第二百五十六話 魔法科の化け物攻略戦
「……つっても、クロノが化け物なのは変わらないんだよな。総攻撃って言っても、追い詰めることなんて可能なのか?」
エリンジの猛攻から逃げ惑うクロノを観察しつつ、ルドーはどう攻撃するべきか思い悩んでいた。
聖剣の攻撃は、クロノには弾かれて効かない。
古代魔道具の実体が分かったから、ルドーにも理解できる。
クロノも歌姫であるが故に、同格かそれ以上となるため、古代魔道具の魔法が効かないのだろうか。
そういえばとルドーは思い出す。
以前アシュで、三百年の歌姫像の魔力が聖剣の攻撃を完全に防いだ。
その時聖剣は、歌姫の魔力では太刀打ちできないとこぼしていた。
どうやら歌姫は、姿を変えられ古代魔道具より格上ということのようだ。
「これ、俺の攻撃通じないんじゃないか?」
『いや、防御魔法を使ってないのに防いでいるのがわからん』
「……そのままだと防げないのか?」
ルドーが憶測から絶望的に呟くと、聖剣も考えていたのかバチリと弾けた。
歌姫の方が格上だから通じないと思っていたが、どうやら聖剣曰くそうではないらしい。
『魔法攻撃は、素の状態なら通用するぞ。なにか常時展開してる魔法が防いでるだけだ』
「……ならそれを解除したら?」
『あぁ、あいつにも攻撃は通るはずだ』
かつての歌姫だった聖剣本人の断言。
クロノの魔法を防ぐカラクリは、魔法で防いでいるだけの話だった。
素手で周囲の攻撃を弾き、古代魔道具の攻撃さえも通らない。
防御魔法に似た何かを、クロノが常時展開していると聖剣は睨んだのだ。
実際クロノが話した歌姫についての実体験も、クロノは女神深教を警戒して、様々な魔法を常時展開している。
その中に攻撃を防ぐ、何らかの魔法が存在していると考えていい。
「でも、それが分かったとしても、どうやってクロノさんにそれを解除させるの?」
ルドーと聖剣の話を聞いていたリリアが疑問をあげる。
歌姫の魔法は、歌姫でなければ解除できないのではないか。
しかし百年周期で一人しかいないならば、歌姫は同時に存在しない。
そもそも魔法では誰にも解除することは不可能ではと、リリアは考えていたのだ。
「魔法は直撃しても、クロノのその魔法が弾いて無理か。ならやっぱ物理か?」
ルドーはクロノに攻撃が通った状況を思い起こす。
クロノに攻撃が通ったのは、歩く災害や歩く災害のボスとの戦闘だ。
純粋な腕力で劣ったからか。
クロノは腕や足をもがれたり、へし折られたりしていた。
あの化け物じみた身体能力は、クロノが恐怖を紛らわせようと鍛え続けた結果。
それはたしかに人間の範疇。
つまり、クロノの防御はある程度の物理攻撃は防ぐが、許容範囲がある。
突破口があるとしたらそこだ。
『あいつに物理で勝れとか、厳しいな』
「……いや、あれならやれるんじゃないか?」
ルドーの一言に、察した聖剣が面白そうに弾ける。
聖剣の十割の一部、雷竜落を身にまとった、身体能力を長向上させる魔法。
あの状態ならば、化け物身体能力のクロノにも追いつけ、腕力でねじ伏せることが可能なのではないか。
『まだ三分しか持たねぇんじゃねぇか?』
「だから、トドメに使うべきだと思う。問題はクロノをどう追い込んでいくかだけど……」
ルドーは未だにどう動くべきか悩んでいる魔法科の先、カイムをチラリと盗み見る。
変態発言をしたフランゲルをアリアとともに沈めたあと、カイムは動くでもなく、じっとクロノの方を見つめていた。
赤褐色の髪が、うねうねと蛇のように、伸びた先でとぐろを巻いてはほどいてを繰り返している。
言われたとおりに総攻撃に動くべきか。
クロノの側に付くべきか。
カイムの様子は、悩みに悩んで迷っているような動きだ。
「……クロノ相手なら、やっぱりカイムが一番わかると思うんだけどな」
「エリンジくんだけじゃ厳しいよね」
「あぁもう、いい加減にしてよ!」
リリアが発言した瞬間、それを証明するように、エリンジがクロノに襟首を掴まれ、ぶん回されて放り投げられた。
地面を砂煙をあげて転がったエリンジは、体勢を直しつつ即座に連撃に切り替える。
