第二百六十一話 悪意の帰結先
女神深教の祈願持ちたちの弱点の話し合い。
結局のところ、それぞれが持つ能力が、何かしらの弱点に繋がっているという結論に、全員が納得した形に落ち着いた。
問題は、そこから推察される弱点が、うまく推察できない所。
縁祈願は、魔力関連で何かしらあることだけは理解している。
同じように、戦祈願は武器関連。
病祈願は病気関連。
厄祈願は環境関連。
このあたりが怪しいのではと、意見を出し合って弱点の推測を出し合う。
「問題はあいつら、単独でも複数でも神出鬼没で、探すのが難しそうってことなんだよな」
『そもそも、普段の動きが何一つ追えてねぇからなぁ……』
一通りの話し合いが終わった後、ルドーは一人寮の自室でノートに箇条書きに書き出しつつ、聖剣と共に考える。
クロノが気配探知で、祈願持ちたちのおおまかな位置を常時把握している。
しかしおおまかなというのが厄介で、正確な場所は近付かなければ流石に分からないそうだ。
「クロノはまだ祈願持ちたちに怯えてるし、そもそも近寄らせるのも得策じゃないし……」
『不用意に近寄ったら、俺の二の舞だ』
問題点を思いつくままガリガリとノートに書き連ねるルドーに、聖剣が溜息を吐くようにパチリと弾けた。
女神深教を探知できるクロノが、一番女神深教に近寄らせにくい。
クロノは既に祈願持ちたちに、歌姫だとバレてしまっている。
安易に近寄らせれば、クロノが古代魔道具化される懸念があった。
問題はそれだけではない。
相手も祈願の能力の他に、普通の魔法も使える。
なので祈願持ちたちも、転移魔法で移動することが可能だ。
闇雲に探したところで、転移魔法で逃げられるから意味がない。
ならば、祈願持ちたちがすぐにはが逃げられない状況で戦うしかないが、それは同時に、周囲に被害を振り撒く状況も意味している。
祈願持ちたちが次に動くとしたら、どう動くか。
そうなるとやはり、女神を吸収した空想の魔導書を持つ、歩く災害のボスの動向が重要になる。
「……はるき、どこにいるんだろうな」
何度も丸で囲った名前を眺め、ルドーは溜息を吐く。
歩く災害のボスは、未だどこにいるのか判明していない。
古代魔道具である空想の魔導書が、探索系の魔法を妨害していた。
そのため千里眼魔法を扱えるラナムパ先生でも、見つけられていないのが現状だ。
クロノも歩く災害のボスには、時間逆行前も含めてほとんど遭遇しておらず、魔力がどでかいので近場なら探しやすいものの、距離が開くと分からないらしい。
女神本体を吸収しているのに、その膨大なエネルギー源が見つけられない。
次の動きが読めずに話が停滞したため、対策の為の話し合いは一旦お開きにしたのだった。
「そもそもなんではるきは、女神の吸収なんかしたんだろ」
もう一度名前を丸で囲って、ルドーはまた溜息を吐いた。
前世で四歳のルドーが、はるきと交流を持ったのは、数週間に満たない。
はるきはおおよそ虐待されていただろう様子も相まって、あまり自発的に話していなかった。
ほとんどルドーから声を掛けていた形。
はるきの考えが分かる要素が、今のルドーには何一つ存在しない。
口にしていた約束や、そもそもはるきのことを思い出すのが遅れた後悔が、今更ながらルドーを襲ってきていた。
『あれはどっちかっつーと、あの魔導書がやったように見えたけどな』
浮かんでは何となく違うと、まとまらない考えを書いてはぐしゃぐしゃと雑に線を引いて消すルドーに、聖剣がそう思い出すように弾けた。
そうだ、確かに聖剣の言う通りだ。
女神を吸収していたのは、歩く災害のボスが持っていた古代魔道具の、空想の魔導書。
歩く災害のボスは咆哮をあげていただけで、具体的に何かしていたわけではない。
あの古代魔道具も、元は歌姫だった人間。
女神をクソ女神と呼んで、反撃に出るのは、受けた悲劇に対する復讐としても納得できる。
しかし女神を吸収した後、一体どうするつもりなのだろう。
歩く災害のボスは何を思って、どういう経緯で、あの空想の魔導書を手にして、持ち歩いていたのだろうか。
「あー……わかんねぇことばっか増えて、考えが纏まんねぇ!」
ルドーはそう叫ぶと同時に、紙とペンを投げだして、勢い良く両手を振り上げた。
勢い余って座っていた椅子が後ろに傾き、そのままバタンと背後に倒れ込んでガンと頭を打つ。
