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第二百六十二話 歩く災害とジャスタ

 


「ゲリック……はるきが、ジャスタが人工的に作られたって……どういうことだ?」


「文字通りの意味です。あれは人間が作り出した存在。女神ではない」


 信じ難い事実に声を絞り出したルドーに、ゲリックはそう言い放った。


 ゲリックはルドーの足元から、落とした本を拾い上げて本棚に戻し、付いて来るようにちょいちょいと指を曲る。

 付いて行っていいのかと、聖剣(レギア)が疑うようにルドーの背中でパチリと弾けた。


 歩く災害のボス、今世のはるき、ジャスタ。

 この世界ではるきに何が起こったのか、ゲリックはこの口ぶりから知り得ている。


 事の真相を知ろうと、ルドーは強く拳を握ってゲリックの後に続いた。


「人間が作ったって……ゲリック! はるきは、あいつはなにがどうしてああなっちまったんだよ!?」


「そうはいいますが、貴方は既に情報は得ているでしょう」


 図書室を出た先の廊下を歩くゲリックの言葉に、ルドーは混乱した。


 既に情報は得ている。

 もしゲリックのその言葉通りなら、ルドーはまた前世の記憶と同じように、とっくに辿り着けたはずの答えを見逃している。


 必死に振り返るように、ルドーは今まで起こったことを思い起こす。


 関連があるとすれば、歩く災害のボス(はるき)が普段持ち歩いていた、空想の魔導書。

 それが保管されていたらしい空のケースがあった、ファブのレペレル辺境近くの、三百年前に滅びた、カスタレア王国の研究室。


 そこで見つけたとクロノが語っていた、倫理観もない実験は――――。



「――――魔人族の女性を魔物と勘違いしてやってた、交配実験……?」



「然り。歩く災害はその交配によって偶発的に生まれたもの。ジャスタに至ってはその第一号です」


 ルドーはガツンと頭を殴られるような感覚だった。

 背中で聖剣(レギア)が呻くように小さく弾けていることにも、ルドーは気付けない程。


 三百年前、魔人族が認知されていなかった故に、中央魔森林で捕縛され、魔物の進化と誤認識された魔人族の女性。

 魔物を掌握し、軍事転用の研究を行っていたカスタレア王国。


 その第一歩として、捕縛した魔人族の女性と、捕まえた魔物を無理矢理まぐわらせることで行っていた、交配実験。


 魔物に生殖機能はない。

 なのにその実験から、人でも魔人族でも魔物でもない、もっとおぞましい何かが生れ落ちてしまった。


「なんで……そんなバカな話があるかよ!?」


『魔物には生殖機能はない。それは覆らないはずだぞ』


「色々な偶然が折り重なって生まれた。本来ならそんなもの、生まれるものではなかったんですがね……」


 驚愕に喚いたルドーと、冷静に低い声を出す聖剣(レギア)に、ゲリックは振り返って答える。


「女神がこの千五百年、輪廻転生の仕事を放棄していた……そのせいで中央魔森林には、地獄にたどり着けない死者の魂が、ある程度停滞していたんですよ」


 再び先を歩き始めたゲリックに、ルドーは一歩遅れて走り追いかける。


 輪廻転生の魂の停滞。

 輪廻を巡るための地獄にあるネアへの入り口が、地獄で徐々に停滞していた。

 千五百年という長い年月を経て、それは徐々に徐々に。


 三百年前の時点で、大陸中央の四割が中央魔森林に没していた。

 それは大陸中央にかつてあった、四割の領土を含む国の住民も。


 当時中央魔森林と接していたカスタレアでは、秘密裏に森の中に研究施設を置き、例の交配実験の研究を始める。


 そこに地獄に向かえなくなった魂が、転生を求めて集まり始めた。


 集まった魂に、意志も意識もなかった。

 ただ魂に刻まれた、世界機構(システム)に従っただけ。


「あの実験で巡り巡って、魂がその魔人族の腹に集まった」


「何を……」


「交配の為に、無理矢理腹に突っ込まれた魔物の肉体に、その魂が群がった。魔物の肉体に、人の魂が何百と詰め込まれ、膨れ上がってあのような状態となり生まれ落ちた……その最初の個体が、ジャスタ」


