表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/329

番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.2

 

 すっかり忘れていた課外学習の話をした途端、爆発したような騒ぎになった面々を、笑いながら魔法科の校庭から送り出したネルテは、メインホールに戻ってそこから続く職員室に戻った。


 ガラリと横引きの扉を開いて中に入ると、既に授業を終えて、事務作業をしている相変わらずくたびれた風貌の基礎科担任のヘーヴ・ブライアン。

 机に突っ伏して爆睡している、ウェーブのかかった紺色の髪の頭しか見えない女性、基礎科副担任マルス・ハリアナが、ぴすぴすと寝息を立てている


 ネルテはそんなマルスの横に、座るや否や机に突っ伏して大きく息を吐いた。


 ちなみにスペキュラーは滅多に職員室に来ない。

 というより、話が長いので職員室にいると事務作業が進まないので、ヘーヴによって基本追い出されているのだ。


 その上この間、校長と共謀しての学習科目変更事件で、スペキュラーは謹慎をくらっている。

 元々廊下をほっつき歩いているので、普段とあまり大差のない処置だ。

 だが謹慎を言い渡したのが、最高権限の校長なので、どうしようもなかった。

 校長もその元凶の一人なのに。


 護衛科の先生方は、その職業柄校内の見回りついでに、護衛科の生徒達の自主訓練を見ていたりするので、あまり職員室に顔を出さない。


「ふへぇー疲れたー」


「珍しいですね、貴方が溜息なんて」


 見かねたヘーヴが注意しつつも話しかける。


 しかしまったく気にしないとでも言わんばかりに、ネルテは突っ伏したまま手をひらひらして答える。


 マルスは眠ったまま起きる気配もない。

 彼女の睡眠は役職の影響が大きいので、最低限の仕事さえこなしていれば、基本放置されている。


「あれだよあれ、勇者と聖女の恒例行事」


「あぁ、今年は人数多いのに例年より遅かったですね」


 ネルテが軽く事情を離せば、ヘーヴは納得の表情を浮かべた。


 勇者と聖女はその役職の特殊性から、エレイーネーに入学してくる時点で、自意識が過剰だ。


 普通に学ぶ分ならば多少問題はない。

 だがその過剰な自意識があらぬ方向に育った結果、努力しなくても大丈夫だという発想になると目も当てられない。


 なのでまずその鼻柱を豪快に折って、役職の意味を履き違えないように修正するのが、勇者と聖女が入学した年の恒例行事となっている。


「あの双子ちゃんたちが凄い頑張ってたから、いい方向に流れてくれないかと期待してたんだけどねぇ。むしろ下に見て悪化しちゃってたわ」


「特に双子の勇者の方が、大分異例ですからねぇ」


 愚痴り始めたネルテに、ヘーヴも同意するように頷く。


 古代魔道具はただでさえオーパーツの為、エレイーネーでさえ知られている事の方が少ない。

 さらにはそれを引き抜いて、勇者と聖女の役職を得るなんて話は前代未聞。

 報告を受けた時は、エレイーネーの教師陣中がひっくり返った。


 普通の勇者と聖女として扱っていいのかさえ、議題にあがるほどであった。

 だが本人たちの危険意識がかなり高いので、問題なく過ごせていると言っていい。


 思案するように顎に手を当てて、空を見つめるヘーヴに、ネルテは乾いた笑いで答えつつ話を続ける。


「問題はフランゲル・ヴェック・シュミック、ヘルシュ・オクロッカ、アリア・バハマだね」


「その三人が一番問題あると?」


「フランゲルは名の通り、シュミック国第三王子なんだよ」


「あそこここ数年、魔物の発生件数0では?」


「そうなんだよ。魔の森に接してないからか、元々危険意識が低くて。勇者に対する認識が変な国だ」


 困ったようにネルテは答えた。


 フランゲルの出身地。

 シュミックでは勇者というものは、一種のパフォーマンス役職で、芸能人扱いに近い。

 そんな国の王子が、勇者の役職を授かってしまえば、どう育てられるかは大体想定が付くわけで。


「魔法訓練はおろか、基礎訓練すら怪しい感じですか」


「一応基礎訓練は、兄王子たちの影響で、多少は出来るみたいなんだけどねぇ」


 フランゲルのいる国シュミックでは、既に第一王子が立太子し、第二王子も騎士団長として、国を支えるため日夜励んでいる。


 妾腹の生まれだが、兄たちとの関係は良好らしく、たまに剣術指導を受けていたため多少は出来る。


 ただそれでも王子として敬われる立場。

 一般兵ほど厳しく訓練はしてないし、なんなら国王が妾を大層可愛がっているため、第三王子も相当甘やかしていたと聞いている。


 これを更正させるのはかなり骨が折れそうだ。


「ヘルシュ・オクロッカは、生まれつきの勇者だっていうのに、三人で一番練度が低くてまともに魔法が成功しない」


「生まれつきで? よっぽどですねそれは」


「一回最初の魔法訓練で、盛大に風魔法を失敗して吹っ飛んでから、絶対に魔法を使わなくなっちゃってね。魔法を改善するより、失敗して恥をかく方が嫌みたいだ。失敗してなんぼだっていうのに」


