第二十六話 暴走する古代魔道具
濃度の高い瘴気が、どんどんと空間に充満していく。
発生する魔物の規模が、少しずつ大きくなってきていた。
踝ほどだった瘴気が、膝上まで上がってくる。
このままだと瘴気にのまれて、ルドー自身の居場所さえ見失いそうだった。
転移魔法と通信魔法は使えなくなった。
だが攻撃魔法まで妨害されていなかったのは、不幸中の幸いとでもいうのだろうか。
それでもこれまでずっと戦い続けたせいか、消耗が激しい。
魔力が枯渇すれば、当然戦えなくなるわけで。
いつまで持つかわからない中、戦い続けるのは、通常の戦闘よりずっと危険が伴う。
古代魔道具は、経年劣化でさえ壊れることがない永久機関だ。
だからこそ、戦争や内戦の火種になるそれは、滅多に表に出回ってこない。
そんな厄介物を各国が厳重に保管しているのは、破壊することが出来ないからだ。
破壊することが出来ない以上、厳重に封印して、表に出てこないようにするしかない。
国庫の奥深く、封印するように保管された古代魔道具は、その国の王族でさえ、正確に把握できているか怪しいと聞く。
そんな破壊することが出来ない、古代魔道具が吐き出している、超濃度の瘴気。
破壊することが出来ないのに、どうやって止めればいい。
未だに響き続けている金属音は、ルドーたちの思考を揺らして、考えをまとめさせてくれない。
「古代魔道具が瘴気を生むだと!? なぜそんことになるのだ!」
「中央魔森林の中のこの遺跡、ずっと昔に滅んだ国のなにかだったんだよきっと」
瘴気から出現する魔物が、どんどんと大きく強力になっていく。
発生する魔物を、一撃一撃で確実に仕留めながら、疑問を呈したフランゲルの叫びにクロノが答えた。
「ここに放置されて、何年たってるかわからない。数十年か、下手したら数百年か。存在を忘れ去られて、誰にも管理されなくなったから暴走してんのよ!」
魔物を次々屠りながら、クロノは今起きている現象を説明した。
ルドーには理屈はよくわからない。
古代魔道具は人の手が入らなければ、暴走してしまうということだろうか。
クロノの説明を肯定するように、聖剣がパチリと低い音を立てた。
『あぁなったらもうだめだ。どうにもならねぇ』
「あの瘴気が発生しないよう、直すことは出来ねぇってことか!?」
『完全に腐っちまったもんは、どうにもなんねぇだろ』
聖剣の言葉の意味がよくわからず、ルドーは一瞬怪訝な顔になる。
例えが分かりにくいが、要は修復することも不可能だという事だろうか。
腰まで上がってきた瘴気から、中規模魔物が発生し始める。
消耗しながら、戦える者で何とか必死に応戦し、倒して霧散させていた。
「この濃度の瘴気が、この勢いで増えたらマズイ! このままだと数日で遺跡から溢れて、中央魔森林に近い、近隣の町が襲われる!」
「つまり逃げるのも悪手だと?」
「最悪はそうしたかったけどね。だが転移魔法を封じられた今、君たち全員を抱えて飛行魔法は不可能だから、残念だけどもう戦うしかない」
エリンジの返答にそういうと、ネルテ先生は服の裾をビリっと破った。
と思ったら、血を流している左腕に、ギュッと巻いて止血する。
そのままネルテ先生は、緑色の魔力で拳を練ると、次々魔物を屠りだした。
回復に使う魔力も惜しいという事だ。
エリンジも会話をしながら、虹魔法を順次展開して、魔物を確実に仕留めていた。
ただ先程の戦闘の消耗が酷過ぎるせいか、エリンジのいつもの火力が少しずつ下がってきている。
フランゲルは、まだ魔法が不安定ではあるが、火力は申し分ない。
こういう多数の魔物に対して、かなり効果的だった。
ただ後先考えずに剣を振って、フランゲルは火炎魔法ををぶっ放していた。
数発放ってはフランゲルは息を切らして、息が整ったらまた数発繰り返して、魔力を無駄に消耗していた。
メロンも何とか魔物を倒そうと画策している。
しかしまだ練度が低く、メロンはそもそも自力で水を作れない。
水路からこぼれていた水をかき集めて、なんとか魔物を弾き返すのがやっと。
しかも数が多いせいで、魔力制御の体力が足りず、息切れし始めている。
イエディに至っては、魔物に対処する確実な魔法すらない。
メロンの後ろにしがみ付いていた。
「カイム、連絡はまだ?」
「さっきのくそ人間どもの余波に食われた。さっきから試してっが、うんともすんともいわねぇ」
