法は判別できませんので、そちらで全力を尽くしてみてください』


 ルドーが右手の契約紋に声を掛ければ、頭の中に悪魔の声が響く。


 歌姫候補募集に対する潜入で、女神深教の祈願持ちに揺さぶりを掛ける。


 歌姫を古代魔道具に変える女神深教の祈願持ちたちには、既にクロノが本物の歌姫であると知られてしまっている。

 ここにルドーたちが警戒を重ねてノースター、もといノスタシアを歌姫として潜入させる。


 それに対して、祈願持ちたちはどのように動くだろう。


 最初から偽物と知っていて、パシフローを蹂躙しにかかるか。

 クロノがノスタシアに化けていると考えて、古代魔道具化の為の接触を図ってくるか。

 それとも全く別の人物に変装していると踏んで、全然関係ない相手に目星をつけてしまわないか。

 そもそも女神が吸収された影響で、動くことすらしてこないか。


 一番最後は楽観的な考えだが、それ以外だとすれば、かなりの被害がパシフローで起こることが予想される。


聖剣(レギア)、あいつらどう動くと思う?」


『さぁな、想像もつかねぇよ』


 建物を睨み付けるルドーに、聖剣(レギア)が溜息を吐くように弾ける。


 カタンと止まった馬車のドアを、ルドーは警戒しながら開く。


『到着しました。これからルッツ家に合流して、内部に入ります』


『了承した』


『中は通信使えねぇぞ。気を抜くんじゃねぇ』


 トラストの通信報告に、エリンジとカイムが返事を返す。

 ルドーは警戒する視線を周囲に向けた後、そっと馬車から先陣を切って降りていった。


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