第二百五十八話 歌姫の性能
「歌姫の歌って、もっと厳かで神聖な感じだと思ってたんですけど……」
トラストの呟きで、ルドーの意識は急浮上した。
倒れていた身を起こせば、運動場の光景は様変わりしている。
まるでストシオンの時のように、運動場は大きく抉れて吹き飛んでいた。
あまりの光景にルドーは絶句していたが、ふと違和感に気付く。
これだけ巨大な攻撃が直撃したはずなのに、ルドーには傷一つなかった。
あれだけの攻撃があったのに、それは不自然なほどに。
『爆発に攻撃性はないか。まぁ当然か』
「お兄ちゃん!」
「いって! リリ、首が締まるって!」
飛びついてきたリリアを受け止めつつ、ルドーは聖剣の感想を聞く。
ルドーが周囲を見渡せば、同じように吹き飛ばされたエリンジが横で起き上がっていた。
視線を向ければ、結界魔法で足場を作っていたリリアも無事だ。
魔法科のみんなも、目の前の光景に唖然としつつも、大きな怪我をしている様子は見受けられなかった。
クロノが歌姫の魔法に手を加えたから、これだけのことが起こっても、誰一人怪我を負っていない。
聖剣の発言から、ルドーにはそうとしか考えられなかった。
「クロねぇ、泣かないで」
「大丈夫だよぉ、誰もお怪我してないよぉ」
「凄かった! すっごい綺麗だった!」
三つ子の声が聞こえて、ルドーはその方向に視線を向ける。
大きく抉れたクレーターの中心で、三つ子に群がられたクロノが、顔覆って泣いていた。
その傍でカイムがしゃがみ込み、落ち着かせようと背中を支え続けている。
「やだ……やだ……見つかる……怖い……」
「なんも来てねぇ、誰も酷い目になんか遭ってねぇ。大丈夫だ」
歌ってしまったことに対する、トラウマ的な恐怖。
女神深教に見つかってしまうのではという怯え。
絶望に押しつぶされたかのように、クロノはただただその場で泣きじゃくっていた。
抑えきれなくなっか恐怖を、あえて全て吐き出させるように。
カイムはクロノに優しく声をかけ、三つ子と一緒にクロノの両肩を抱くように手を置いている。
「あらまぁ、いつの間にか頼りがいのある男になっちゃって」
「言ってやるな」
魔人族としてカイムとクロノを長い目で見ていたのだろう。
キャビンがジャージー牛の頭部の口に手を当て、狼男のボンブが安心するように鼻を鳴らした。
「ふむ。とりあえず出来は上々、という所でしょうかね」
いつの間にかルドーの横に歩み寄っていたゲリックが、したり顔でカイムとクロノを見下ろす。
歌姫として歌わせろ。
それが今回のゲリックの指示だ。
最終的にクロノが歌を歌ったので、それは達成されたために満足しているようだった。
「怯えているところを無理矢理歌わせても、トラウマは悪化するんじゃないのかい?」
うずくまり、肩を震わせて幼子のように泣いているクロノを見て、ネルテ先生が険しい顔に変わってゲリックに問いかけている。
対するゲリックはしたり顔の笑顔のまま、さもありなんと目を瞑った。
「彼女の場合、必要なのは歌っても問題ないという安心感です。一人ではそれは出来ない」
現に彼女は歌姫として顕現してから、時間逆行前の最初の時しか歌っていない。
ゲリックはネルテ先生に、指を立てつつ目を細めて答えた。
荒療治ではあるが、恐怖が強いクロノには、必要なことでもあるというように。
「彼女は恐怖ゆえに、自分自身で歌を封印した。しかし女神相手に戦うには、歌うことは必要不可欠。自衛する術を身に着ける為にも、歌わなければならない」
「クロノの安全に繋がるっていうのかい?」
「歌姫は唯一無二です。安易に危険に晒すほど、私も考えなしではありません。今は一瞬でも歌えたなら上々。後は少しずつ恐怖を減らし、安心に慣らしていくだけです」
ゲリックに指摘されたネルテ先生は、クロノの方に視線を戻す。
恐怖に怯え続けるよりも、安心を与えられるならそうしてやりたい。
