第十八話 続く襲撃と進む若者
情報に動きがあったのは、魔道具施設破壊の一件から三ヶ月も経った後だった。
また魔人族を名乗る狼男の襲撃で、建物が崩壊。
その知らせはエレイーネー内にあっという間に広まった。
最初の一件からはまた離れた、別の国で発生。
建物は全壊、負傷者多数。
防ごうとした魔導士も負傷したが、なんとか死者は出なかったとされている。
「施設で暴れるだけ暴れて、一体何がしたいんだよ……」
中央ホールの掲示板に公開された情報を眺めて、ルドーは独り言ちる。
今回も魔道具が原因で火災が発生してしまったため、魔道具施設で爆発が発生して崩壊。
魔道具施設の修繕は困難とされ、魔人族の目的が何だったのかは分からずじまいだった。
ルドーたちが遭遇したときも、魔人族は暴れるだけ。
クロノが行方不明になったというのに、相手が何がしたかったのかまるで分からない。
目的が分からない気持ち悪さが、どうにも腹の底にジクジクと低く渦巻いている。
数日もすると、中央ホールにある討伐依頼掲示板に、例の魔人族を名乗った狼男の手配書が出回り始めた。
上級生が先生に情報を貰っては、自分たちで倒せるか話し合う様子を、ルドーはよく見るようになる。
一人ものすごい勢いで狼男の手配書をもぎ取って、廊下を走り去る上級生の男子生徒がいた。
黒髪長髪を結っている後ろ姿から、あれが例のクロノの兄なのだろう。
後ろ姿からも垣間見える必死さから、ルドーは自身とリリアに重ね合わせてしまう。
もしリリアが遠征先で一人行方不明になったら。
そう考えるだけでルドーは胸を締め付けられ、遠のいていく後ろ姿に罪悪感を感じた。
慌ただしくなった中央ホールの様子をルドーが見ていると、聖剣が声を掛けてくる。
『おめぇはやんねぇのか』
「資格ねぇし、許可が下りねぇんだって」
ルドーは溜息を吐きつつ、小さくそう返した。
ルドーたち一年はそもそも訓練期間。
二年で資格試験を受け、三年で学校での依頼を受注し、実践投入されていく。
こればっかりは専門組織や学校での一年間の学習期間が必要と、同盟国連盟で定められている。
短くすることは出来ない。
『つまんねぇなぁ。あの程度なら本気だしゃ一捻りだってのによ』
不服そうな声をあげる聖剣に、ルドーは可能性を考える。
「まぁ、せいぜい魔法使用許可が下りてる時に、ばったり出くわすくらいじゃねぇかな」
『自衛の為なら魔法による戦闘もやむを得ず、か。まどろっこしいな』
「その少ない可能性に、この間俺たちぶち当たっちまった訳ではあるけどさ」
「お前また聖剣と話してるのか」
中央ホールから教室に向かう廊下で、ルドーはエリンジから声を掛けられる。
三ヶ月徹底的に調べても、遺体が出てこなかったおかげで、クロノは生存の可能性が大いに浮上した。
生存の可能性が上がったことで、エリンジの様子はクロノが失踪した魔道具施設の崩壊事件があった後よりはマシになってきている。
そのせいで、エリンジの嫌味のような励ましの小言も多少復活もしてきたが。
エリンジの精神の回復は喜ばしいが、ルドーはその増えた小言だけは、あまりよろしく感じていない。
授業に歩き始めたルドーに気付き、エリンジは無表情のまま横に並んで歩き始めた。
「一人でブツブツ呟いて気色悪いぞ」
「うるせぇな、好きでやってんじゃないって」
『邪険に言う癖にちゃんと返事する当たり、律義よなお前』
「うるせぇ」
ルドーはつい聖剣の発言に無意識に返してしまう。
横に並んでいたエリンジには、聖剣の声が聞こえない。
ルドーの意味が分からない独り言で、エリンジの眉間にしわが寄った。
「ようやく、一年の課外学習の為の外出許可が下りたそうだぞ」
「……あの一件で、安全の為一年はしばらく外出禁止っつってたあれか。案外早かったな」
同じ指摘をしても無駄だと判断したのか、エリンジは話題を変えた。
本来ならば、入学最初に課外学習を行ったように、校外での訓練も学習過程の一つに入っている。
