第二百五十七話 歌姫強制覚醒檄
ルドーたちは既に一度、クロノを追い詰めている。
ゲリックの言葉は、その武器を目にしたルドーたちに、改めて浸透していった。
古代魔道具を模した武器。
それを手に戦っていた、女神像破壊犯。
壊滅する前のウガラシ、女神降臨式に現れたそれを、ルドーたち魔法科は連携して一度捕まえた。
ルドーとエリンジの目の前にいる、敵対迎撃で雷を纏ったままのクロノは、まさに一度捕まえた、女神像破壊犯の動きをしていた。
大鎌が縦に折れ、刃の部分がガシャガシャとスライドしていく。
クロノがその場で回るように動くと、縦に曲がった大鎌の刃がスライド部分から分離する。
鎖で繋がった刃が、周囲にあったリリアの結界魔法と、カゲツの硬化した蔦を、光の線のように次々と切り落としていった。
目の前の光景に、ルドーはエリンジと共に呆然と佇む。
「おい! つまり、あれやってたの、全部クロノだったのか!?」
「あれ? 情報共有できてないのかい?」
思わず叫んだルドーに、様子を観察していたネルテ先生が驚きの声をあげた。
まるでネルテ先生は女神像破壊犯の正体を知っていて、なぜ今更ルドーたちが驚いているのかといった反応だ。
その横で、隠れた三つ子を背にしているボンブが、腕を組んだままフンと鼻息を鳴らす。
「カイム、お前さては黙ってたな?」
「……」
ジトリとボンブに睨まれたカイムが、顔を顰めつつそっぽを向いた。
そうだ、拘束した後、女神深教が現れてウガラシが壊滅し、逃げていった女神像破壊犯を追っていったのはカイムだ。
気になることがあると。
思い違いならいいのだと。
そうカイムはルドーたちに言い残して、一人女神像破壊犯を追った。
その後のカイムからの報告では、女神像破壊犯は保護したとしか、ルドーは聞いていない。
だが今になってルドーが冷静に考えればわかる。
カイムが気にするような相手、あの時点では一人しかいなかったのだ。
女神像破壊犯を追っていたカイムは、あの後クロノを連れて現れていた。
そこから考えれば、女神像破壊犯が誰であったかなど、容易に想像は出来ただろうに。
ボンブの嗜めるような指摘に、顔を背け続けているカイムが、それを雄弁に物語っていた。
「いや、見た目全然真逆だったじゃないかって!」
『むしろ真逆だったからだろうな。少なくとも、あの場の祈願持ちたちの目は欺けたはずだ』
思わず叫んだルドーに、聖剣が逆に合点がいったようにパチンと呟く。
祈願持ちたちはそのふざけた能力のせいか、基本的に相手を舐め切った態度で接している。
女神深教を警戒していたクロノが、真逆の姿で接すれば、今のクロノの姿と女神像破壊犯は結び付かない。
女神像を破壊し、古代魔道具を模した大鎌を持った女神像破壊犯を、女神深教の祈願持ちたちは総出で迎撃しようとしていた。
真逆の姿で接するのは、確かに道理としては叶っている。
カイムが黙っていたのも、その可能性を潰すためか。
あるいはクロノが極端に怯えていたから、理由も聞かずに黙っていたのか。
なんにせよ、カイムはクロノが怯える理由を少しでも減らそうと思って、このことを黙っていたのかもしれない。
「カイム、クロノも。てっきり報告は済ませてたと思ってたよ」
「なんで黙ってたんだ」
「……うるせぇ、俺の都合だ」
ネルテ先生とボンブの指摘にも、カイムはそう言って唸るだけだ。
ルドーの推察は、おおよそ当たっているのだろう。
しかしその秘密を破り、クロノはあの時と同じ大鎌を構えた。
黒い帽子から変化させた大鎌は、あの時女神像破壊犯として使っていた大鎌と色こそ違うが、見た目はあの大鎌と遜色がない。
下手をしたら歌姫の正体が露呈しなねないような行動。
それをクロノがとったということはつまり。
「さっきの攻撃、結構効いてたってことか」
「反撃こそなかったが、追い詰めてはいたと」
ルドーの呟きに、横に並ぶエリンジも無表情の口元が上がった。
ガチガチと伸びた刃を、鎖で回収して大鎌に戻したクロノもまた構え直している。
しかしルドーがよくよく見れば、クロノが構えたその両手は小さく震えていた。
吐き出す息も少し荒く、精神的に追い詰められているような表情。
正体を露呈させる恐怖と、それでも戦うべきか迷う葛藤。
クロノは今、ルドーたちと戦うべきか守りに徹するべきか、本気で迷って揺れ動いている。