「いってぇ!」
『落ち着けって。分からねぇこと考えたって仕方ねぇ、一旦気分転換しようぜ』
頭を抱えたルドーに、聖剣が忍び笑いするように弾ける。
「気分転換っつってもなぁ……」
『ドツボに嵌ったときこそ、考えから離れるのも手だぜ』
頭を叩くように、ルドーは聖剣にバチンと雷を当てられる。
そのまま促されるように、ルドーは夜遅い廊下に出てあてもなく歩き始めた。
気分転換と言われても、グルグルと回る思考が邪魔をして、とてもそんな気分にルドーはなれない。
考え込むように腕を組んだまま、うんうんと唸りつつ廊下をぶらつく。
結局考えごとをしながら歩いていたら、廊下の角から歩いて来た相手と、正面衝突して無様に倒れ込んだ。
「いってぇ!」
「……あれ? ルドー、何してんの?」
「アルス? と、メロンも……」
「おでこ赤いよー、大丈夫―?」
上からかけられた声に顔を上げると、覗き込んでくる二人の人影があった。
倒れたルドーを気遣うように、アルスとメロンが顔を近づけている。
「足を退けろ、チュニ王国の勇者……!」
「げっ、チェンパス」
ごそごそと蠢く足元に視線を向けると、シマス王国の勇者、魔法科二年のチェンパスがルドーの足の下敷きになっていた。
どうやらルドーが先程ぶつかったのはチェンパスらしい。
短いスカートの上から慎重に足をどけ、ギラギラと殺気のこもった瞳を向けてくるチェンパスからそっと離れる。
「またお前なのか! 私に何か恨みでもあるのか!?」
「いや、前見てなかっただけだって。悪かったよ」
「チェンパス、非があるのは貴方もですよ、謝罪しなさい」
アルスとメロンの後ろから、さらに声が聞こえてルドーは覗くように身体を傾けた。
そこにはシマス国王族であり聖女、魔法科三年のケリアノンが歩いて近寄って来たところだった。
「二人を寮に送り届けると、先行して歩いていたのは貴方でしょう。前方不注意は貴方も同じですよ」
「うっ……わ、悪かったよ」
「まぁ、俺も考えごとしてたからいいけど……」
お互い立ち上がりつつ、チェンパスが気まずそうに謝罪してきたので、ルドーは短くそう返した。
にしてもアルスもメロンもシマス出身で、シマスの勇者チェンパスと聖女ケリアノンがいるとなると、シマスで何かあって集まってでもいたのだろうか。
慌てている様子ではないから、緊急性は低そうだ。
だがアルスもメロンも、少し浮かない顔をしているのが、ルドーには気になった。
「集まって何してたんだ?」
「いや、ウガラシの混乱がようやく収まってきて、それで追悼式の日程決めてたんだよ」
「あー……」
力なく微笑んだアルスに、ルドーは気まずくなって声を漏らす。
女神深教の祈願持ちたち総出で壊滅された、シマス国王都ウガラシ。
片手で数えるくらいの生存者しかおらず、建物の復旧が困難であったが、この度ようやく目途がついたという話だった。
ウガラシで犠牲になった人数は多い。
女神降臨祭で現場にいたルドーもあの時の地獄のような光景を思い出し、胃に重たいものがゆっくりと降りていく感覚に襲われた。
追悼式。
つまりようやく、死んだウガラシの住民を弔う目途が立った、ということらしい。
「ただでさえ災害級の被害、それに加え、パピンクックディビションが復活の首飾りで、屍を利用しました。そのせいで、損傷が激しく、遺体の判別が遅れてしまって……」
ルドーが気まずく黙っていると、ケリアノンが重々しく語った。
女神深教の祈願持ち四人が総出で暴れて、ウガラシは土石流に飲まれるように崩壊した。
ただでさえなくなった人の損壊が激しい状態だったのに、古代魔道具の復活の首飾りで、亡くなった人たちは動く屍兵として利用された。
損壊死体が魔法で無理矢理動かされ、人を襲うため攻撃を余儀なくされて、また損壊が増える。
そうして判別が困難になった死体が溢れ、災害区のように変わり果てたウガラシの復旧も相まって、追悼式がこんなに遅れてしまったそうだ。
「……追悼式か。アルスも、メロンも、大丈夫か?」
「正直、複雑ではあるよ。現場にいたエレイーネーの生徒だし、ウガラシで亡くなった領主の遺族は、きっとやるせないだろうから」
「責められることもあるかもしれないけど、それでも現場にいた責任だって、私は思ってるよ。きっともっと出来たこともあるはずだったもん……」