特にネルテ先生は、現場での経験が今後を生かすと考えていたのだ。
その為入学初日から、郊外での訓練をバンバン投入する予定だった。
それがあの狼男の一件。
まだ基礎が育ってない一年に、校外学習は危険ではないかという声が、エレイーネー内外から上がった。
その為安全を考慮して、校内学習のみという措置が取られたそうだ。
今回新たに起こった狼男の襲撃。
襲撃された施設近辺を避けての条件で、課外学習の許可が下りたという話だ。
遠いところでの再発とはいえ、魔人族の狼男が捕まったわけでもない。
外出禁止の解除は、ルドーが考えても些か早い気がした。
なにかルドーたちには知らされていない、情報や理由でもあるのだろうか。
ぐるぐると不安が渦巻く。
考えてもなにもわからない。
歩く足音が二つ、廊下に響き続ける。
話題が無くなったルドーは、なぜか横を並走している無表情に怪訝な視線を向けた。
「というかエリンジ、俺しか相手にしないからって、最近話しかけすぎやしないか?」
「そんなことはない」
「じゃあ最後に別のやつに話しかけたの、いつだよ」
「……」
無言で顔を背けてスンとしているエリンジに、ルドーはジト目で後頭部を見つめた。
案外寂しがり屋なのか、それとも理解者として認識されてしまったのか。
エリンジは施設襲撃の一件以降、ルドーに結構な頻度で話しかけてくるようになった。
クロノの時のように、会うたび攻撃魔法を向けてくるよりはずっとマシではある。
だがそう動けるなら、もっと早くそうしていればよかったのに。
そうすればエリンジはクロノとも仲違いせず、魔法科でもここまで孤立もしなかったとルドーはつい思ってしまっていた。
エリンジとの続かない会話の気まずさから、ルドーはがっくりと肩を落として溜息を吐く。
「はぁ……まぁいいや。ついでに魔法関連の相談に乗ってくれないか?」
「なんだ?」
魔法関連の相談と聞いたからか。
エリンジは心なしか、いつもより嬉々としているようにルドーには見えた。
こんなにもエリンジは無表情なのに。
何故ルドーには、エリンジの無表情から表情が分かるようになってしまったのだろう。
襲撃された施設での会話から、エリンジが恐ろしく不器用な奴だと認識出来たからか。
エリンジの喜怒哀楽が分かっても、ルドーには何一つ得はない。
心の中で愚痴りながら、ルドーは背中の鞘から聖剣を抜いて、エリンジに見せながら話を続けた。
「この聖剣、雷魔法使うんだけど……どうにも俺には、魔力が強すぎて上手く扱いきれないんだ。なんかコツとかアドバイスとかないか?」
ルドーの問いかけに対して、エリンジは熟考するように眉間に皺を寄せて顎に指を当て、聖剣を凝視する。
人類未踏のオーパーツ。
古代魔道具については、エリンジもそこまで詳しいわけではないのだろうか。
魔法科トップのエリンジに分からなければ、ルドーにもそれ以上分かり得るはずもない。
聖剣を眺めてしばらく考え込んでいたエリンジは、唐突に顔を上げてルドーの方を向いた。
「使えん奴が悪い」
「言うと思ったよ畜生! いや訓練色々やって、使えるように努力はしてんだよ!」
エリンジが無表情のままあまりにもバッサリと切り捨てて、ルドーはつい大声をあげた。
「ただ聖剣の最大火力で魔法使うと、俺には負荷がデカ過ぎて自爆しちまうんだ。今は自爆防止で無意識に魔力を抑えようって、色々試してるんだけど……どうにも失敗続きでさ」
「それで魔法訓練の度に黒焦げになって、リリアに回復されては叩かれてるのか」
「思い出させないでくれ……」
エリンジの一言に、ルドーはまたがくっと頭を垂れた。
指摘された通り、ルドーは最近の魔法訓練で、魔力を抑えようとしては失敗して自爆している。
雷魔法の自爆だ、爆発を伴うわけではない。
その分威力が内側に溜まって、ルドーは完膚なきまでに真っ黒こげになっている。