エリンジはその膨大な魔力にものを言わせたゴリ押しの砲撃を浴びせようと攻撃している。
しかし魔法攻撃がそもそも通じないクロノには、あまり効果が見られなかった。
猪突猛進のエリンジでは、魔法を弾いて肉弾戦を行うクロノとはそもそも相性が悪い。
「カイムはクロノと一緒にいる時間が長かったから、俺たちより考えがわかるはずだ」
『そんであいつが苦手にしている、拘束系統もあの髪でできるな』
「でもカイムくん、クロノさんに攻撃出来る?」
リリアの疑問に、ルドーはじっとクロノを見つめた。
エリンジの猛攻を見えない速度で走りかわすクロノは、どちらかというと面倒そうな顔をしていて、嫌がっているようには見えない。
ゲリックの提案した魔法訓練は、基礎訓練と違い、そこまで危険性を感じるものではなかった。
むしろ組手を何度も経験しているために、いつもの授業の延長にルドーには感じられる。
化け物身体能力のクロノを、魔法科全員で総攻撃して、歌姫のその本気を引き出す。
むしろ冷静に考えればやる気が出るような内容。
しかもゲリックに既に一度達成しているとまで言われれば、全員自然とやる方向で考えが傾くのは当然だった。
実際、動きを考えているのは、ルドーだけではなかった。
「トラスト、どうだ? 見えるか、弱点かなにか」
「……ダメです。やっぱり、観測者でも突破出来ない妨害魔法が掛けられています」
動きの規範を考えようとしたのか。
アルスの指示で、トラストがクロノに対して観測者を使っていた。
瞳を黄色く光らせていたトラストが、指示したらしいアルスに報告する。
「しかし以前はデバフ魔法を解析出来たのでしょう?」
「こっちに攻撃来ますわ!」
横に並ぶアルスとトラストの後ろにいたビタ、キシアがそれぞれ声をあげる。
トラストの観測者デメリット、相手に居場所が知られる効果でクロノにすぐバレたようだ。
エリンジの砲撃魔法で吹き飛ばされた地面の塊が、クロノに蹴り飛ばされて四人の方へ迫って来ていた。
ビタが変化魔法で地面を巨大な手に変え、アルスが氷魔法で咄嗟に大きく盾を作り上げる。
飛んできた地面の塊を、ガシャンと防いでなんとか持ちこたえていた。
「デバフ魔法が解析出来たなら、やっぱり何か穴があるんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか……」
「そうですわよ! そもそも観測者の解析を気にしないのなら、こちらに攻撃など加えてきませんわ!」
迷うトラストを励ますように上げたビタの発言に、ルドーもクロノの方を咄嗟に振り向いた。
ビタの言う通り、観測者の解析が歌姫の妨害魔法で効かないなら、クロノはトラストを気にする必要はない。
だがアルスたちが言う通り、トラストの観測者は、以前ワスラプタでクロノのデバフ魔法を看破している。
クロノの歌姫の魔法は、思ったように自在に使える。
それは裏返せば、思ったようにしか使えない。
つまり、魔法を使うクロノ本人の認識に、強く作用されるものなのではないだろうか。
クロノ本人の認識の外では、どう魔法が作用しているか、クロノ本人も把握しきれていない。
だからクロノは問題が発生するごとに、魔法を何度も掛け直す羽目になっているのではないだろうか。
それに気付いたルドーは、聖剣を構えつつ叫んだ。
「トラスト! 解析魔法は続けてくれ!」
「えっ!? でも、効くかどうかかなり怪しいですけど!?」
「それでもクロノは観測者を気にしてる。圧を掛けるんだ! 気を散らせばそれが隙に繋がる!」
「観測者で圧を掛ける……」
情報分析以外の、役職観測者の使い方。
ルドーの話を聞いたトラストは、その発想はなかったと目を見開いた後、クロノの方に視線を集中し始めた。
「何か情報が入るかもしれません。アプローチは色々試してみます!」
「全く、情報が多いゆえに視点が固定されるなんて、まだまだですわよ!」
「援護しますわ!」
「圧掛けるなら、ちょこちょこ攻撃も投げてみるかな」
そう言ってアルスが、氷塊を空中に発生させて、エリンジの砲撃魔法の援護に回り始めた。
見えない速度で移動するクロノが、あちこちに姿を現しては、増えた氷塊を素手でバリンと叩き落している。