 ゲリックが話している言葉が、ルドーには耳から耳へと抜け落ちていった。

 冷や汗が全身を伝い、ゾクッとした鳥肌が覆う。


 今まで感じたことのないような嫌悪感が、全身を駆け巡っていた。


「その様に生まれてしまったものを、カスタレアの人間は、当然人とは認識しなかった」


 ゲリックの話は続けられる。


 カスタレアの人々は、そうして生まれたものに、ジャスタという名前を付け、魔物交配成功の第一号として扱った。


 より人間に扱いやすい兵器として利用しようと、ジャスタの身体を弄くり回した。

 魔物として認識しているから、麻酔も遠慮も全くないまま。



 どれだけの苦痛が、ジャスタの身になされたのだろうか。



 生まれ落ちた成功体験のせいで、カスタレアの人々は、同じことを繰り返す。

 そうして歩く災害は、一人、また一人と人知れず産み落とされていった。


『なるほどな。数百の魂が、一人分の肉体にごちゃ混ぜになって押し込められた……だからあんなおぞましい魔力してたのか』


 聖剣(レギア)の冷静な声に、ルドーは悪夢の中にいるような感覚からなんとか立ち直った。


 歩く災害が、おぞましい魔力を垂れ流していた理由。

 何百という魂が凝縮されて生まれた存在だったからこそ、あんなおぞましい魔力を纏うようになった。


 そしてそんなものを産み落としてしまった、魔物と勘違いされたままの女性は。


「その、その、魔人族の女性は、どうなったんだ……?」


「魔物とまぐわらされて、さらに未知の化け物を生まさせられた。自我も崩壊し、身体もボロボロになって、悲惨に朽ち果てました」


「なんだよその話は……」


 地の底から震えるような声が聞こえ、ルドーは咄嗟に振り返った。


 きっとライアたち三つ子を、保護科の寮部屋で寝かしつけた帰りだったのだろう。

 そこには真っ黒な空気を周囲にまき散らし、最高潮に機嫌の悪い顔をしたカイムが、ルドーたちをじっと睨み付けていた。


「どういうことだよ……歩く災害は、魔人族の脅威は……他でもない同胞が、魔人族が、人間にいじくりまわされて生み出されたっていうのかよ……!」


「えぇ、その通りですよ」


「ゲリック!」


 愕然とした表情に変わったカイムを見て、ルドーは止めるような非難するような声をあげた。

 そんなルドーの声を聞いても、ゲリックはしたり顔のまま薄ら笑う。


 ここにカイムがいると分かっていて、わざと会話を聞かせた。

 ゲリックの反応を見て、ルドーはそうとしか思えなくなった。


「てめぇ! なんでそこまで詳しく、まるで見てたみてぇにいいやがる!」


「それは当然、地獄でその様子を見ていたからですが」


「ふざけんじゃねぇぞ!」


「カイム、落ち着け!」


 平然と答え続けるゲリックに、憤怒の形相で掴み掛ろうとしたカイムを、ルドーは抑え込むように必死に止めた。

 伸びた赤褐色の髪の刃が、ビシッと喉元を捕らえても、ゲリックは見下すようなしたり顔を変えない。


「見てただぁ? ただ見ていただけだぁ!? それだけのことやられて、それを見て知ってやがって、なんで助け出しもせず、平然と見てられるんだよ!!!」


「非難する相手を間違えないよう。事を放置したのは女神です」


 激昂しているカイムの叫びに、ゲリックは淡々と指差して首を振った。


「でも、カイムの言う通り、助けられたんじゃないのか……?」


「私は本来地獄の住民。このように手助けしてる方がイレギュラーであり、理に反しているのですよ。その役目を果たすべきだったのは女神。そこは間違えないでもらえますかね」