その様子を見たルドーは、聖剣を構え直した。
クロノが精神的に弱っているなら、逆にルドーたちにとっては攻め時だ。
「これで理解しましたでしょう。皆様は、一度彼女を追い詰めています」
運動場の隅で眺めつつしたり顔で笑う悪魔、ゲリックの一言で、魔法科全員の顔色が変わった。
全員があの時連携して、女神像破壊犯を捕まえたことを覚えている。
一度捕獲した実績を思い出して、全員が敵わない化け物から、勝機を一度勝ち取った相手へと認識を改め始めていた。
「なんだかよくわからんが、要は弱っているということでいいな!」
上空からの大声に、ルドーはエリンジと一瞬目を奪われる。
両足から火炎魔法を放出させ、いつの間にか飛行していたフランゲルと、具現化魔法でペガサスを出現させていたヘルシュが、クロノに向かって同時に飛び込んでいった。
ガシャンと戻した大鎌を構え直したクロノが、 一閃を振るう。
すると真正面から突っ込んできたペガサスを、バシンと縦に一刀両断した。
「ああああああ!?」
「ふはははははは! やはり同時攻撃は厳しいか!」
地面にベシャリと落下したヘルシュの横で、フランゲルが高笑いする。
振り上げた大剣から火炎魔法が放出され、クロノの周囲を囲う。
燃え盛る炎をジトリと見たクロノの目が細くなった。
「一度戦ったのだから、その大鎌の性能は覚えておるわ! 触れなければ魔法は吸収できんのだろう、焼き尽くしてくれるわ!」
「ハイハイハイ、炎は効きませんよ!」
いつの間にか回り込んでいたウォポンが、自己洗脳魔法でビカビカ身体を光らせながら、フランゲルが作り出した炎を突破してクロノに背後から切りかかった。
クロノは大鎌の柄を、身体に巻きつけるように回転させてガキンとそれを防ぎ、そのまま大鎌を回転させ続け、刃の付いた頭部分の柄でウォポンを正確に捉える。
バキンと防いだ剣ごと吹っ飛ばされたウォポンが、回転しながら態勢を整えて着地していた。
「アリア、結界魔法だ! 炎のによる熱と酸欠、流石にそれを防ぐ術までは持ち合わせておるまい!」
「知らない! 勝手にしてよ、フランゲル!」
「ふはははははは! 拗ねた顔も可愛いではないか!」
フランゲルが囲む火炎魔法の威力をあげながらアリアに指示するが、クロノの胸を揉む発言をしたフランゲルに怒り心頭のアリアはそれを無視した。
無視されたフランゲルは、自分が悪いのに反省の色がない。
出来ればそういう喧嘩は自由時間にやって、戦闘中の今は割り切ってほしいのだが。
ルドーがそう思った瞬間、クロノがまた動きを変えた。
大鎌を右手に持ち、大きく振るうと、刃が規則的にスライドして、一瞬で連結が外れる。
そのまま大きな鞭のように周囲を回転し、囲む炎が刃に当たって次々吸収されて行った。
「なにぃ!?」
「あっ、吸収されたまずい!」
「ハイハイハイ、一旦退避します!」
クロノの動きに驚愕するフランゲル、落下から立ち上がったヘルシュ、慌て始めたウォポン。
クロノがそのままガキンと大鎌を地面に突き立てれば、その柄の先端から圧縮された火炎魔法が砲撃のように大量放出され始めた。
バババババとマシンガンのように放たれるそれに、フランゲルが即座に空中に回避し、ヘルシュがまたペガサスを出現させ、ウォポンを掴んで上空に退避する。
外れた攻撃に、クロノが苛つくように小さく舌打ちしていた。
一連の様子を見ていたルドーは、エリンジと視線だけ見合わせる。
「前に一度追い込んだ時も、同時攻撃には対応しきれてなかったよな」
「一人では捌き切れる攻撃に限度がある。そこに拘束と地形を合わせれば、勝機はある」
『攻略戦だなぁ、楽しくなってきたぜ』
聖剣がバチンと弾けると同時に、ルドーはエリンジと共に走り始めた。
「援護いたしますわ!」
「こっちも手助け入れるよ!」
ビタとアルスの声が続く。
クロノの様子をずっと観察していたトラストが、ビタと魔力伝達を発生させる。
地面に手を突いたビタが、クロノの視線を遮るように、次々と地面から壁を伸ばしてルドーとエリンジの視認を妨害させていた。
同じようにアルスがキシアと魔力伝達で氷塊を空中にあちこち発生さえ、クロノの動きを遮り始める。
「お兄ちゃん! エリンジくんも!」
リリアが叫んで、四角い結界魔法を空中に出現させた。