「妨害されてるか」
「それでも連絡取れなきゃ、こっち来るだろうね。この瘴気さえなければ」
クロノたちの方も、それぞれ魔物を倒しながら何やら話している。
どうやらこの遺跡に居たのは、今までのような施設破壊とは、別の目的のようだ。
何の目的かはルドーには皆目見当がつかない。
だがそれもこの瘴気のせいで、クロノたちも動けなくなっているようだ。
魔物を倒しながら、現状を何とかしようと、クロノたちが必死に話し合う声がルドーの耳に聞こえる。
「おめぇのいつもの馬鹿力で、あれぶっ叩いて壊せねぇのかよ!」
「そっちは無理。多分もっと瘴気が出て悪化する」
「なんでやってもねぇのに分かんだよ!?」
「色々と見てるからだよ……ん?」
カイムと話していたクロノが、何かに気付いたように、暴走している古代魔道具の方をじっと見つめていた。
髪の刃で次々と魔物を屠りながら、その様子に気付いたカイムが怪訝な声を浴びせる。
「今度は何だよ!?」
「傷が付いてる? いやでもそんなはずは……」
「聞けよ! だからなんだってんだよ!?」
「ボンブ! ここで戦ってた時、あのあたりで傷がつくような攻撃に、心当たりある!?」
クロノが大声を上げて指差した方向に、ルドーたちも戦いながら、つい視線を向けた。
黒ずんだ真鍮の、巨大な鍋の縁当たりに、うっすらと亀裂のような、掌大の傷がある。
それがなんだと叫ぶカイムを無視して、クロノはボンブに必死に返答を求めた。
ボンブは魔物に攻撃魔法を浴びせつつ、先程の戦闘を思い返すように唸りながら伝える。
「俺はここに落ちてきただけだ。その後すぐ合流したから、あそこには攻撃してない」
「あのちっちぇえ傷が何だってんだよ!?」
「破壊できないはずの古代魔道具に、傷を付けられるものがあるってことだよ! それなら破壊できるかもしれない!」
クロノの叫びに、その場にいた全員が驚愕して、もう一度傷を見直た。
間違いなく傷がついていることを、全員が確認する。
その場の全員が、先程の戦闘で傷をつけるよう攻撃があったか、必死に記憶を探り始める。
だが、誰一人思い当たる攻撃が、全く頭に浮かび上がらない。
全員が魔物を対処しながら、必死に頭を回しているとき、不意に聖剣が呟いた。
『……あ。あれ俺が刺さってた時の傷じゃね?』
「あっ! さっき聖剣がぶっ刺さってたの、これか!」
思い出したかのような聖剣の言葉で、ルドーも引き抜いたときのことに思い至った。
真っ暗で何も見えなかったが、確かに五メートルほどの高さから落下した。
今の明るい状況から見返して見れば、ちょうどあの真鍮の大鍋の高さと同じくらいだ。
ルドーの声で、その場の全員が振り返る。
「たしか、その聖剣も古代魔道具だったな。まさか古代魔道具なら、古代魔道具を破壊できる?」
「前例はないよ。でも傷の原因がそれなら、可能性はある!」
エリンジとネルテ先生の推測に、ルドーは聖剣を両手で握りして問い詰めた。
「おい聖剣、どうなんだよ!」
『流石にやったことねぇから知らん! でもそうか、あのよくねぇ感覚……』
例がが珍しくブツブツ言い始め、最後の方はルドーには聞き取れなかった。
「おいトゲ髪三白眼! 出来んのか出来ねぇのか!」
「なんだその呼び方!? 流石にやってねぇからわかんねぇけど、やるしかねぇ!」
向こう側で戦いながらこちらの話を聞いていたのか。
カイムがしびれを切らして上げてくる大声に、ルドーは意味も分からず切れ返す。
しかしルドーが試しに雷魔法で攻撃しようとした瞬間。
タイミング悪く瘴気が胸まで届き始めたせいで、今まで戦った比ではない、超大型の魔物が沸いた。
大きな竜のような、蛇のような。
首を擡げるようにしながら、暴走する古代魔道具のすぐ後ろから、同じほどの大きさの頭が現れる。
ゆっくりと首を振って、縦に長い目がこちらを視認している。
少しずつ全身を現していく魔物と、比例するような絶望。
身を支配されていくように、全員が動けなくなって呆然と眺めていた。
だが突如、大きな打撃音と共に、超大規模魔物の首が大きく曲がって霧散する。
クロノが跳び上がって、超大規模魔物の首を足蹴りで屠ったところだった。
「魔物はこっちで何とかするから、壊すの頼んだ!」
「てめぇ、また勝手に!」
