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第二十話 役職、勇者と聖女が立たされる立場

 勇者や聖女であるはずのフランゲルたちは基礎訓練も他の生徒どころか、一般人の領域にすら達していない。

 今まで甘やかされてきたのか、まるで幼稚園児並みの訓練内容なのに、それすら達成できていないのだ。


 唯一ハイハイ言ってる全肯定男だけが、授業にもハイハイと全力で取り組んでいる。

 彼らのグループでまともなのは彼だけだといってもいいが、何を言われてもハイハイ全肯定の為、現在パシリに使われているためグループのカーストは最下位と言っていいし、そんなハイハイ男のやることを真似する様子も皆無だ。


 それなのに食堂では将来勇者になったらフランゲルはまだ魔法を制御できてないのに国を包む炎で国民を安心させるだの、ナルシスト男は魔法すら授業で使ってないのにかっこいい必殺技で伝説のヒーローになるだの、自称聖女は暁に世界中のイケメンと仲良くなって世界平和を目指すなどと、もはや魔法すら関係ない何しに来たんだお前案件など、あまり現実味のない妄想話を大声で垂れ流している。


 同じ食堂に会したルドー達は毎日のように耳にしていたし、ハイハイ男はそれを聞いてもいつも通りハイハイと全肯定するだけだ。

 食堂は共用なので他の科の生徒にも聞かれているが、その全てに眉を顰める様な反応をされているのにフランゲルたちは自分の話をするのに夢中で気付いていない。


 基礎科に在籍している他国の王侯貴族が見ているかもしれないというのに。


 同じ魔法科の、政治に疎い平民のルドー達でさえそれはないんじゃないかと難色を示すような内容ばかり垂れ流しているのだ。王侯貴族が聞けばより酷いだろうことは想像に難くない。


 正直に言うと、勇者と聖女の名前ばかり見て現実を見られていないのではと、ルドーは思っていたところではあった。

 そしてそれはネルテ先生に指摘されてルドーの勘違いではなく正しい認識だったのだと再認識する。


「将来、君たちが国を背負った後、あれ以上の攻撃が飛んできたときどう対処する。国も国民も見捨てて逃げるのかい? 自分じゃ対処できないからって? それとも攻撃してきた敵にお願いするのかい、その攻撃は自分の命が危ないから禁止してくれって? 魔物にそんな虚言通じないし、国を脅威に脅かそうとする相手にそんな話も当然通用するわけがない。なにより国民を見捨てて逃げるなんてこと、国を背負う聖女と勇者にそんなことは許されないんだよ。そんなことをして滅んで魔の森に没していった国がどれだけあったと思ってるんだい。それすらも座学の歴史学をまともにやってないから知らないのかい? 理想の大きな夢を見るのは大いに結構、だけど悪いけれどここエレイーネー魔法学校は、勇者だろうが聖女だろうがより力を付けるために厳しくするところだ。国を守る実力を付ける、その為の義務入学なんだから。たとえ死のうが死ぬよりひどい目に遭って肉塊になろうが、それでも戦い続けないといけないのが勇者と聖女なんだからね。勇者や聖女の特別扱いを力のない自分たちが授業をサボっていい特別扱いと勘違いするんじゃない」


 最初に文句を言った聖女を筆頭に、フランゲルたちはネルテ先生の余りの剣幕と話の内容に絶句していた。

 今まで勇者や聖女だからとその言う事は正しいとされてきたのだろうか、なんでも言う通り思い通りになってきた連中が初めて障害に当たったような顔をしている。

 お前たちは死んでも戦い続けなければならない、そんなこと生まれた国では聞いていなかったんだろう。

 初めて聞かされる勇者と聖女としての役職の立場に恐れおののいていた。


 しかしネルテ先生が言っていることは、他でもない勇者と聖女本人たちにのしかかってくる重圧だ。

 ルドーもリリアも他人事ではないのでネルテ先生の話を聞きながら改めてその言葉を噛み締める。

 魔物に殺されかけ、それに対抗する力を身に付けられると聞いて、ルドー達二人はひたすらがむしゃらに力を付けてきたが、将来背負うのは国なのだ。


 役職を授かった以上、逃げることは出来ないし許されない。


 フランゲル達程ではないが、役職を授かってからまだ一年と経っていないのもあり、ルドーとリリアですらまだそこまで想像できていなかったことがネルテ先生の話を聞いて痛いほどよくわかった。