「あららぁ。自己鍛錬より自身のプライドを優先するなんて、自意識過剰勇者の典型例じゃないですか。本人が気付かないと改善しないから、これ相当厄介ですよね」


「いくら説得したって、“勇者だから大丈夫!”だからねぇ。大丈夫じゃないから言ってるんだけど。早く夢から覚めて欲しいもんだ」


「最後の一人、アリア・バハマ。基礎科(こっち)でも時々名前聞きますね」


「ファブの男爵家出身だよ。蝶よ花よと育てられた結果、世界一のお姫様は自分だと信じて疑ってない。訓練より男漁りして、いいところに嫁ごうって腹らしいよ、何しに来たんだか。まぁフランゲルが今のとこ一番地位が高いから、そこに落ち着いてるみたいだけど」


基礎科(うち)の貴族生徒たちにちょっかいかけてるって聞きましたよ。基礎科(うち)の子たちは聡明だから、誰も相手にしなかったみたいですけど」


 ネルテもアリアが他の科目の生徒に声を掛けていたのは、報告に聞いていた。

 だがヘーヴにも報告に上がるほど、過激にアプローチを掛けているまでとは認識していなかった。


「そこまでしてたのか。その点は申し訳ない」


「終わったことですよ。まだそこまで難しい講義になってない時でしたし、問題ありません」


 なんでもないという反応のヘーヴに、ネルテはそれはありがとうと、お礼を返して続ける。


「でもこっちは元が貴族のお嬢様だ。スプーン持つのがやっとのか細い腕、まともに基礎訓練が出来るようになるまで、どれだけかかるか。一番反抗的だし」


「時間かかりそうですねぇ……」


「でも放置するわけにもいかないよ。勇者と聖女、どちらも弱いままだと、国に戻した後内乱になりかねない」


 困ったもんだと、ネルテは首を振った。


 勇者と聖女は国に帰属し、それは王家の管理下に配されることを意味する。


 万一まともに仕事のできない勇者や聖女が居た場合、そこから王家が責められ、最悪の場合貴族と二分して対立構造が生まれかねない。

 二分した結果内乱に発展、そこまで行かなくとも、国内不和を招いて魔物誘因の温床になり得る。


 だからこそ勇者と聖女は、魔導士以上の技術を求められる為、厳しく接する必要があるのだ。


 ふぅと背を伸ばして息を吐くネルテに、ヘーヴは話していて仕事にならないので休憩でもしようかと、職員室の隅に移動して、専用魔道具でコーヒーを淹れ始めた。


「行方不明の生徒の方は何か手掛かりは?」


 ことんと机にマグカップを置かれながら、ヘーヴに別の話題を振られる。

 魔人族が出現したという、魔道具製造施設から行方不明になったままのクロノについてだ。


「全くもって痕跡が見つからないんだよ。多少なりとも魔法を使ってくれてば、そこから痕跡を辿れるんだけど、どうにも魔法を全く使ってないんだ。その上何故か探知魔法に全く引っかからない」


「普通は魔法が使えない一般人でも、探知魔法には引っかかりますがねぇ。探知妨害の魔道具か何かでも持ってんですかね。大丈夫でした? レペレル家は魔物討伐の関係上、家族愛がかなり強いと聞いてますが」


「魔法科に勝手に移行していた件で、一時はエレイーネーと本気で戦争するくらいの勢いだったんだけど、どうにもスペキュラーと面識があったみたいでね。潜在魔力の話をしたら、辺境伯は物凄く面倒そうな顔をしながら、彼が言うならって複雑に納得してたよ」