浮かないまま、それでも覚悟を決めた表情のアルスとメロンは、ルドーにそう告げた。
遺族に責められることになったとしても、正面から受け止める。
その場に居た者として、アルスとメロンはその責任を背負うつもりのようだ。
『その場に居たのは俺たちもだが、参加しなくていいのか?』
「あの時のあなた方は、シマス国が招いた来賓です。国の者でもない以上、民衆の顰蹙を買う可能性も考慮すれば、申し出はありがたいのですが、今回は……」
聖剣が静かに申し出たが、ケリアノンが首を振りながら答えた。
ルドーたち魔法科の生徒は、あの時シマス国が招いた参加客に過ぎなかった。
それでも将来魔導士として国を守るエレイーネーの生徒。
その場に居合わせたのなら、なぜ守ってくれなかったのかと、遺族に追及されることは簡単に想像がつく。
シマス国出身で、将来的に国防に関係していくだろうアルスとメロンはともかく、関係性の薄い他の生徒まで追悼式に参加させるのは、酷だという判断のようだ。
「……そっか。でも、その内、ほとぼりが冷めた時にでも、弔いに行っていいか?」
「一年の未熟者勇者に出来たことは少ない。必要のない負い目までは背負う必要はないが……」
「そうですね。それで気が晴れるなら、お願い申し上げますわ」
チェンパスと顔を見合わせた後、優しそうに微笑んだケリアノンに、ルドーはほっと胸を撫で下ろした。
直接的な知り合いこそいなかったが、被害に遭う直前までのウガラシの様子は、ルドーたちも目撃している。
このまま何もなかったことにして放置するより、訪れて弔い、心の整理をつけた方がずっと気分はいいだろう。
今すぐには難しいだろうが、将来的にはウガラシをまた訪れようと、ルドーは約束を取り付けた。
「それで、ウガラシの状態は良くなったのか?」
「瓦礫の撤去は、ほとんどムーワ団が終えてくれたよ」
「ルドーくん、怒ってたよー? 魔力増幅魔法薬騒動の時、全然相談に来なかったじゃないかって」
「あー、また忘れてたな……」
アモジの正義という掛け声と、バナスコスのダミ声批判を、ルドーは空耳する。
シマス国の魔力差別に対して抗議活動していた、空賊ムーワ団。
ウガラシ騒動の後、修繕魔法が効かない瓦礫の撤去に駆り出されていたが、どうやらそれも終わった様子だった。
「まぁ、ウガラシで忙しかっただろうし。そういやあいつら今何してんだ?」
「優秀な方々でしたので、そのまま私の私的近衛隊としてスカウトしました」
「えっ!?」
思い出すようにルドーが言えば、想定外過ぎる昇進をケリアノンから聞かされ、思わず声が裏返った。
「ウガラシの件で、魔道士や私兵もほとんどやられちゃって。魔力増幅魔法薬の騒動もあったし、魔力差別をなんとかしないとってことで、雇ったらしいよ」
「あぁ、王女様の私兵に差別反対派を雇えば、その立場は明確になるってことか……」
アルスの説明に、ルドーはなるほどと納得した。
ウガラシで勤務していた魔道士や騎士も、市民と同じように亡くなっている。
王宮もあった首都を失い、早急に立て直さなければならない状況で、唯一生き残った王女様の周辺の守りは必要不可欠。
今後魔力差別による隙に付け入らせないようにするためにも、魔力差別撲滅の立場を分かりやすくするために、ムーワ団を私兵近衛隊として、ケリアノンは雇ったということだ。
『大分めちゃくちゃしてたやつらだが、大人しく従ったのかね』
「一応俺も後押ししといたよ。魔力差別問題が撲滅出来るなら、何でもやるって言ってた」
ムーワ団と面識のあるアルスが、聖剣の疑問に軽く応えた。
そもそもムーワ団は、理不尽な魔力差別に対抗するために動いていた空賊。
シマス国内の魔力差別撲滅が目的なので、そこに到達するならば、その方法に拘りはない。
気に入らない方法を取れば、また彼らは離反するだけだ。
魔力差別対策に本腰を入れ始めたケリアノンなら、きっと大丈夫だろう。
長い歴史を誇るシマスで、道のりはまだ困難だろうが、ようやく大きく一歩前進した。
「ん? 長い歴史……」
『どうした』
「そういや王宮で保管してた、中央魔森林に関する調査記録とかも、もうダメになったんですか?」
聖剣の疑問も無視して、ルドーはケリアノンに向かって聞いた。
ケリアノンの横にいたチェンパスが、途端に厳しい目つきに変わる。