結界を結界として使うのではなく、ルドーやエリンジが動く足場として。
二人の行く先に次々と、四角い結界を出現させていくリリア。
それに合わせるようにルドーとエリンジはそれぞれでクロノの背後に回り込み、交代で武器を振り下ろす。
「あの時散々保護してやるって言ったのに、ずっと無視し続けてただろ!」
「しょうがないでしょ! 素直に話して正体がバレたら、あの時は終わりだったのに!」
「それほど俺たちが信用ならなかったか!」
「その通りだから逃げてたんでしょうが!」
攻撃と同時に、ルドーとエリンジの言葉とクロノの応酬が続く。
クロノにはいつもの余裕のある口調もなく、明らかに苛立っている様な話し方だ。
いや、これは焦りというより、怖がっているのではないだろうか。
「そんなに怖がらなくても、今なら歌っても、あの連中は即座に襲っては来ませんよ」
「っ……」
様子を眺めているゲリックの発言に、クロノは明らかに動揺して身を強張らせた。
やはりクロノは、女神深教がこの場に来て正体が露呈することを恐れている。
しかしその心配はないと断言したゲリックに、ルドーは攻撃を続けながら大声をあげた。
「ゲリック! 来ないってどういうことだ!?」
「混乱状態だと申し上げましたでしょう。あの女神を吸収した魔導書の持ち主、彼の動きが分からなければ、あいつらも動きませんよ」
遠くでニタリと笑う悪魔は、そうはっきりと言い切った。
女神深教は女神を崇拝していて、その狂信から魔導書に女神が吸収されたことは、何か狙いがあると考えている。
だから、女神を吸収した古代魔道具の空想の魔導書を持つ、歩く災害のボスの動きが分からなければ、次の動きが打てない。
現状、かなり危険な状態ではあるものの、ルドーたちを強化すると言ったゲリックの余裕は、そこにあったのだろう。
だがゲリックにそう言われても、クロノの女神深教へのトラウマもかなりのもの。
大鎌を振り回して、聖剣とハンマーアックスの攻撃を交互に防ぎながら、拒絶して逃走するようにクロノは走り始めた。
その様子をじっと見ていたカイムの赤褐色の髪が、とぐろを解いてするりと垂れ下がる。
「流れが絞れてる、イエディ!」
「カゲツ、補充、お願い」
「お買い上げありがとうございますや!」
『合わせて強化入れてくよ! (^_-)-☆』
魔力伝達をさせながら指差したメロンに、イエディが砲撃を開始する。
大砲型攻撃魔道具から発射されたそこには、カゲツが即席で作り上げ、ノースターが魔法薬を大量投入した植物の種が入れられていたようだ。
クロノの動く流れを読んだメロンによって、イエディがそれをクロノの進行方向前方に発射。
前方でパァンと弾けるように割れた砲撃と同時に、種から伸びた植物が、網のように展開してクロノの進行を防ぐ。
クロノがそれを叩き切ろうとした瞬間、ルドーが聖剣を振り下ろす。
即座にクロノが対応し、体に沿って回した大鎌の柄に、聖剣はガキンと弾かれる。
だが植物の網を切れなくなったクロノは、やむを得ず飛び上がって逃走経路を大きく変えることを余儀なくされていた。
「空中を叩き落す!」
飛び上がったところに、エリンジがすかさず、ガキンと分離させたハンマーアックスの頭をを叩き込んだ。
避けきれず攻撃を受けたクロノは、身体に当たるハンマーアックスに鉄のようなバキンという音を響かせながら、地面に落下して大きな衝撃と煙を巻き上げた。
「っ、カイムっ!?」
「動きがおせぇ」
聞こえてきた声に、ルドーとエリンジは空中の結界魔法の足場の上で振り向く。
ペタペタと地面を歩いていたカイムの髪が、地面に突き刺さっている。
ルドーとエリンジがもう一度クロノを見ると、舞い上がる土煙の先で、赤褐色の髪に巻き付かれ続けながら、身動きが出来ないように倒れていた。
「いつもの動きじゃねぇ、見えるくらいおせぇ。怖がってんなら無理すんな」
「だって……そんなの、歌えなんてっ……」
「言ったはずだぞ、。怯えてもいい、だがもう一人で抱えんな」
じっと見つめるカイムの、低く静かな声。
クロノは耐え切れなくなったような叫び声をあげて、スパンと大鎌で絡みつく髪を切り落した。
「カイム!」
「逃げてるだけだ、同じ要領で追い込めや!」
戦闘に加わったカイムにルドーが呼び掛ければ、そう叫んでカイムも走り始めた。
