第二十話 役職、勇者と聖女が立たされる立場
フランゲル達の説教に、ルドー達魔法科は全員巻き込まれた。
両手を腰に当てたまま、笑顔を消したネルテ先生の話は続く。
「将来、君たちが国を背負った後、あれ以上の攻撃が飛んできたとき、どう対処する。国も国民も見捨てて逃げるのかい、自分じゃ対処できないからって?」
ネルテ先生の言葉に、ルドーの攻撃を禁止するべきだと叫んだ、自称聖女は言い返せない。
自称聖女は視線を彷徨わせるように、薄藍色の大きな瞳を動かしていた。
「それとも、攻撃してきた敵にお願いするのかい。その攻撃は自分の命が危ないから、禁止してくれって?」
ルドーとエリンジの攻撃が、危険だと頷いていたフランゲルたちが、じっと見つめるネルテ先生に狼狽え始めた。
しかしネルテ先生は、そんなフランゲル達に容赦する様子はない。
「魔物にそんな虚言通じないし、国を脅威に脅かそうとする相手に、そんな話が当然通用するわけがない」
今はあくまで訓練。
だがエレイーネーを卒業すれば当然、そういったものを対処していかなければない。
その事実を突きつけるように、ネルテ先生は鋭い視線を向ける。
「なにより国民を見捨てて逃げるなんてこと、国を背負う聖女と勇者に、そんなことは許されないんだよ」
立場をはっきりわからせるように、ネルテ先生は告げた。
勇者や聖女であるはずのフランゲルたち。
彼らは今のところ、基礎訓練も他の生徒どころか、一般人の領域にすら達していない。
今まで母国で甘やかされてきたのか。
まるで幼稚園児並みの訓練内容なのに、それすら達成できていないのだ。
四人の中で唯一、ハイハイ言っている全肯定男だけが、授業にもハイハイと全力で取り組んでいる。
彼らのグループでまともなのは、ハイハイ男だけだといってもいい。
だが何を言われても、ハイハイ全肯定の為、現在パシリに使われている。
そのためグループのカーストは、最下位と言っていい。
そんなハイハイ男のやることを、フランゲル達が真似する様子も皆無だ。
それなのに、食堂では将来勇者になったらと、夢物語のような話を声高く周囲に聞かせていた。
フランゲルはまだ魔法を制御できてないのに、国を包む炎で国民を安心させるだのと豪語する。
ナルシスト男は、魔法すら授業で使ってないのに、かっこいい必殺技で伝説のヒーローになると宣う。
自称聖女は、世界中のイケメンと仲良くなって、世界平和を目指すなどと、もはや魔法すら関係ない。
まともに訓練する様子のないフランゲル達は、一体何を根拠に語っているのか。
四人とも一体何しに来たのだと、あまり現実味のない妄想話を大声で垂れ流していた。
同じ食堂に会したルドー達は、毎日のように耳にしていた。
ハイハイ男はそれを聞いても、いつも通りハイハイと全肯定するだけ。
食堂は共用なので、他の科の生徒にも聞かれている。
他の科の生徒達に、その全て眉を顰める様な反応をされているのに、フランゲルたちは自分の話をするのに夢中で気付いていない。
基礎科に在籍している、他国の王侯貴族が見ているかもしれないというのに。
同じ魔法科の、政治に疎い平民のルドー達でさえ、それはないのではないかと、難色を示すような内容ばかり垂れ流しているのだ。
王侯貴族が聞けば、より酷い印象を抱くだろうことは、想像に難くない。
正直に言うと、勇者と聖女の名前ばかり見て、現実を見られていないのでは。
ルドーはそう思っていたところではあった。
ネルテ先生に指摘され、フランゲル達の誤った思想について、ルドーの勘違いではなく、正しかったのだと再認識する。
「勇者と聖女が国も見捨てて逃げて、滅んで魔の森に没した国が、どれだけあったと思ってるんだい。それすらも、座学の歴史学をまともにやってないから、知らないのかい?」
ネルテ先生の話に、ルドーもまた思い出す。
ルドーも勇者になった際、国を見捨てて逃げられると困ると、魔導士長から手厚い対応をされた。
だが勇者や聖女が国を見捨てた後、国が滅んでしまうほど深刻な事態になるとは考えていなかった。
ネルテ先生は続ける。
「理想の大きな夢を見るのは大いに結構。だけどここエレイーネー魔法学校は、勇者や聖女がより力を付けるために厳しくするところだ。国を守る実力を付ける、その為の義務入学なんだから」
最初に文句を言った聖女を筆頭に、フランゲルたちは、ネルテ先生の余りの剣幕と話の内容に絶句していた。
今まで勇者や聖女だからと、自分たちの言う事は正しいとされてきたのだろう。
なんでも言う通り思い通りになってきた連中が、初めて障害に当たったような顔をしている。
「たとえ死のうが、死ぬよりひどい目に遭って肉塊になろうが、それでも戦い続けないといけないのが、勇者と聖女なんだからね」
お前たちは死んでも戦い続けなければならない。