「あっち行ってこっち行ってそっち行って……あーん、早すぎて流れが全然読めない!」
「砲撃、しようにも、あの素早さ、狙えない」
集中するように両手の人差し指をこめかみに当てたメロンと、大砲型攻撃魔道具を両手に抱えたイエディが、なんとかクロノの見えない動きを追おうと必死に目を凝らしている。
化け物身体能力は、あの破壊力も当然だが、目に見えない速度で動き回る素早さも厄介だ。
エリンジの攻撃から逃げるため、クロノは今姿を消しては現してを繰り返している。
クロノは今攻撃を避ける逃走に全振りしている状態だが、あの速度で攻撃に回られたら、ルドーたちには防ぐ体勢に入れない。
つまり逃走に徹している今こそ、反撃に回られないように追い込むことが定石だ。
一つ思いついたルドーが、リリアの方に振り返る。
「リリ、結界魔法、出来る数だけ出せるか?」
「出来る数? でもクロノさんには破られちゃうよ?」
「破られてもいいんだ。このだだっ広い運動場じゃなくて、動きにくい空間にすればいいんだから」
『なるほど、動きを制限するための結界魔法か』
ルドーの説明に合点が言ったように、聖剣が小気味よく弾ける。
確かにリリアやアリアの結界魔法は、クロノはあっさりと破壊できる。
しかしシャボン玉が大量に舞い踊るように、周囲に大量の結界魔法の泡が撒き散らされるのはどうだろう。
一つ一つの破壊は簡単でも、それが大量に設置されれば、視界も動きも制限され、すべて破壊するにも時間がかかる。
ある程度動きを制限するには、ちょうどいいものではないかと思ったのだ。
「動きの制限だったら、地面だけじゃなくて空中に展開してもいいかも!」
リリアがそう言って空間いっぱいに花開くように、ポンポンと結界魔法を張り巡らせ始めた。
一瞬動きが止まって姿を現したクロノが、こちらの思惑を理解したように目を細めている。
「動きの制限ですやね、それなら拘束せずとも今の私にも出来そうですや」
『焼け石に水かもしれないけど、魔法薬で強化もして時間稼ぎしてみる。 (*`・ω・)ゞ』
動き出そうかと迷っていたカゲツとノースターが、ルドーの話を聞いて便乗し始めた。
カゲツが結界魔法で球体だらけになった空間を縫うように蔦を伸ばす。
ノースターがポチリと起動した放射型魔道具を背負って、硬化魔法薬をノズルからガシャコンと散布し始めていく。
伸びた蔦がガチガチと、魔法薬によって岩のように固められていった。
時折クロノが動きにくそうに、足を一振りして周辺を薙ぎ払うが、すかさず再建して空間を制限し、動きをどんどん制限していった。
「聖剣!」
『いいぜ、思った通りにやってみな!』
軽快に笑う聖剣を、ルドーは振り下ろした。
即座に、結界魔法や蔦に絡まるように、雷を纏った黒い雷雲があちこちに発生する。
女神像破壊犯を捕まえる際に編み出した、雷を纏わせた攻撃性のある設置罠だ。
クロノに古代魔道具の攻撃は効かないが、黒い雷雲は視覚を奪う。
そして設置された罠を踏めば、雷の光でおおよその動きを見切れるようになってくるはずだ。
ルドーは更にクロノを見やすく出来るようにと、聖剣を高々と振り上げる。
「敵対迎撃!」
瞬間、クロノがバチンと大きく雷を纏わせた。
敵対する相手を認識する、敵対探知。
そこから派生させた、敵意を持つ相手を自動迎撃する、敵意迎撃。
そしてさらに発展させて、ルドーが敵だと認識した相手を自動迎撃する。
即座に考えて編み出した、ルドーが認識する特定の相手に対してのみ迎撃する攻撃だ。
クロノには聖剣の雷魔法が効いている様子は相変わらずないが、姿を消すほどの速度で移動しても、纏った雷が追従して少しだけ動きが読めるようになった。
「ふおお! ちょっとわかりやすくなったかも! イエディ!」
様子を見ていたメロンが、そう叫んでイエディの肩に手を置いた。
二人の魔力が循環し、魔力伝達が発生する。
メロンの見ている魔力の流れを、その魔力伝達でイエディにも認識できるようにしていた。
「まだ早い、でも予測で……!」
イエディもさらに、エリンジやアルスの攻撃と混じって、大砲型攻撃魔道具で砲撃魔法を放ち始めた。