「言ってる暇ないでしょ! 他に方法あんの!?」
魔物を屠って着地した後、クロノはそう叫んで、噛み付いてきたカイムに言い返す。
再び湧き始めた超大規模魔物に向かって、跳び上がってまた蹴撃を食らわせ始めた。
大きく舌打ちして悪態をつきながら、カイムもルドーたち周辺の小中規模魔物を、髪の刃を使って次々と駆逐する。
それを見たボンブも、倣うように周囲の魔物へ、赤黒い魔力を練って、攻撃魔法を放って狩り始める。
どうやら渋々だが、魔人族も協力してくれるようだ。
「全員ルドーの援護だ!」
ネルテ先生が大声を上げて、周囲の魔物を緑の魔力の拳で、ボコボコに叩き始めた。
エリンジたちも、それに頷いて続く。
全員の消耗が激しい今、散り散りに戦っていては効率が悪い。
皆ルドーの周辺に集まって、その周辺のみ集中的に魔物と戦い始める。
戦い始めた周囲をじっと見た後、ルドーは聖剣を構えて、真鍮の大鍋に向き直った。
『大分ボロボロだが、いけそうか? ルドー』
「多分……あと全力一発使ったら、気絶ってところか」
『いつも通りギリギリだな』
「それより気になるのは、その一発であれが破壊しきれるかどうかだって」
ルドーはなんとか足を奮い立たせて深呼吸し、魔力を溜め始める。
色々と戦い続けて短時間に、雷閃を二発も撃った。
そのせいか、魔力を溜めるのもかなり集中力を使い、いつもよりずっと遅く感じる。
疲労困憊の状態で、古代魔道具を一撃で破壊できるか、ルドーは不安に思っていた。
しかしそんな不安は、聖剣があっさりと否定した。
『そっちは多分大丈夫だ』
「なんか根拠あんのか?」
『あれはもうダメだって言ったろ、そういう事だよ』
暴走するほどダメになっているから、耐久はそれほどないという事だろうか。
どうにもこの辺りのことは、聖剣には若干ぼかされて伝えられているような気がする。
しかし今は気にしていられないと、魔力を溜める方にルドーは集中した。
狙うとしたら、先程の傷口にもう一度当てるのが一番効果的だろうか。
他の傷のない部分に当てて弾かれたら、目も当てられない。
間に魔物が入ってきて、そいつに攻撃が吸われるのもダメだ。
ギリギリで戦っているのは、何もルドーだけではない。
全員の限界が近い中、確実に全力が当たるタイミングで、ルドーは攻撃を放たなければならない。
どうするべきか。
ルドーが魔力を溜めながら考えていると、急に聖剣からバチッと雷が弾けた。
『ゴチャゴチャ考えてんな、捨てろその考え』
「いやでも、外せねぇ」
『だから余計なんだよ、そのゴチャゴチャした考え。魔法は感覚でやれ』
「いやだからそれわかんねぇって……」
『当たれって思って撃ちゃいいんだよ。アホ』
さらにバチッと、ルドーの額に小さな雷が当たった。
まるでデコピンでもされたような感覚。
だがそこで初めて、ルドーは身体が緊張して、固くなっていたことに気が付いた。
『肩の力抜け、それじゃ当たるもんも当たらねぇ』
「いやホント助かる」
『おうよ』
ルドーが思わず礼を告げると、クツクツ笑うように聖剣に返される。
目を瞑ってゆっくりと息を吐いた後、当てる部分にのみ視線を向けた。
周りの戦闘の音がどこか遠く聞える。
魔力は充分に溜まった。
やることはいつだってシンプルだ。
「あたれええええええええええええええええ!!!」
大声を上げながら、ルドーは大きく聖剣を振り上げる。
超極太のレーザー状の雷魔法の砲撃、雷閃が、レギアの黒い刀身から一直線に放出していく。
真鍮の大鍋ど真ん中に命中して、轟音と激しい雷光を放ちながら、反対側まで綺麗に貫いた。
貫いた場所から、次々と亀裂が広がる。
まるで完成したパズルが、バラバラにされていくかのように。
真鍮の大鍋は、白く激しく光りながら、粉々になっていく。
魔物が崩れる時のように、ボロボロと崩壊して。
連鎖して超濃度の瘴気の発生が止まり、既に発生していた瘴気も、霧が晴れるように掻き消えていく。
湧いた魔物はその場で、ただ塵になっていくだけだった。
攻撃の余波と、真鍮の大鍋が崩れていく衝撃。
その空間そのものが大きく震え、全員がその場に蹲って耐え続けた。
『……っと、……れ……』
不意に小さくなにか聞えた気がした。
それが何かを理解するよりも先に、全力を出したせいで、ルドーの意識は混濁し、そのまま闇にのまれて行った。




