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第二十五話 底に潜むモノ

 思わず叫んだルドーの声に、髪の少年は一瞬怪訝そうな顔をした後、身体をこちらに向けたままクロノに視線を向ける。


「あ? 何、知り合い?」


「名前だけ知ってる他人ってやつ」


 足を下ろして両手を上に向けて肩をすくめ、軽く首を傾げたクロノに、髪の少年は怪訝そうな視線をしばらく向けていたが、それ以上答えようとしないクロノに諦めたように顔を顰めて視線を戻している。


 呆然としているルドー達を尻目に、クロノは肩をすくめながらカイムと呼んだ髪の少年と普通に話をしていた。相変わらず帽子が目の下まで隠しているせいで何を考えているのかまるで分らない。


 転移魔法を準備していたネルテ先生でさえクロノを見つめて動きが止まっていが、はっとしてすぐ転移魔法を練り直し始め、しかし想定外が発生したのか、何度も何度もやり直しては驚愕していた。


「なんでだい、クロノを転移魔法に組み込めない……!」


 悲痛そうに呟いたネルテ先生の声に、壁にぶつかって倒れたままのルドーと、狼男、ボンブと対峙していたエリンジが、思わずネルテ先生を振り返っては互いに顔を見合わせる。

 ネルテ先生が必死にどれだけ試しても上手くいく様子がないようだ。

 その様子を眺めていたクロノは、徐にカイムに首を向けて指示を出した。


「カイム、あの雷私がやるよ。あっちの虹魔法の方ボンブと抑えといて」


「何お前が命令してんだよ!」


「相性悪いでしょ。あれ古代魔道具だから防御魔法貫通するよ」


「はぁ!? ふざけんなよ意味わかんねぇ!」


「さっさとやってずらかるよ、ここ嫌な感じするし」


 どうにも緊張感のない会話が続いているのをルドー達はただ聞いている事しかできなかった。

 しかし会話内容から、クロノがこちらに敵対行動をとるつもりであることだけは理解できた。倒れたままではまずい。

 なんとかルドーも立ち上がったが、思ったよりずっと攻撃のダメージが重いのか、足が衝撃のせいで震えている。


『おいボケッとしてんな! 来るぞ!』


 聖剣(レギア)の叫びにはっとしてルドーはとっさに横に飛び避けたが、さっきまで立っていた場所の壁がクロノの蹴撃の風圧で大きく抉れる。

 いつの間に目の前まで迫っていたのか、クロノの動きが早すぎてルドーには全く見えない。

 中型魔物を蹴撃で軽く屠る破壊力だ。聖剣(レギア)があっても真正面から当たればただでは済まない。


「手加減してやるから大人しく気絶しといてほしいんだけど、逃げないでもらえるかな」


「いやいやいやそもそもなんでお前こっちに攻撃してくんだよ!」


 思わずルドーが叫んだが、クロノは攻撃をやめる気は全くないようで足を次々と振り、なんとか間一髪で躱すもその度に恐ろしい風圧で身体が後ろに大きく押されていく。

 クロノはまるで散歩でもしているかのようなお気楽ぶりの様子で蹴撃が次々繰り出され、一方必死に避けるルドーはまるで目が追いつけず危機感でなんとか躱すのがやっとだった。

 ネルテ先生の後ろで様子を見ていたメロン達も、クロノにやめるよう必死に大声で説得しているが聞く耳をまるで持たずに完全無視している。

 その圧倒的理不尽な攻撃に思わずルドーは叫んだ。


「いやだから俺たちと戦う理由ないだろ! なにしてんだよクロノ!」


「時間稼ぎですがなにか」


「おいさらっと余計な事言ってんじゃねぇ!」


 カイムがそう叫びながら、完全回復して攻撃を再開したボンブに加勢してエリンジに攻撃を始めた。

 なんとか虹魔法の弾幕を増やして応戦しているが、髪とは思えないほどの強度で盾のように防がれながら、同時に大量の髪の刃で攻撃されている。

 エリンジはギリギリのところで刃の髪を虹魔法で叩き落しているが、そこに息を合わせたボンブの攻撃魔法が加わり始め、髪の刃を叩き落しながら防御魔法でボンブの攻撃を何とか防いでいるものの、ヒビが入っては直すのを繰り返してかなり危うい状態になってきている。