 ルドー達ですらそんな状態なのに、夢ばかりを語るフランゲルたちにその覚悟はあるのだろうか。

 覚悟がなくても逃げられないのがこの役職なのだが。


「今までは様子見も兼ねて甘く対応してたけど、ちょーっと今の発言で看過できなくなったね。悪いけど君たち、座学は私がつきっきりの特別実習も追加させてもらう、サボってたら鞭打つよりも酷いからそのつもりで。基礎訓練は大幅追加だ、授業時間内に出来なければ放課後にも当然残ってやってもらうよ」


「ゆ、勇者はいざって時に本領を発揮するもんでしょ! 今は平和なんだからちょっとくらい手を抜いたって許される時のはずだよ!」


「放課後までってあんな内容、夜中までかかって町に喫茶店に行ったり学校のいろんな場所に行ったりするシナリオ攻略の時間減っちゃうじゃないの!」


「鞭打ちだと!? そんなの罪人にする所業ではないか! そっそんなことをすれば父上が黙ってないぞ!」


「おっとここであまり権力をひけらかさないほうがいい。反省室行きになって下手すると退学だから」


 ネルテ先生から発せられた退学という言葉にざわつくフランゲルたち。

 勇者や聖女でありながら、義務で通うエレイーネー魔法学校からの退学は、国を守れない勇者と聖女である役立たずの烙印を押されると同義だ。

 そんなことになった勇者と聖女が予定よりもずっと早く戻った国で、周囲からどんな劣悪な扱いを受けるか。

 流石にそれが分からないほど彼らも馬鹿ではなかった。

 どんどん顔が真っ青になっていき、逃げ場がなくなっていくことに怯えるように周囲を見渡して狼狽えている。


「反省室って何?」


「校則ですわよ、見ておりませんの?」


「第十二条だよ、『校内での不和を防ぐため国の権力の行使を禁ずる。違反者は反省室にて心からの反省文を作成しなければならず、期限五日以内で作成できなければ即退学とする』って」


 後ろでトラストとキシア、アルスたちがひそひそと話している。

 校則にも詳しいトラスト曰く、心からの反省文とは魔法がかけられた原稿用紙、所謂魔道具であり、その場しのぎに適当に書くと勝手に消えて初めからやり直しになるものだそうだ。

 本当に心の底から強く反省した文章しか残すことが出来ない物、小細工の類は一切通用しない、すり替えてもすぐさま本物が出現するので誤魔化しようがない。


 これは王侯貴族の多い基礎科の方で主に使用されている校則であり、ほぼ毎年と言っていいほど退学者が出ていて、上級生がもっぱら賭けの対象にして大話題になるほどだという。

 今年の基礎科一年も既に数人、自分が有利に立とうと他の生徒に堂々と権力をひけらかした結果、この校則から退学になっている。

 王侯貴族のエレイーネー基礎科からの退学は、国を統治するための必要な知識を途中で投げ出すのと同じ。

 国に戻っても恥さらしと笑われて出世コースからはまず外れ、貴族籍を剥奪されて平民になったり辺境に飛ばされてしまうことが多く、退学になった彼らのその後も等しくそうなった為、基礎科の生徒達は身を引き締め直しているそうだ。

 基礎知識を必要とする基礎科の卒業者はその将来を約束されるも同義、退学者が出て開いた枠を追加入学しようと必死に他の王侯貴族たちは狙うので、空いた穴もあっという間に塞がれる。


 トラストたちの話を聞いていたルドーは合点がいった。

 なるほど通りで庶民も貴族も関係なく同じ科目にぶち込まれているわけだ。

 ここは貴族たちの通う学校ではない。

 だから権力が通用しないし、悪用するなら容赦はしないという事だろう。


「でもそいつも自分の魔力で戦ってるわけじゃなくない!? あくまであの聖剣ありきだろ! ズルいじゃないか!」


 ナルシスト男が聖剣(レギア)を指差して叫んだ。

 今まで強くなることだけに必死だった分、そう思われていると思っていなかったルドーは急にそう言われてショックを受け、聖剣(レギア)はそんなだから気に入らねぇと一人吐き捨てた。