エリンジの虹魔法の砲撃を躱し、アルスの氷塊を素手で叩き落し、イエディの砲撃魔法をその身で受けて無効化する。
制限と視認で動きが読みやすくなり、少しずつその攻撃の集中砲火を浴びる確率が上がって来ていた。
「視界……視線の死角を突いてください! クロノさんは目で見てからしか反応してません!」
観測者を使っていたトラストが叫ぶ。
どうやらトラストは解析魔法ではなく、クロノを注意深く観察していて気付いたようだ。
言われてみれば、先程から攻撃を浴びる確率が高くなってきていたクロノは、効いてこそいないが、背後からの攻撃を一番受けている気がする。
クロノはよく赤い瞳を光らせて、周囲を注意深く観察していた。
常時遠視や常時暗視など、クロノは瞳に様々な警戒魔法を常時かけているらしい。
だがそれは逆を返せば、目に頼り切っている話にも繋がる。
トラストの叫びを聞いたエリンジが、ガチンとハンマーアックスを構え直した。
エリンジの動きに合わせるように、ルドーもクロノに向かて走り始める。
リリアの結界魔法は、クロノにだけ機能するようになっていた。
壁のように見える結界魔法の球体もルドーは通り抜け、設置した罠もルドーが思った通り、クロノにだけ有効にして、ルドーもエリンジも素通りだ。
カゲツとノースターが設置した蔦だけを避けつつ、ルドーはエリンジとタイミングを合わせて、死角になっている背後から交互に振りかぶった。
「……あぁもう!」
苛つくような声がクロノの口から洩れた。
防ぐ動きをしたクロノの腕から、ガチッと岩のような手応えと共に、反撃に回ってきたクロノの脚を、ルドーは身を低くして躱す。
即座にエリンジが背後に回って、ハンマーアックスを振り下ろす。
クロノはそれを手をあげて防ぎ、反撃に足をあげた瞬間、またルドーが背後から切りつける。
今まで組手を重ね、攻撃の連携も分かってきたからこそ、クロノの攻撃のパターンが、ルドーとエリンジには少しずつ読めてきていた。
「どうした! 防ぐだけで攻撃はなしか!」
逃走と防戦一方のクロノに、エリンジが怒鳴るような大声をあげた、
振り下ろされるハンマーアックスの防御が、一瞬止まる。
ルドーは違和感を感じていた。
いつものクロノなら、もっと攻撃を加えてくるはず。
そうでもなくとも抵抗して、ある程度ルドーたちはダメージを受けていないとおかしい。
思うに、ゲリックのいう歌姫の本来の仕様に戻すという話に、クロノは戸惑っているのではないか。
女神深教にずっと恐怖し、能力を伏せ隠し続けていたクロノに、正体を明かせとゲリックは話させた。
だからクロノには、歌姫として戦う覚悟がなく、不安と恐怖に揺れ動いている。
先程からの逃走と防戦は、そんなクロノの迷いが現れているのではないかとルドーは推察していた。
「力があるなら振るえ! 強者にはその責任がある!」
「うるさい! なりたくてなったわけじゃないって言ってるのに!」
性格相性の悪いエリンジとクロノ。
毎度毎度クロノに対して致命的なことを叫ぶエリンジは、今回もクロノにとって一番嫌な部分を叫んだようだ。
強い脚の動きで、エリンジとルドーは大きく背後に吹き飛ばされる。
空中で何とか体勢を立て直したルドーとエリンジが、土煙をあげながら踏ん張って着地していると、クロノの動きが変わった。
入学時からずっと被っていた黒い帽子を外し、クロノは小さくパチンと指を鳴らす。
すると手に持つ帽子がグニョンと、ゴムのように大きく伸びた。
ガシャガシャと音が鳴り、空中から刃物が形成されて突き刺さって行く。
伸びたゴムが細くなり、両手で構えたクロノの手の中に納まる。
それを見たルドーたちは、驚愕に目を見開いた。
「なっ、お前、その武器!?」
『……なるほど、歌姫の力で作ったか。通りで古代魔道具を模倣できるわけだ』
納得したような低い声で、聖剣が小さくパチンと弾ける。
見覚えのある稼働する大鎌。
女神像破壊犯が使っていた武器を構えたクロノを見たことで、カイムが保護したという、伏せられていた女神像破壊犯の正体を、ルドーたちはようやく理解したのだった。