複雑そうな表情を浮かべているが、ネルテ先生が泣き震えるクロノを心配する心情が、ルドーには一瞬垣間見えた。
「アシュで見かけた時は、なんというか、もっと神聖な感じで歌ってたんですけど……」
「あの時、トラストさんとルドーさんは、一番近くで見ていましたものね」
「確かにもっと、なんか後光が差してくるようなのだったよね」
「今回はなんと言いましょうか、激しいのに強く感情を揺さぶられるようでしたわ」
前世の知識がないトラスト、ビタ、アルス、キシアが、歌の概念がわからず困惑を強くしていた。
この世界の人間が知る歌姫とは、三百年前にソラウ王国のアシュを大量魔物から守った、救世主としての姿でしかない。
再びアシュに現れた際も、子守歌を歌っていたためにまるで讃美歌のようで、そのイメージが強く焼き付いているようだ。
『歌なんて本人のその時の気分だ。好きなように歌うから、お前らが思っている神聖視されるようなもんじゃねぇぞ』
疑問をあげたトラストに、聖剣がパチリと弾けて答える。
歌姫は、とんでもない魔力を有する役職。
女神が制御出来ず、敵対視するほどのもの。
だからこそ、歌姫も神聖なものなのだと、ルドーたちは自然に思い込んでいた。
しかしかつての歌姫であった聖剣はそれを否定する。
実際先ほど歌ったクロノの歌は、荒々しい波のようで、神秘的な光景であっても、神聖さとは程遠かった。
その時その時の気分で歌うので、歌姫の歌は思ったより神聖なものということでもないようだ。
「これだけ凄まじい威力なら、なぜ歴代は女神深教の連中にやられ続けた」
立ち上がったエリンジが、吹き飛んだ周囲の光景に目を細める。
確かにこれだけのことを成し遂げられるなら、女神深教の祈願持ちが不老不死でも、ある程度抵抗できそうなような気もする。
それなのに歴代の歌姫たちは、皆揃って女神深教の祈願持ちたちに捕らえられ、古代魔道具に変えられる末路を歩み続けた。
申し開きも立たないというように、古代魔道具の聖剣がルドーの手の中で力なく弾ける。
「彼女が特殊なだけなんですよ」
「特殊? どういうことだ、ゲリック」
言われた意味がよくわからず、ルドーもエリンジと揃ってゲリックに視線を向けた。
「転生した年齢が高かったためか、女神の思惑に気付いた歌姫は彼女だけです。歴代は救世主という言葉に踊らされ、女神深教の存在には気づいても、女神の思惑にまでは気付けなかった」
だからこそ狩られ続けたと、ゲリックは聖剣にジロリと視線を落とした。
思い当たることがあるのか、聖剣が反論出来ずに唸るようにパチパチ燻る。
「つまり歴代は、敵を見誤っていたからこそ、古代魔道具にされたと」
「相手は創造神です。いくら何もかもが可能な魔法とはいえ、警戒しなければ絡め取られる」
言うなれば世界が敵なわけですからと、ゲリックは眉間に皺を寄せたエリンジの頭を撫でる。
不意打ちの頭撫でに、エリンジは無表情に警戒の色を浮かべてズサッと大きく後退った。
明らかな挑発をニタリと浮かべながら、ゲリックはエリンジの反応を楽しんでいるようだ。
エリンジはしばらくゲリックを警戒するように睨み付けていたが、やがて気を逸らすように話題を変えた。
「なんにせよ、これであいつもまともに魔法が使えるようになった」
「エリンジ、まだクロノはトラウマの方が強いみたいだぞ」
「それでも戦う一歩は踏み出したはずだ」
「あぁ、勘違いしておいでですが、前線に立つのは貴方達ですよ」
指差したゲリックの一言に、ぽかんという音が響き渡った気がした。
その場に居る全員が目を点にさせるが、それでも言葉が飲み込めない。
ゲリックはルドーたちに、クロノを歌わせろと言った。
クロノの歌姫としての力は、目の前で吹き飛んでいる運動場を見れば一目瞭然。
歌姫の持つ本来の能力の一部を、ルドーたち魔法科が連携して引き出した。
それはクロノが前線で戦うための慣らし行動。