そんなこと、生まれた国では聞いていなかったのだろう。
初めて聞かされる勇者と聖女としての役職の立場に、恐れおののいていた。
そして狼狽えるフランゲル達に、ネルテ先生はとどめを刺した。
「勇者や聖女の特別扱いを、力のない自分たちが、授業をサボっていい特別扱いと勘違いするんじゃない」
一番肝心な部分をつかれて、フランゲル達は呆然としていた。
しかしネルテ先生が言っていることは、他でもない勇者と聖女本人たちにのしかかってくる重圧だ。
ルドーもリリアも他人事ではない。
ネルテ先生の話を聞きながら、改めてその言葉を噛み締める。
魔物に殺されかけ、それに対抗する力を身に付けられると聞いて、ルドーとリリアの二人はひたすらがむしゃらに力を付けてきたが、将来背負うのは国なのだ。
役職を授かった以上、逃げることは出来ないし許されない。
フランゲル達程ではないが、役職を授かってからまだ一年と経っていないのもあり、ルドーとリリアですらまだそこまで想像できていなかった。
そのことがネルテ先生の話を聞いて、ルドーには痛いほどよくわかった。
ルドー達ですらそんな状態なのに、夢ばかりを語るフランゲルたちに、その覚悟はあるのだろうか。
覚悟がなくても逃げられないのが、この役職なのだが。
「今までは様子見も兼ねて甘く対応してたけど、ちょーっと今の発言で看過できなくなったね」
話が一通り響いたと受け取ったのか、ネルテ先生は話題を進める。
「悪いけど君たち、座学は私がつきっきりの特別実習も追加させてもらう。サボってたら鞭打つよりも酷いからそのつもりで。基礎訓練は大幅追加だ、授業時間内に出来なければ、放課後にも当然残ってやってもらうよ」
今までずっとサボって手を抜いていたフランゲル達には、まっとうな内容だった。
だがサボっていたような連中が、それを聞いて大人しく受け取るはずもない。
案の定気を取り直して、次々抗議し始めた。
「ゆ、勇者はいざって時に本領を発揮するもんでしょ! 今は平和なんだから、ちょっとくらい手を抜いたって許される時のはずだよ!」
「放課後までってあんな内容、夜中までかかって町に喫茶店に行ったり、学校のいろんな場所に行ったりする、シナリオ攻略の時間減っちゃうじゃないの!」
「鞭打ちだと!? そんなの罪人にする所業ではないか! そっ、そんなことをすれば、父上が黙ってないぞ!」
「おっと、ここであまり権力をひけらかさないほうがいい。反省室行きになって、下手すると退学だから」
ネルテ先生から発せられた、退学という言葉にざわつくフランゲルたち。
勇者や聖女でありながら、義務で通うエレイーネー魔法学校からの退学は、国を守れない勇者と聖女である役立たずの烙印を押されると同義だ。
そんなことになった勇者と聖女が、予定よりもずっと早く戻った国で、周囲からどんな劣悪な扱いを受けるか。
流石にそれが分からないほど、フランゲル達も馬鹿ではなかった。
どんどん顔が真っ青になっていき、逃げ場がなくなっていくことに怯えるように、周囲を見渡して狼狽えている。
「反省室って何?」
「校則ですわよ、見ておりませんの?」
「第十二条『校内での不和を防ぐため、国の権力の行使を禁ずる。違反者は反省室にて、心からの反省文を作成しなければならず、期限五日以内で作成できなければ即退学とする』って」
後ろでトラストとキシア、アルスたちがひそひそと話している。
校則にも詳しいトラスト曰く、心からの反省文とは、魔法がかけられた原稿用紙、所謂魔道具だ。
その場しのぎに適当に書くと、勝手に消えて初めからやり直しになるものだそうだ。
本当に心の底から、強く反省した文章しか残すことが出来ない物。
小細工の類は一切通用しない、すり替えてもすぐさま本物が出現するので、誤魔化しようがない。
これは王侯貴族の多い、基礎科の方で主に使用されている校則だ。
ほぼ毎年と言っていいほど退学者が出ていて、上級生がもっぱら賭けの対象にして、大話題になるほどだという。
今年の基礎科一年も既に数人、自分が有利に立とうと、他の生徒に堂々と権力をひけらかした結果、この校則から退学になっている。
王侯貴族のエレイーネー基礎科からの退学は、国を統治するための必要な知識を、途中で投げ出すのと同意。
国に戻っても恥さらしと笑われて、出世コースからはまず外れる。
貴族籍を剥奪されて平民になったり、辺境に飛ばされてしまうことが多いという。
退学になった彼らのその後も等しくそうなった為、基礎科の生徒達は身を引き締め直しているそうだ。
基礎知識を必要とする基礎科の卒業者は、その将来を約束されるも同義。
退学者が出て開いた枠を、追加入学しようと必死に他の王侯貴族たちは狙うので、空いた穴もあっという間に塞がれる。
トラストたちの話を聞いていたルドーは合点がいった。