 すい、と髪の刃を指で押して横に避けて、ゲリックはそう静かに説明した。


 地獄の底で、ゲリックはこの世界を、女神が仕事をしなくなった千五百年前から観察し続けていた。

 それでも手出ししてこなかったのは、本来ゲリックはこの世界に手出しするべき者ではないから。


 それに反してでも、もうこれ以上現状を放置できない。

 そう判断したからこそ、ルドーとクロノを契約魔法で縛り、この世界に現れたのだ。


 必死に自分を落ち着かせようと、荒く肩で息をするカイムを押さえたまま、ルドーはゲリックに懇願する。


「……ゲリック、そこまで知ってるなら、答えてくれ。はるきは、ジャスタの魂は、どうなってるんだ……?」


「前世の未練が強かったのですかね。自我がかなり残っている状態で、女神が適当にこの世界に突っ込んだ。つまり、他の歩く災害と違い、ジャスタはかなり自意識を持った状態で生まれています」


「つまりどういうことだ?」


「何百という数を束ねる要の魂として、あの器の中に押し込められた。といったところですかね」


 淡々と告げられたジャスタ(はるき)の現状に、ルドーは呼吸を忘れて視界が定まらなくなった。


 親に虐待され、挙句の果てに殺されて。

 そんな悲惨な死を遂げたというのに。

 女神はそんなはるきのことなどお構いなしに、彷徨っていた魂を適当にこの世界に引き込んだ。



 異世界転生した魂は、ネアを通っていないから、前世の知識が残る。



 つまり、ジャスタ(はるき)は前世で虐待されて殺された記憶を保持したまま、さらに悲惨な目に生まれた時から遭わされ続けた。



「約束……」


 視界が定まらないまま、ルドーは呟く。


 初めてあった時も、歩く災害がルドーを引き合わせた時も。

 ジャスタ(はるき)前世のルドー(輝季)と交わした約束だけを求めていたのだ。

 ただ一緒に遊ぶだけの約束を。


 凄惨な目に遭い続けていたジャスタ(はるき)にとって、それがどれだけ心の救いに見えただろうか。



「なんでだよ……」


 立っていられなくなったルドーは、思わず膝をついた。


「前世でも、虐待されて、親に殺されて……それなのに、なんでそんな目になっちまうんだよ……」


 耐えきれず、目頭が熱くなる感覚が沸き上がった。


 なんでもっと早く気付いてやれなかった。

 後悔ばかりがルドーの胸を締め付けて押し寄せてくる。


「何もかもが遅すぎた。あなたが生まれた時点で、歩く災害たちは既に魔人族を多数殺害した後です」


『ルドーとその奴が前世で死んでから、こっちの世界で三百年は、時間差が開き過ぎてるぞ』


「魂だけの神の領域では、時間は存在しませんので、ラグが開くのは自然のことです」


 特に異世界転生では、他の領分に女神が手出しする分顕著だと、そうゲリックは聖剣(レギア)の疑問に返した。


「まぁ、今回一番厄介なのは、あの空想の魔導書の方でしょうが」


『なんだと?』


「あれの元々の人格が、かなり狡猾でしたから。歌姫であるのに、利便性を考えて正体を隠し、女神深教が発覚が遅れた。そのうえ古代魔道具になった後も、災厄を振り撒いています」


 同格の古代魔道具の話になって、聖剣(レギア)が声を低くして弾けた。


 感情を伴わないままのルドーとカイムも、ゲリックの発言に顔を上げる。


「空想の魔導書は、手にした者に気分のいい言葉を返し、その実都合の良いように動かす。使用者を思いのまま操ってきて、破滅した後はあっさりと見捨てるを繰り返してきた」


 カスタレアに保管さるまでの何百年の間をと、ゲリックがそう綴った言葉に、ルドーは絶句する。


『……そんな悪どいことを考えるやつがいたのか』


「歌姫の基準は“歌が好きなこと”それだけです故。この世界がイメージする、崇高な人格など存在しません」


 信じられないような声をあげた聖剣(レギア)に、ゲリックは両手をあげて首を傾げた。


 空想の魔導書は、元となった歌姫が問題のある人物だった。

 承認欲求はあったので力は使ったが、その実歌姫とは露見しないように動いたという。


 歌姫の基準はは歌が好きだというゲリックの話も、この場合承認欲求が満たされるから好き、という価値観が見え隠れした。


 そんな問題人物が女神によって古代魔道具に変えられて、嘆いて終わらせるわけがない。


 だからこそ復讐をしようと、空想の魔導書はストシオンで女神に反旗を翻して吸収したのだ。


「そんな、それじゃ、ジャスタ(はるき)は……?」


「古代魔道具と生まれた歩く災害が、同じ場所で管理されていたのが良くありませんでした。耐え切れずに暴れた際に手に取って、良いように唆されたと考えるのが自然でしょうね」