 流石にエリンジに加勢しないとまずいが、そのためにはこっちに来るクロノを何とかしなければならない。


 ゆったりとした動きのはずなのに、それでも尋常ではない速さで迫ってきたクロノの打撃を何とか聖剣(レギア)で防ぐが、その一撃が信じられないくらい重いせいで一瞬で腕が痺れる。

 クロノは蹴撃と一緒に掌撃も繰り出し始め、攻撃の度に聖剣(レギア)が弾かれるように振り回され、あまりの衝撃に押し負けてどんどん後ろに押し出されていく。

 なんとか次の攻撃を防ぐために聖剣(レギア)を慌てて構え直すのが精一杯だ。

 顔かと思えば腹だったり、一拍送らせて足を狙って来たり、フェイントも入れてくるせいで、魔物とばかり戦っていて人と戦い慣れていないルドーは良いように翻弄されている。

 魔法を全く使っていないのになんだこの化け物は。


『一撃一撃がなんつー威力だよ、末恐ろしいぞこいつ』


「手加減慣れてないからあんま長引かせないで欲しいな」


「だったら攻撃してくんなって!」


「そういう訳にもいかないんで、ね!」


 真正面から首を狙った回し蹴りが見えたのに、早すぎて防ぎきれずにルドーの左首に直撃した。

 そのまま高く吹っ飛ばされて意識が飛んだルドーだが、吹き飛んでいる途中で体にバチンと激しい痛みが入ってまた目が覚める。

 ルドーはなんとか空中で受け身を取って聖剣(レギア)を握り直して着地し、また詰められて攻撃が来ないように吹き飛ばされた距離を保とうとじりじりと後退した。


『ルドー! 大丈夫か!?』


「悪い、助かった」


『ダメージも入るからそう何度も出来ねぇぞ!』


「電気ショックで意識戻すとかマジ? やだ長引くじゃんこれ」


 面倒くさそうに頭に手を当ててもう少し強くするかと呟くクロノ。

 ちらりとルドーがエリンジの方に目をやると、カイムとボンブの攻撃がどんどん苛烈になって少しずつ防ぎきれなくなってきている。

 後ろにいるフランゲル、メロン、イエディには対抗できるだけの力がないせいで、転移魔法を練っているネルテ先生に攻撃の余波が来ないようにするのが精一杯の様子だ。

 それでも防御魔法や結界魔法を展開している訳ではないので肉壁になっている様なもの、あまり長時間持つようなものではない以上、放置していると危険だ。


『ルドー、あいつ魔法が使えねぇんだろ、ならこっちの魔法も防ぐ方法ねぇよ』


「だめだ、早すぎて避けられる」


『避けきれねぇ数と範囲の攻撃すりゃいいんだよ、雷で気絶させりゃ終わりだ』


 なるほどと思ったルドーは盛大に魔力を溜め始めた。

 その様子を見ていたクロノが真正面から恐ろしい速さでこちらに突っ込んでくるのが見える。

 クロノの動ける範囲全体に当たるように、尚且つ大量に魔法を同時展開するイメージで魔力を剣先から放出したのだが。


 パアンッ


『はぁ!? 嘘だろ不可能なはずだ!』


 信じられないものを見ている様な聖剣(レギア)の叫び。

 聖剣(レギア)から放たれた雷が展開されるより先に、まるで虫を払うかのようにクロノは素手で叩いて雷魔法の軌道を変えた。

 クロノの遥か彼方で雷魔法が発動しているのを見向きもせず、そのまま恐ろしい勢いで走り込んでくるクロノにルドーは必死で聖剣(レギア)を振るい雷魔法で叩き込むが、放つ魔法を次々と素手で叩き落としていってしまう。