その為の戦いだと思っていたルドーたちは、完全に混乱してしまっていた。
「前線に立つのはこの子たちだって? どういうことだい!?」
「貴方には以前申し上げましたよね。歌姫の本領は後方支援、つまりサポートであると」
『なんだと?』
思わず問い詰めたネルテ先生と、それに平然と返答するゲリック。
初めて聞いたとばかりに、聖剣が動揺するようにバチンと弾けた。
「女神が仕事をしなくなった千五百年前より、歌姫は本来の能力を発揮できておりません」
『おい、マジで言ってんのか!?』
続けたゲリックの説明に、聖剣がさらに動揺を強くした。
聖剣も古代魔道具にされた歌姫。
歌姫本人であるが故に、本来の能力を使えていなかったと告げられるのは驚きを隠せないだろう。
ルドーはもう一度、クロノが泣いて蹲っている巨大なクレーターを見た後、ゲリックの方に視線を戻した。
「これだけのことが一瞬で出来たのに、本来の能力ってなんだよ、ゲリック!」
「貴方達が平然と使っている魔力伝達の原点、なんだと思います?」
ルドーに向かって指をあげながら顔を近づけてきたゲリックの言葉に、ルドーは混乱した。
魔力伝達。
アルスとキシア、ビタとトラスト、メロンとイエディ、カゲツとノースター。
魔力相性のいい者同士で、相互理解を挟み、魔力を循環させて、一人の時より大きな魔法を扱う技術。
ルドーたち魔法科が、入学当初より魔力相性のいいパートナーを決めて学ぶ戦術。
その魔力伝達の原点とはなにか。
学習本で見た覚えもないルドーは、咄嗟にネルテ先生を見つめたが、ネルテ先生も困惑の表情を隠し切れていなかった。
「魔力伝達に、原点なんかあるのかい?」
「はい。歌姫による無尽蔵魔力の他者注入。魔力伝達はこれを目撃した千五百年より以前の先人たちが、模倣して編み出した技術です」
ルドーは本日何度目になるか分からない絶句をした。
同じく驚愕するように、聖剣が大きくバチンと弾ける。
「……なるほど。古代魔道具と同じで、歌姫の魔力も無尽蔵。そして古代魔道具と違い、歌姫は任意の相手にその魔力を、好きなだけ与えることが出来ると」
「然り! 強力なブースター兼バフ効果を乗せられるのですよ。最もこの技術は、女神が歌姫を狩り出した千五百年前から、情報を遮断されて伝わっておりませんでしたが」
いち早く建て直したエリンジがまとめると、ゲリックが楽しそうに両手を肩口にあげた。
無尽蔵魔力を扱う古代魔道具の、その大元の歌姫。
歌姫もまた、同じように無尽蔵に魔力を使える。
そして使用者のみに無尽蔵魔力を与える古代魔道具と違い、歌姫は任意の相手、しかも複数にその無尽蔵魔力を分け与えることが出来る。
古代魔道具聖剣を扱うルドーのように、クロノは任意の相手に強力な魔力を与えることが可能というわけだ。
「あややややや!? つまり強化されて前で戦うのはこっちというわけですかや?!」
『えーと、さっき見た魔力を、全員に与えて戦えるようにするってこと? (;´・ω・)』
「ふおおおお!? なんかとんでもない話になってきたよ!?」
「一人一人に、今の威力の魔力、送り込めるってこと?」
カゲツ、ノースター、メロン、イエディが、吹き飛ばされたクレーターを何度も確認しながら驚愕している。
ルドーは驚きながらも、魔法科の全員を鍛え上げようとしていたゲリックの考えにようやく合点がいった。
歌姫はあくまで後方支援。
前線に立つものではない。
歌による強力な魔力ブーストを与えられるルドーたち魔法科が、戦いの最前線となる。
だからこそゲリックは、ルドーとクロノだけでなく、全員を鍛え上げようとしていたのだ。
「なんだと!? つまり戦うのはこいつではなく俺様たちだと!?」
「えっ、マジ!? 神殺しとか言ってるのにマジで言ってんの!?」
「ハイハイハイ、理解が追いつきません!」
「ちょっと! 今からでも撤回させなさいよ!」
想定外の前線固定に、フランゲル、ヘルシュ、ウォポン、アリアが盛大に動揺していた。