クロノはもう、恐怖に半狂乱になって逃げているだけだ。
いつもの冷静さも、観察力も、強張って逃げるその姿からは見受けられない。
もうクロノの限界は近い、仕掛けるなら今だ。
「エリンジ、あの武器だ! あれを取り上げろ!」
「ふん、簡単だ。何も考えずに砲撃をし続けていたと思うな!」
決壊の足場を飛び移りながらルドーがそうエリンジに叫べば、エリンジはハンマーアックスのあまたを魔力でバチンと戻し、クロノの方を指して声をあげる。
すると途端に、最初に連撃していた砲撃魔法のクレーターが、ド派手に大きく爆発し始めた。
地面から伸びる壁と、空中の氷塊、進む先に伸びる植物の網で動きを制限されていたクロノは、その爆発の集合体に一瞬で飲み込まれていく。
『砲撃と見せかけて地雷仕込んでやがったか! ここまで来ると恐ろしいぜ!』
「大鎌飛んだぞ、カイム!」
ルドーが叫ぶと同時に、地面を走っていたカイムの髪が素早く伸びる。
爆発に巻き込まれたクロノが、それでも武器を手にしようと伸ばした指と、カイムの髪が同じ位置に伸びる。
「私のこと忘れてもらっちゃ困るのよ!」
瞬間、クロノの目の前が大きく光り輝いた。
アリアが投げた光魔法の球体が、閃光弾のようにクロノの視界を奪う。
クロノが思わず手で目を覆った一瞬の隙に、カイムの赤褐色の髪が大鎌を捕らえ、即座に遠くに放り投げた。
視界を奪われたクロノは、ボコボコに抉れた地面の足場を見誤り、踏み外した足場と共に落下していく。
「今だぁ!」
『着做雷竜落!』
「ここで言うのかよ!!!」
聖剣を振り下ろすと同時に叫ばれた必殺技名に、ルドーは毎度の如く突っ込む。
空を覆う雷雲が発生し、口を大きく開いた雷の竜が、ルドー目掛けて振り落ちる。
空間を覆うような、轟く雷鳴と閃光。
全身を飲み込まれるように雷竜落を身にまとった状態、着做雷竜落で、ルドーはクロノめがけて聖剣を再び振り上げ飛び掛かる。
「カイム、なんでっ……」
「信用しろよ、クロノ。俺を、俺たちを。一人で抱え込まなくていいんだっつってんだよ」
「おらああああああああああああああああ!!!」
クレーターに落下したクロノは、地面から伸びた赤褐色の髪に絡まれて動けなくなっていた。
そこにルドーは聖剣の一振りを、渾身の限り叩き込む。
雷魔法の攻撃ではない、純粋な剣の叩き付け。
物理攻撃を防ぐ何らかの魔法が、ミシミシと軋む手ごたえを感じる。
着做雷竜落の光に、怯えて恐怖に染まり上がるクロノの表情が浮かびあがた。
雷を纏った素早い動きで、ルドーはクレーターの底から縁の地面い飛び戻る。
「ルドー、いけたか」
「手ごたえはあった。後はこれでクロノがその気になるかどうかだけど……」
着做雷竜落の余波で真っ黒に焦げて崩れたクレーターを、ルドーは走り寄って来たエリンジ、カイムと共に見下ろす。
ここまで攻撃して、クロノが恐怖を克服して歌ってくれるかどうか。
それは賭けでしかない。
全員で息を飲み、煙をあげる崩れたクレーターを見つめる。
「おや」
ゲリックがそう呟くとともに、大きく跳び上がって後退した。
困惑するネルテ先生とボンブ、キャビンの横に並んだと思ったら、悪魔に怯える三つ子を中心に、結界魔法のようなものを張り巡らせ始める。
「衝撃に備えましょう。本番はここからですよ」
ゲリックの言葉に呆然としていると、崩れるクレーターから、違う音が流れ始めた。
小さく、呟くような、こぼれるような。
瞬間、クレーターを飲み込むような衝撃が、激しい歌声と共に発生した。
余りの衝撃に、縁で覗き込んでいたルドー、エリンジ、カイムは、大きく吹き上げられてぶっ飛ばされる。
轟音と共に、空に巨大な光が走る。
着做雷竜落で発生していた雷雲が、それより大きな規模で円状にかき消された。
荒々しい、悲痛で、それでいてどこか助けを求める歌声が響く。
クレーターは瓦礫と共に吹き飛ばされ、その中心からゆっくりと、一人の人間が浮遊して上がってくる。
長く伸びた髪が虹色に輝き、その両目も同じ虹色の荒々しく光り輝いている。
アシュでルドーとトラストが目撃した、あの時の歌姫の姿。
余りにも神々しい、神秘的で、夢物語のような光景。
全員がその光景に呆然と動けなくなった瞬間、発せられた膨大な魔力に、あっという間に飲み込まれた。