 ネルテ先生はナルシスト男の発言に大きく溜息を吐くように、両手を腰に当てたまま首を下に向けてやれやれと振った。


「ほんっと君たちなに見てきたんだい? 確かに彼の強さはあの聖剣が由来だけど、だからこそ君たちとは違うんだよ。生まれつき、または役職を授かった瞬間、現役魔導士たちよりも強力な魔力を授かったはずの君たちと、自身の魔力はそのままで外部の聖剣に魔力を依存している彼とでは魔力の扱い方法が全く異なる。エレイーネー(うち)でも前例のないことだ。スタートラインがそもそも一般的な勇者聖女の君たちより遥かに下で、実際上手く扱いきれなくて自爆している所は君たちだって何度も見ているはずだろう、違うかい? 勇者の役職を授かったのだって君たちよりずっと後だ。入学のたった三カ月前、入学試験の時期で本当に直前だったんだよ。それなのに、君たちとっくに追い越されて、遥か彼方にずっと置いてかれてるんだよ、わかんないのかい?」


 ネルテ先生の厳しい言葉に、肯定の言葉でも期待していたのか、ナルシスト男は悔しそうに腕を引っ込めて唇を噛み締めながら後ずさりする。


 ルドーはずっと扱いきれない聖剣(レギア)をどうにかしようと毎日黒焦げになりながら必死に訓練してきたし、基礎訓練だって全力で取り組んでいるお陰で、今や毎日の訓練回数がそれぞれ千回を突破したところだ。

 対してこのナルシスト男は、主人公はいつか覚醒するからと言って魔法訓練どころか基礎訓練も逃げがちで、授業時間が過ぎるまでダラダラとただやり過ごしている。

 ナルシスト男がこんな調子なので、一緒にいるフランゲルもあまり訓練に身が入らず、同じように過ごして魔法訓練での炎魔法も派手でこそあるものの雑なまま成長していない。


 またリリアは魔力を聖剣(レギア)頼りにしているルドーと違って一般的な聖女だが、回復、結界、浄化、通信、探知と様々な魔法を習得して使いこなせるように日々訓練している。

 リリアの成長速度はルドーから見ても目まぐるしい変化だった。

 一方で文句を言ってばかりのあの聖女は、瘴気の浄化魔法が使えれば良いの一点張りで、それですら訓練をまともにしていないせいで練度がかなり低くてまともに使えない状態だ。


 どちらが優秀であるかは比較するまでもないだろう。


 今までずっと、自分は勇者なのだから、聖女なのだからと、心のどこかで優越感に浸っていたのだろう。

 だからこそ色々と指摘されてもフランゲル達は不貞腐れるだけで、反省する様子は全くなかった。

 しかしネルテ先生の言う通り、あれが国を守る勇者と聖女ですと紹介されて、頼りになるかと聞かれればノーとしか言えない。

 彼らは今までの魔法訓練でも碌に魔法が扱えていないのだ。国を背負うとなればなおさらだめだ。

 ずっと自分たちの方が上だと思っていたフランゲルたちは、ネルテ先生から初めて圧倒的に足りていないという事実を突きつけられて、完全に意気消沈して沈黙していた。


 フランゲル達の説教に巻き込まれた魔法科の他の面々は、微妙な空気に居心地悪そうにもぞもぞしながら沈黙して動けない。

 一人エリンジだけはさも当然の指摘とばかりに平然とその様子を見ていた。

 リリアもこの話はかなり響いたのか、聖女であることを再認識するかのようにその真直ぐな瞳でネルテ先生を見つめている。


「そういう訳で今日の魔法訓練は時間も来たのでお開きね! あ、忘れてたけど明日依頼された遺跡の探索に課外学習で魔法科全員で行くので、全員そのつもりで明日の準備しといてね!」


 微妙な空気のまま困惑した状態の他の生徒達がそのままお開きになると思っていた魔法訓練は、最後の最後でぶっこんできたネルテ先生の爆弾発言で、空気ごと吹き飛んで大騒ぎになってしまった。


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