 ゲリックの説明に、ルドーは何故カスタレアが滅んだのか、何となく察しがついた。


 悍ましい魔力の歩く災害をあれだけ生み出しておいて、国が無事で済むはずがない。

 何百という魂の魔力を束ねるジャスタ(はるき)の力が一番強いのだ。

 大人しくしている分にはいいが、抵抗して暴れれば、簡単に建物も周辺も崩壊する。


 そうして初めて抵抗したジャスタ(はるき)が、同じ場所にあった空想の魔導書を見つけて、手に取ってしまった。


 ジャスタ(はるき)は前世でも教育を受けていたような様子はなく、簡単な文字くらいしか読めなかっただろう。

 それで文献を近くに置いていても問題はないとカスタレアが思っていたかは分からない。

 だが元歌姫であったために、人格があった空想の魔導書は、きっとジャスタ(はるき)が読める言葉で対応したのだ。


 歩く災害と空想の魔導書を持つジャスタ(はるき)が総出で暴れれば、カスタレアはあっという間に滅んだはずだ。


 そこに、空想の魔導書の誘導があったかどうか。

 だが少なくとも、前世のはるきは人を殺すような、そんな化け物じみた人格ではなかった。


「……てめぇ、何のつもりだよ。ペラペラペラペラ事情を話しやがって」


「戦う相手をきちんと見定めてほしいだけです。女神を放置する危険性、お分かりになってくれました?」


 唸るような低い声をあげたカイムに、ゲリックはそう言って首を傾げる。


 女神深教の祈願持ちや、歩く災害が生み出された原因を作ったのは、女神。

 この世界にもはや害しか成していない存在となってしまった創造神を、殺せと訴えている。


 話がすべて真実なら、今空想の魔導書に吸収されている女神は、邪悪を極めている。

 ゲリックのようにすべてを見ていて、そしてゲリックとは違い、それを防ぐ責任があったのだから。


 倒せるのか、ジャスタ(はるき)を。

 救う手立てはもうないのか。


 答えが見つからない問いが、真っ暗な闇の中に吸い込まれていく。


「……見てたんなら、これだけ教えろ。その、悲惨な目に遭った同胞の遺体は。今はどこだ。どうなってる」


 押し殺したようなカイムの声に、ルドーはまた意識を浮上させた。


 魔人族の女性が被害に遭ったのは、もう三百年前の出来事。

 とっくの昔に死んでいて、原因を作ったカスタレアも、既に滅びた後。

 今更どうこう出来るものではない。


 どうにもならないやるせなさを、せめて弔えないかとカイムはゲリックに問いかけていた。


「遺体があった場所は、今現在この世界で一番の危険地帯です」


「あぁ?」


「……ゲリック、どういうことだ?」


「貴方達も薄々分かっておいででは? 滅びたカスタレアの研究所があった場所。古代魔道具の空想の魔導書がが保管されていた場所。交配実験の記録があった場所」


 つらつらと情報をあげはじめたゲリックに、ルドーもカイムも無意識に避けていた考えに辿り着いてしまった。

 煮え切らない思いを抱えて、ルドーもカイムも目を伏せて視線を彷徨わせる。


 本当は何となく、そうなのではないかと思っていた。

 だがルドーもカイムも、そうであってほしくないと、目を逸らして考えないようにしていたのだ。


 魔物は人の不安や恐怖に引き寄せられる。


 ならば瘴気は。


 同じ性質を持つならば、人の不安や恐怖が強くなれば、瘴気も発生しやすくなってしまうのでは。


 カスタレアの研究所があったのは、世界最多の大型魔物暴走(ビッグスタンピード)多発地帯、レペレル辺境領付近の中央魔森林。



 悲劇の魔人族女性の遺体は、大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の温床と化してしまっていた。


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