 防御魔法を貫通するとクロノ本人が知っているはずなのに一体どうなっている。


 どんどん距離を詰められていく様子にルドーは危機感を感じて大きく魔力を溜めると、せめて死にませんようにと祈りながら思い切り振るおうとするが、振り下ろす前にガシっと聖剣(レギア)の刃を素手で掴まれた。

 その後の動きがやたらゆっくりと見え、同時にルドーは戦慄する。


「悪いね、その程度だと私には効かないんだわ」


 バチバチ雷が走っているはずの、魔物の喉も貫く鋭い切っ先を素手で持っているはずなのに、クロノの手は切れる様子も雷が流れる様子もなく、雷の光が二人を不気味に照らし出した。

 そのままルドーの雷魔法をいなすように軽く右に聖剣(レギア)を振られ、雷閃が明後日の方向に飛んでいってしまった。

 一瞬それを見て呆気にとられたルドーがはっとしたときには目の前に拳が飛んできており、咄嗟に目をつむったものの、思った様な衝撃が中々飛んでこない。

 ルドーが恐る恐る目を開けると、ギリギリの寸止め状態のままクロノは頭を別の方向に向けていた。

 何かを見つめるように顔を向けていたかと思ったら、寸止めの拳を引いて見ていた何かに向き直る。


「……嘘でしょ、やっばいまずった!」


 クロノが焦ったようにそう言って大きく飛び上がって後退したと同時に、聞いたことのないような耳を貫く大きな金属音が鳴り響く。

 まるで大きな悲鳴のように響くそれにルドーは思わず聖剣(レギア)を床に突き立てて両手で耳をふさいだが、それでも防ぎきれない。

 薄らと焦る声色でクロノが叫んだ。


「カイム! 光魔法でここ照らして! 早く!」


「なんだよ急に今それどこじゃねーだろ!」


「状況が変わったんだよ! いいから照らして!」


 ルドーだけでなくこの場にいる全員が強烈な金属音に耳を抑えていた。

 ネルテ先生はそれでも何とか転移魔法を練ろうとしていたが、ルドー達が見ている前でまるでなにかに妨害されるかのように破裂してかき消されてしまい、ネルテ先生は驚愕した表情でそれを見ていた。

 焦った様子で走り近寄るクロノにカイムは訳も分からず、言われるがまま髪に光が集まったと思ったら、大きくそれを髪でぶん投げてだだっ広い部屋全体を照らした。


 強い光に空間が照らし出される。

 大きなドームのような天井、遥かに遠い壁には出入り出来る様な扉も見当たらず、完全な密室状態だった。ルドーが破壊した天井の大きな穴部分から未だに大量の水が注ぎこまれていた。

 その水を注ぎ入れる様な大きななにかがあったことに、この場にいる全員が初めて気が付いた。


 照らされたのは恐ろしく大きな黒ずんだ真鍮の塊で、三階建ての建物程の大きさのそれは、巨大な鍋のような形をしていた。明らかにこの場にあるには大きさもそのものも、何もかもが不自然過ぎるものだった。

 先程から発生している金属音はこれが原因で、まるで鍋全体を震わせるように振動しながら音を発しているそれからは、見たことがない真っ黒な濃度の瘴気が煙を上げるかのように鍋口から大量に、まるでたった今沸騰したかのように噴き出し初めている。