その度に血相を変えたリリアが倒れたルドーに駆け寄ってきては回復魔法をかけられ、終わると同時にスパンといい音の平手打ちをお見舞いされていた。
豪快にひっ叩かれるルドーの姿は、今や魔法科に馴染んだ恒例行事と化している。
『毎回毎回、よくもまぁ飽きねぇもんだよな』
エリンジに続き、聖剣にまでなじられて、ルドーはまたがっくりと肩を落とした。
「話を戻すが、自分の中の魔力を使うのとはまた違うんだよ。これ一応古代魔道具で、魔力は元々聖剣持ちなんだ。」
「自分の魔力ではなく、外部から魔力を持ってきていると。それで全放出すると、負荷が体の許容量を超えて自爆すると」
「そういうこと。だから俺が自分で扱いきれる魔力量を探ってる段階なんだ。」
ルドーの説明に、エリンジは今度こそ解析するように、掲げた聖剣の黒く光る刀身に真剣な無表情向けた。
入学から好成績なだけあって、流石理解が早い。
ルドーはようやくなんとかなりそうだと、ほっと安堵の息を溢す。
「でもどうにも俺が扱う魔力が微量過ぎんのか、一定超えると一気に魔力量が増えて、まるで制御できねぇんだよ」
『チマチマしててめんどくせぇんだ、一発デカいのぶつけりゃ終わるんだからよ』
「だからそれ俺も終わるだろって」
エリンジに対するルドーの説明に、聖剣が茶化すように会話に入ってくる。
聖剣とルドーが会話していることは、エリンジどころか今では魔法科の全員に知られていた。
連日続く雷魔法の自爆で、ルドーは頭が狂ってしまったのか。
聞こえない聖剣の声と会話するルドーは不審な目で見られて、最初はそうヒソヒソと噂された。
だが毎日平手打ちするリリアがその様子を気にしていない。
双子の妹リリアが気にしていないならば、問題行為ではないのだろう。
なによりルドーが手に持つ聖剣は、不明な部分も多い古代魔導具。
周囲にはわからない、なにか凄い力に振り回されているのかもしれない。
ルドーは次第に周囲から、保護者のような生温かい目で見守れはじめた。
今では魔法科の全員から、いつものことと放置され始めている。
そのせいでルドーはもう、人目も気にせず普通に聖剣と会話するようになってしまった。
ルドーが物思いにふけっていると、横からエリンジの声が上がる。
「そもそも思うんだが、抑える必要はあるのか?」
「いや自爆するじゃん」
「自爆しないように力を逃がせばいいだけだろ。思うに、魔力を抑えること事態が間違っているように見えるが」
エリンジが真顔で言ってきたアドバイスに、ルドーは目が点になった。
今までルドーは自爆しないように、どうにか魔力を必死で抑えることばかりに目を向けてきた。
だがそもそもオーパーツである、古代魔道具聖剣の膨大な魔力。
農村でろくに鍛えてこなかったルドーの魔力で、抑えられるはずもない。
「言われてみれば確かに。でも逃がす、逃がすかぁ……」
ルドーは目から鱗の助言を真剣に検討し始めた。
聖剣の最大火力の魔力を逃がす。
別に最大火力の全てを逃がさなくてもいい。
一部だけでも逃がして、ルドー自身が雷魔法の魔力に耐えきれるようになればいいのだから。
最大火力ではない通常攻撃の際は、そもそもの魔力量が聖剣曰くかなり少ない。
最近になってやっと、聖剣の刃にのみ出力を集中させることで、ルドー自身に影響がない状態になってきていた。
そこから応用して、最大火力を刃から外に逃がすことは可能だろうか。
エリンジのアドバイスに、ルドーは聖剣を眺めながら思考を巡らせ始めた。
「イメージは出来そうだな。あとは実際にやって上手くいくかどうかだけど……」
「乗り掛かった舟だ、手伝ってやる」
エリンジが続けた言葉に、ルドーは恐る恐る顔をエリンジの方にゆっくりと向けた。
「お前にそれ言われると、すっげぇ怖いんだけど……」
「何を言う、相談してきたのはそっちだろう」
「まぁ、確かにそうなんだけどさぁ」
「分かったらさっさと行くぞ」
そう言うなりエリンジは、ルドーを置き去りにして突然足を速めた。