「彼を知ってるならそういう反応でしょうね。にしてもそんなところに繋がりがあるとは」


「あいつは話が長いから、みんな進んで話を聞きに行こうとしないからな」


 淹れたコーヒーを飲みながら、感慨深くヘーヴは呟いた。


 マルスには睡眠の妨げになるのでコーヒーは淹れていない。

 横にホットミルクを置いたが、おおよそ気付く頃には冷めきっているだろう。

 相変わらずぴすぴす夢の中だ。


「魔人族を名乗る、例のやつに攫われた可能性は?」


「現状ただ破壊活動してる奴が、目的もなく攫うようには見えない。目撃者を消すっていう線は、大量目撃者を出している時点でないと思う。一番最悪な可能性として残しておく必要はあるけど、確率としては低く見てるんだよね」


「まぁ攫うなら攫うなりに、何かしら要求してくるでしょうからねぇ。そういった接触がない以上、確率は低くなりますか」


「そうなると、こっそり立ち去った線が濃厚になってくるんだよねぇ。エレイーネーに対する印象が最悪だろうし」


「そうだとしても、ご家族に連絡ぐらい入れませんかね」


「それが辺境伯と話したら、どうにも家族と距離取ってたみたいでねぇ」


 出奔が行方不明の原因なら、何か手掛かりはないかと、辺境伯にクロノの行きそうな場所を聞いてみた。

 だがそれこそエレイーネーの図書室ぐらいしか思いつかなかったとのこと。


 本を読む以外の趣味趣向がまるで掴めてなく、辺境伯はあまり会話も出来てない印象だった。


 その話に驚いたヘーヴが聞き返してきた。


「あの家族愛の強いというレペレル家で?」


「辺境伯もお兄さんも、家族としては大分重めに愛してたみたいよ。クロノが一方的に距離取ってたから、接触しかねてただけで」


「一人だけドライな子が生まれちゃったって感じですかねぇ。それで家も学校も嫌で逃げ出したと」


「今のところ、これが一番可能性高そうなんだよねぇ」


 長い溜息を吐きながら、ネルテはコーヒーを啜る。


 こうなってくると、クロノを見つけるのは困難極まる。

 クロノ本人の意思で雲隠れしている訳なので、手掛かりがないのは当然という事だ。


「でも出奔なら、退学届なり手紙なりありそうですけど。見当たらなかったんですよね」


「そこが謎なんだよねぇー。そのせいで決定打が打てないっていうか、なんというか」


「にしてもそんな調子で大丈夫ですか? 明日でしょう、例の調査」


「それもだねぇ、留守の間の事務よろしくぅ」


「あなたたちは本当に毎度毎度……」


 時折コーヒーを啜りつつ、机に突っ伏していたネルテがニッと笑いながら、右手をピッと動かして頼み込めば、物凄く嫌そうな顔でヘーヴは悪態をついた。


「全く、校長にも困ったものですよ。こんな調査引き受けてきて」


「私は感謝してるよー? 各国から校外学習の許可を取るための、交渉の交換材料として出されたんだから」


 今回の調査は、シマス国から秘密裏に依頼されてきたものだ。

 なんでも国に接する魔の森の中から、未発見の遺跡が見つかったとかで、既に国の魔導士が大方調べているので危険はないとされている。


 それでもエレイーネーに調査の依頼が来たのは、色々理由がある。


 まず、国の魔導士に調べてもらうより金がかからない。

 危険がないかの調査の為、平和活動の一環となるためだ。


 次に調査の際に見つかったものは、国領地として認知できない大陸中央の中央魔森林の中の物でも、国の調査になるため国に帰属する。

 国の魔導士だと、そのまま報酬として取られかねないが、エレイーネーの人間ならば、国の所属品に手を出してはいけないので、更なる損失を避けられる。

 既に国の魔導士が調査しているが、それ以上の損失は避けられるという訳だ。


 そして学生たちに恩を売って、将来のコネを作っておくという魂胆もある。


「一応魔の森の中の遺跡なんですから、警戒していきなさいよ」


「今回っていうか、これからは引率として私もついて行くから、へーきへーき」


「それも課外学習再開の際に出された条件ですっけ」


「一年次は引率者を必須で付けろってね。おかげでしばらく団体行動になりそうだよ」


 渡されたコーヒーを豪快に傾けて、大きくゴクゴク音を立てながら飲むネルテは、ぷはっと息次いだ後に続けた。


「遺跡の探索は滅多にないが、魔導士としては基本の仕事でもある。いい経験になるさ」


「魔物や罠の索敵は基本中の基本ですからね。まぁ話の通りなら何事もないはずですが、近頃はイレギュラーが多いですから」


「私が行くんだ、なんとかなるさ」


「明日が、例の一年に一回の日じゃない事だけ願ってますよ」


 そういって書類仕事に目を落としたヘーヴが、今日の分の事務書類提出を催促してきた。

 ネルテも仕方なく椅子に座り直して、今日の事務業務を開始した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