 灯りに照らされて初めて気づいたが、かなり広いこの部屋にも既に薄い瘴気が充満していた。


「なんだよこれ! つかなんだよあの瘴気は!」


「連絡は!」


「まだだよ畜生!」


「この濃度に量だと向こうも危険だぞ!」


 クロノと魔人族達が金属音にかき消されまいと大声で話し合っている。

 瘴気が雲の絨毯のようにあっという間に広がって足元が見えなくなってしまい、同時に大量の小規模魔物が発生し始めた。

 ルドーはなんとか音に耐えながら聖剣(レギア)を引き抜く。頭が割れそうだ。

 魔人族達はこちらとの戦闘を一時中止したようでその隙にエリンジたちの元に走り戻った。

 飛び掛かってくる小規模魔物を雷魔法で焼き倒しながらルドーが合流するが、既に大分消耗してしまっているせいでエリンジたちも自衛するのがやっとだ。


「先生! 転移魔法は!」


「ダメだ! あの音が発生してから全く使えるようにならない!」


『ね、ネルテ先生緊急連絡です!』


 突如として頭にリリアの声が響いた。

 焦っている声色から相手を特定して通信魔法をかけることが出来ず、ネルテ先生の周囲に咄嗟に通信魔法を飛ばしている様子だった。


「リリアか! 今大分不味い状況だけどどうした!」


『なんか、角とか鱗とか羽とか生えた、人っぽい人が三十人くらい、しかもみんな弱ってるんです! 回復魔法をかけようとしたけど怯えていてできなくて、せめて移動させようとしたら瘴気がたくさん発生して、なんとか結界魔法を張ってるけどそのせいで動けないんです!』


「なんだって!?」


 ネルテ先生が叫ぶ。

 場所を何とか聞き出そうとしたが、狼狽える声色のリリアは、本人も今どこにいるのかわかっていない様子だ。


「イスレ聞こえるか! リリアたちはどうなってる!」


『アリアさんは保護しました! ただリリアさんを保護しようとしたら突然通路が崩落して分断されたので、別通路から通信しながら合流を図っている所です!』


 ルドーはイスレの焦っている声にはっとした。

 時系列から考えて、通路が崩落したのはルドーが攻撃で天井を破壊したからだ。

 その破壊の余波でリリアの脱出が遅れてしまった。

 その事実に思わず全身の気が抜ける。


「保護急いで! 救助が必要な外部の人間と一緒な上に瘴気が大量発生している!」


『聞いてます! 全力を尽くしますのでそちらも早く脱出を!』


 ネルテ先生が更に通信魔法でイスレと連絡を取ろうとしたが、また金属音が強烈に鳴り響いて魔法がかき消されてしまい、その後何度試しても全く繋がらなくなった様子だった。

 大きく舌打ちをしながらネルテ先生も真鍮の大鍋を見上げる。


「さっきからの妨害の元はこいつか! 瘴気も生み出してなんだこれは!」


「くっそ、リリ!」


「ルドー落ち着け! 場所も分からない上に瘴気の発生を止めないとあいつも逃げられないぞ!」


 一瞬何も考えずに走りだそうとしたルドーを、エリンジが肩を強く掴んで止めた。

 言い聞かせるようにいつもの強い口調で事実を言ったエリンジの言葉に、ルドーは肩で息をしながらも少し冷静になる。


『そいつの言う通りだ、一旦落ち着け!』


「くそ、どうすりゃいい」


 ルドーの言葉にエリンジも真鍮の大鍋を見上げる。

 鍋から出ている瘴気はどんどん量を増し、止まる気配がまるでなかった。


「今の最優先事項はあの大量発生している異常濃度の瘴気をどうにかすることだ」


「だったらあれをさっさと壊さないか貴様ら!」


「でもあれ魔道具だよ! あの大きさだと凄い爆発しない!?」


「爆発するにしても、瘴気が大量発生しているから、壊すのは必要」


「壊せないよ」


 小規模魔物を倒しながら話し合っているルドー達の会話に、クロノが割り込んできた。

 魔人族達もそれぞれ小規模魔物を倒しているものの、あの瘴気を何とかしなければならないのは同じなのか動く様子はないようだった。

 クロノの発言にカイムが噛みついた。


「壊せないってどういうことだよ!」


「わかんない? こんな遺跡の底に隠されてたあの規模の巨大魔道具。古代魔道具だよ、あれ」


 クロノの言葉にルドー達は驚愕して再び真鍮の大鍋を見上げる。

 未知の部分が多く圧倒的にわかっている事の方が少ないオーパーツ。

 数少ない既知の事と言えば、尋常ではない魔力を貯蔵しており、そして決して壊れないという事。

 そんな古代魔道具が超濃度の瘴気を大量に放出していた。


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