言われた言葉の意味が分からず、ルドーは慌ててエリンジに駆け寄り声を掛ける。
「行くってどこにだよ」
「職員室だ」
「職員室? 魔力の扱い方について聞いてみるのか?」
端的に言ったエリンジに、ルドーはネルテ先生に魔力を逃がす相談でもするのかと指摘する。
既にルドーも、何度かネルテ先生に相談は行っている。
しかしネルテ先生も古代魔導具は流石に専門外。
だから実際にやってみて慣れてくれと、場当たり的な対応をされた。
ネルテ先生とのやり取りを話して、既に終わったことだとルドーは説明する。
だがエリンジはそうではないと首を振った。
「魔法訓練での組手、前から打診しようと思っていた。いい機会だから直訴しに行く」
「……なんだそれ。くっそ怖ぇんだけど」
先を歩くエリンジの無表情には、やる気の炎が宿されていた。
どうやらエリンジは、聖剣の魔力制御を試すルドーを口実に、模擬戦の組手をネルテ先生に提案しに行くつもりだったようだ。
この間の施設襲撃を受けてか。
エリンジは元々実践を鑑みて、魔法訓練の授業で戦闘訓練を本格化したかったようだ。
理由もなく組手の提案をするか悩んでいたようだが、ルドーはそんなエリンジの後押しをしてしまったらしい。
ズンズンと先を進んでいくエリンジを、ルドーはしばらく眺める。
上昇志向の強いエリンジは、己の力を高める為の努力を怠らない。
クロノが行方不明になった不手際もあり、挽回も含めて行動を起こしているのだろう。
この状態になったエリンジは、もはや何を言っても止まる気配がない。
『楽しそうじゃねぇか。やろうぜやろうぜ』
「まぁ、実戦不足なのは確かだしなぁ」
はしゃぐ聖剣の声を頭に響かせ、ルドーは諦めて大きく溜息を吐き、エリンジの後に続く。
実際聖剣の最大火力を向けて、誰が無事でいられるかと聞かれれば、ルドーにはエリンジしか思い浮かばない。
入学してからのエリンジの虹魔法の最大火力は、他の魔法科の生徒と比較しても圧倒的だ。
むしろまだ回避行動に不安のあるルドーの方が、エリンジと比べても十分不利だと言える。
しかしルドーから相談したとはいえ、エリンジはかなり協力的な姿勢だ。
周囲の向上意欲が高くないと無表情に嘆いて、嫌味ったらしい小言を言っていたエリンジだ。
ルドーが真面目に強くなるために試行錯誤するのは、どうやらエリンジには嬉しいらしい。
「何をしている、お前の説得もいるだろう。早くついてこい」
「……へいへい」
少し先で振り返ったエリンジに、ルドーは苦笑いしながら近寄る。
エリンジの無表情は、新しい取り組みを心待ちにするような、期待に満ち溢れている。
ありがたくそれに乗っかることにして、職員室に入っていったエリンジを、ルドーはそっと見届けた。
◇
「――――というわけで、魔法訓練での組手を許可します。やりたいという人がいたら、訓練の時に言ってくれれば見てあげるからね!」
朝礼での報告会で、ネルテ先生からあっさりと組手の許可が出たことが全員に報告される。
「組手って何?」
「あれだろ、模擬戦みたいな」
「ちょっと! なんでそんなことしなきゃならないのよ!」
「希望者だけでしょう? 全員強制ではありませんわ」
「ル、ルールはどうなるんでしょう」
「場合によるからその都度なんじゃない?」
「なにそれー! すっごくわくわくするじゃん!」
組手という新しい取り組みに、教室から色々な声が上がっていた。
周囲をひっそりと見渡せば、やる気がある面子が半分、不貞腐れている面子が半分といったところか。
ルドーがちらりとエリンジの方を見ると、無表情の周囲に花が咲いているように見える。
エリンジが物凄く機嫌がいい。
組手を挑まれるであろうルドーは逆に不安になった。
出来ればお手柔らかに頼みたいものだが、エリンジは本気だ。
手加減などしないだろう、ルドーも腹を括るしかない。
ルドーの背中で鞘に収まったまま、聖剣が待ち切れないというように、小さくパチパチと弾けていた。