なるほど通りで庶民も貴族も関係なく、同じ科目にぶち込まれているわけだ。
ここは貴族たちの通う学校ではない。
だから権力が通用しないし、悪用するなら容赦はしないという事だろう。
「でもそいつも自分の魔力で戦ってるわけじゃなくない!? あくまであの聖剣ありきだろ、ズルいじゃないか!」
ナルシスト男が聖剣を指差して叫んだ。
今まで強くなることだけに必死だった分、そう思われていると思っていなかったルドーは、急にそう言われてショックを受けた。
ルドーの手の中の聖剣が、そんなだから気に入らねぇと、一人吐き捨てている。
「ほんっと君たちなに見てきたんだい? 確かに彼の強さはあの聖剣が由来だけど、だからこそ君たちとは違うんだよ」
ネルテ先生はナルシスト男の発言に、大きく溜息を吐く。
両手を腰に当てたまま、首を下に向けてやれやれと振った。
「生まれつき、または役職を授かった瞬間、現役魔導士たちよりも、強力な魔力を授かったはずの君たちと、自身の魔力はそのままで、外部の聖剣に魔力を依存している彼とでは、魔力の扱い方法が全く異なる。エレイーネーでも前例のないことだ」
魔法の扱い方が普通の勇者と異なる。
だからルドーは、逆に普通の勇者のカリキュラムではどうにもならない。
きちんとみられていたのだと、ルドーはネルテ先生の言葉に胸が熱くなった。
「スタートラインが、そもそも一般的な勇者聖女の君たちより遥かに下で、実際上手く扱いきれなくて、自爆している所は君たちだって何度も見ているはずだろう、違うかい?」
エレイーネーに来てからの魔法訓練。
ルドーは毎度の如く自爆していて、毎日のようにリリアに回復魔法を掛けられている。
それはこの魔法科の生徒ならば、全員が知っていること。
「勇者の役職を授かったのだって、君たちよりずっと後だ。入学たった三カ月前の入学試験の時期で、本当に直前だったんだよ。それなのに、君たちとっくに追い越されて、遥か彼方にずっと置いてかれてるんだ、わかんないのかい?」
肯定の言葉でも期待していたのか。
ネルテ先生の厳しい言葉に、ナルシスト男は悔しそうに腕を引っ込めて、唇を噛み締めながら後ずさりする。
ルドーは、ずっと扱いきれない聖剣をどうにかしようと、毎日黒焦げになりながら必死に訓練してきた。
基礎訓練だって全力で取り組んでいるお陰で、今や毎日の訓練回数が、それぞれ千回を突破したところだ。
対してこのナルシスト男は、主人公はいつか覚醒するからと言って、魔法訓練どころか基礎訓練も逃げがちだ。
結果ナルシスト男は、授業時間が過ぎるまで、ダラダラとただやり過ごしている。
ナルシスト男がこんな調子なので、一緒にいるフランゲルもあまり訓練に身が入っていない。
同じように過ごして、魔法訓練での炎魔法も、派手でこそあるものの、雑なまま成長していない。
またリリアは魔力を聖剣頼りにしているルドーと違って、一般的な聖女。
しかし回復、結界、浄化、通信、探知と様々な魔法を習得して使いこなせるように日々訓練している。
リリアの成長速度は、ルドーから見ても目まぐるしい変化だった。
対してで文句を言ってばかりのあの自称聖女は、瘴気の浄化魔法が使えれば良いの一点張り。
それですら訓練をまともにしていないせいで、練度がかなり低くて、まともに使えない状態だ。
どちらが優秀であるかは、比較するまでもないだろう。
フランゲル達は今までずっと、自分は勇者なのだから、聖女なのだからと、心のどこかで優越感に浸っていたのだろう。
だからこそ色々と指摘されても、フランゲル達は不貞腐れるだけで、反省する様子は全くなかった。
しかしネルテ先生の言う通り、あれが国を守る勇者と聖女ですと紹介されて、頼りになるかと聞かれればノーとしか言えない。
彼らは今まで魔法訓練でも碌に魔法が扱えていないのだ。
国を背負うとなればなおさらだめだ。
ずっと自分たちの方が上だと思っていたフランゲルたちは、ネルテ先生から初めて圧倒的に足りていないという事実を突きつけられて、完全に意気消沈して沈黙していた。
フランゲル達の説教に巻き込まれた魔法科の他の面々は、微妙な空気に居心地悪そうにもぞもぞしながら、沈黙して動けない。
一人エリンジだけは、さも当然の指摘とばかりに、平然とその様子を見ていた。
リリアもこの話はかなり響いたのか、聖女であることを再認識するかのように、その真直ぐな瞳でネルテ先生を見つめている。
「そういう訳で、今日の魔法訓練は時間も来たのでお開きね! あ、忘れてたけど、明日依頼された遺跡の探索に、課外学習で魔法科全員で行くので、全員そのつもりで明日の準備しといてね!」
微妙な空気のまま、困惑した状態の他の生徒達が、そのままお開きになると思っていた魔法訓練。
それは最後の最後でぶっこんできたネルテ先生の爆弾発言で、空気ごと吹き飛んで大騒ぎになってしまった。