全員がざわついて騒ぎ出す中、ネルテ先生がなにかを思い出したようにクロノの方を見つめる。
「あぁ、そうか、なるほど。魔力伝達の授業、それでクロノはサボったのか」
「え?」
「魔力伝達をすれば、俺ならすぐに魔力の異常性が分かる。そこから歌姫の正体が簡単にバレる。だから俺とやらなかったのか」
疑問の声をあげたルドーに、エリンジが考えつつも答えを述べた。
クロノは以前、魔力相性のパートナーであるエリンジと、初めての魔力伝達の授業から即座に立ち去っている。
自分の都合で出来ないと。
悪いのは自分なので好きに怒って良いと。
「あの時はエリンジくんのこと、避けてたんじゃないってこと?」
「めんどくさいからやらないじゃなくて、やったら不味かったってことか……」
抱きついたままのリリアと共に、ルドーも納得の声をあげた。
てっきりルドーは、性格相性の良くないエリンジとの魔力伝達を、クロノが拒否したものと思っていた。
だがそれ以外にも、理由はきちんとあったのだ。
魔力伝達の原点が、歌姫の魔力他者注入。
魔力伝達の授業で、その動きを万一模してしまったら、もう言い訳も出来ず歌姫の正体を隠すことが難しくなる。
正体の露呈を恐れて、クロノは魔力伝達の授業から手を引いたのだ。
『つまり俺や、歴代の歌姫は、本来の力を知らないまま、アホみてぇに前に出て歌って戦ってたと』
「その魔力からなる威力は、見ての通り凄まじいですからね。勘違いもやむなしということです」
皮肉気に呟くようにパチリと弾けた聖剣に、ゲリックがとりなすように小さく訂正していた。
「私に、全員を死地に送り出せって言うわけ!? それじゃ、何のために、今まで人を避けて正体を隠し続けてきたっていうのよ!」
ずっと話を聞いていたのか、クレーターの底からクロノの悲痛な叫び声が聞こえた。
一度世界を滅ぼしかけて、時間を逆行させたクロノは、自分が原因で他人が傷付くことを極端に恐れているようにルドーには見える。
「ですから、危険性を下げる為にも、皆さまには死に物狂いで鍛えていただいております。まぁ、死地に送り出すというより、実際のところは――――」
「――――信頼して、力を預けて任せろってことだろ」
泣き叫んだクロノの肩を、カイムがそう言って強く掴んだ。
ゲリックが全員を強制的に鍛えていたのは、そうしなければ命がいくつあっても足りないから。
後方で支援する歌姫を守ろうとすれば、女神深教の祈願持ちたちは、それこそ本気で殺そうと襲い掛かってくる。
それに打ち勝つために、ゲリックは本来の歌姫の力を引き出し、前線で戦う者たちに危機感を植え付けようとしていたのだ。
「俺に任せろ、クロノ。いつも通りだ。俺が前に出て、お前が後ろで手助けする、それだけだろ」
カイムがそう言うと同時に、クロノはまたその場に泣き崩れた。
今はまだ、クロノは恐怖の方が勝っている。
それでも、仲間を守るために必要な力。
歴代の歌姫たちが出来なかったことを、今度こそやり遂げるために。
「まぁそういうわけで、皆さんにはしばらく死ぬ気で鍛えていただきます。彼女には、歌をより自然に使えるように、且つ貴方達との連携がスムーズに行くように、歌を慣らしていきましょう」
ゲリックの提案はずっと無茶苦茶だったが、それはルドーたち魔法科の安全を考えてのことだった。
それがようやく魔法科にも伝わったのか、皆怪訝な顔をしつつも、もう否定するような意見は上がってこない。
そんな中、ルドーはふとあることを考えていた。
ゲリックも聖剣も、敢えて指摘していない可能性。
無機物の古代魔道具に変えられた故に、歴代の歌姫は歌を封じられた。
だが、聖剣は違う。
聖剣はルドーだけではなく、周囲の人間とも話すことが可能だ。
話すことが出来るのなら、歌うことも可能なのでは。
心の奥底に沸いた疑問を、ルドーは一人グッとさらに奥底に飲み込んでいった。