長い歴史。
その言葉から、ルドーはあることを連想した。
シマス国は、現存している国の中で、確かに一番歴史が長い国だ。
そして魔力差別する選民思想の為か、中央魔森林の調査を、他の国よりも頻繁にしている。
その長い歴史の中での調査で、歩く災害のボスに関する情報を、何か掴んでいたりしないだろうか。
ケリアノンをじっと見つめるルドーに向かって、メロンと顔を見合わせていたアルスが答える。
「ルドーも見ただろ。王宮は、あの剣を出す奴が中を全部剣で押し潰して、みんな串刺しになった」
「その通りです。その上、建物が破壊されて濁流にのまれました。王宮で保管していたものは、どれも喪失してしまったと考えていいかと……」
「そう、ですか……」
アルスに続いたケリアノンの説明に、ルドーは言葉を詰まらせた。
ダメ元で分かっていたこととは言え、言葉ではっきり伝えられると、堪えるものがある。
シマス国王都ウガラシの崩壊は、なにも人だけに限った被害だけではない。
一番長い歴史の残る国の情報、王都であり王宮に保管されていたそれも、数多く失われた。
歩く災害のボスは長い間、中央魔森林をうろつき、彷徨っていたと思われる。
その行動指針や思考を読み解くうえでも、何か情報はないかと一瞬湧いた希望が、しおしおとしぼんでいった。
「あ、でも……私が個別に持ち出したものなら、いくつか」
「えっ?」
ルドーが少し落ち込んでいると、ケリアノンが思い出したように頬に手を当てた。
「今後の魔法研究に役立てばと、エレイーネーの図書室に寄贈させていただいたんです。もちろん、国家機密に携わらないものですので、深く記載された物は少ないと思いますが……」
「図書室……そっか、そうだ、調べてなかった! 助かった、ありがとう!」
「おい! ケリアノン様に向かって失礼だぞ!」
ぽかんと呆けるケリアノンに、ルドーは敬語も忘れて礼を言って、図書室に向かって走り去る。
追いかけてくるチェンパスの非難の声も気にせず、ルドーは共通区画にある図書室に慌ただしく入って行った。
エレイーネー魔法学校の図書室は、夜間は基本閉鎖気味だ。
ただ完全に施錠されて閉鎖されている訳でもない。
依頼で急な調べ物が必要な場合があるので、夜勤の司書を一人残して、限定的に解放されている。
ルドーは依頼されたというわけではないが、制限されている訳でもないので、そのまま図書室に入った。
「えーっと、中央魔森林、中央魔森林……」
夜勤司書の仕事の邪魔にならないように、ルドーは天井まで伸びている本棚を指差して探す。
ケリアノンが言っていた、シマス国の中央魔森林調査記録。
しばらく右往左往した後、結局手当たり次第にそれらしい本を引っ張り出し、パラパラと読み耽る。
『そんな簡単に見つかるもんか? 歩く災害は森に住んでた魔人族の奴らじゃないと、知らなかったような奴らだぞ』
「でも空想の魔導書は、確かどっかの国で保管して研究してたんだろ。そこから逆算して、何か情報を……」
「それで記録された本から何か情報を得ようと。なかなかいい点に気が付きましたねぇ」
「でぇっ!? ゲリック!?」
本に集中している中背後から声を掛けられ、ルドーは飛び上がった。
ルドーが慌てて振り返れば、尖った歯の見えるしたり顔で怪しく微笑むゲリックが佇んでいた。
聖剣が警戒するように、小さくパチリと弾ける。
遠く中央の机に座る夜勤の司書から、非難するような視線が飛んでくる。
思わず大声をあげたルドーに向かって、ゲリックは静かにするようにと口に指をあてていた。
「確かにジャスタを含むあれらは、自然的に生まれたものではありません」
「ジャスタ?」
「そう名付けられていましたね。貴方方が“歩く災害のボス”と呼んでいる者です」
ひそりと声を抑えて言われたことに、ルドーは理解しきれず愕然とした。
ジャスタ。
それがこの世界に転生した、はるきの名前。
しかもたった今ゲリックは、ジャスタが自然的に生まれたものではないと言い切った。
思ってもみなかった話に、ルドーは息をすることも忘れて、必死に声を絞り出す。
「自然的ではないって、それって、つまり……」
「人工的に作られらた失敗作。それが貴方方が歩く災害と呼んでいた、化け物たちの存在の正体です」
ルドーは手に持っていた本を、思わず滑り落した。




