第十七話 エレイーネーの厄介者
ルドーたちがアルスから聞いた話から推察された事実。
そもそもクロノは魔法科ではなく基礎科を志望し、そのつもりで入学していた可能性。
もしクロノが魔導士そのものを目指していなかったなら、魔法を使えないのも、使わないのも納得だ。
「お、お兄ちゃん……」
「わかってるって」
心配そうなリリアを横目に、ルドーはちらりとトレーに床から拾った食べ物が積み上がったまま呆然と座るエリンジを見やる。
クロノを不真面目だと責め立てていたエリンジは、履き違えていたといってもいいだろう。
魔力相性の良いパートナーとして選ばれたとしても、クロノからすれば理不尽だ。
ただ魔法科の教室に居れば、クロノから直接事情を聞かなければ分からない。
入学数日でその事情を知るのは、誰だって厳しいと言えるだろう。
エリンジがクロノに厳しくしていたのも、パートナーに対する期待の裏返し。
入学初日からやる気の見えないパートナー相手では、エリンジでなくとも厳しく対応してしまう。
その点はエリンジの非も責めることは出来ない。
「でも誰よりも能力高かったのに、あれで希望が魔法科じゃないって信じる方が難しくなーい?」
「魔法は使っておりませんでしたが、魔物は蹂躙できていましたものね……」
会話を聞いたメロンが疑問を述べて、キシアも同意する意見だ。
クロノの方もエレイーネーへ入学の際、伝えられていた科目から知らぬ間に変えられていた。
挙句毎日の如くエリンジに真面目にしろと魔法攻撃で突っかかってこられたら嫌気がさす。
反撃で一撃食らわせても仕方ないだろう。
ただその八つ当たりとしか言えない行為で、クロノは魔法科にいることをクロノ自身で証明してしまっていた。
入学初日に魔物を蹴り倒したり。
エリンジを一撃で校舎に抉れるほど叩き付けて気絶させたり。
あれでは誰もクロノが魔法科にいることに疑問は持てない。
魔法科を希望していないのに、クロノがそこまで戦えたことにも疑問が残る。
入学一週間と満たない短期間で、それだけ暴れたクロノの魔法科入学を疑えと言う方が無理筋。
そうなれば余計エリンジの行動は通りに適ってしまっていた。
エリンジとクロノの入学以降の衝突は、どう考えてもエレイーネー側の不手際が原因と言える。
「……おーい。エリンジ、大丈夫か?」
『反応ねぇな。余程応えてると見えるぜ』
ルドーの呼びかけに反応しないエリンジに、聖剣がクツクツ笑う。
判明した事実に呆然としたエリンジの目の前で、ルドーは手を振って反応を確かめる。
エリンジの反応が全くない様子から、どうやら相当ショックを受けているようだ。
まぁ仕方がない。
エリンジ自身より強いクロノが魔導士を目指していないという可能性は、あの時点では推察しにくい。
固まるエリンジに、どうしたものかとルドーが悩んでいると、ふと思いついたようにリリアが疑問を呈した。
「でも、前にクロノさんの潜在魔力は、エリンジくんより高いって言ってなかったっけ」
「そういや前にそんなこと言って突っかかってたな。エリンジ、それ誰から聞いた?」
リリアの疑問に、ルドーも記憶を辿って思い出す。
あれは確か初日の授業のことだ。
午後からの魔法訓練でルドーたちが運動場に集まっていると、そんなことを言いながらエリンジがクロノに虹魔法で次々攻撃していた。
しかしクロノが魔法科の入学試験を受けていないなら、魔力測定も受けていない。
潜在魔力などそもそも知りようがないはずだ。
リリアの疑問に全員の視線がエリンジに向かえば、気を取り直したエリンジが静かに答えた。
「スペキュラー先生からだ」
無表情のエリンジの口から出てきた、聞き慣れない先生の名前。
入学してまだ日が浅く、一体どの先生かとルドーは首をひねった。
「スペキュラー先生……?」
「うーん……まだ担任のネルテ先生以外、顔と名前が一致してないからなぁ」
同じようにリリアとアルスが分からないという顔をしていると、キシアが答え始める。
「確か副担任の先生でしたわよね。名簿でお見掛けしましたが、まだ直接会ってませんわ」
キシアの話を聞いて、ルドーたちはなるほどと小さく頷いた。
スペキュラー先生というのは、どうやら魔法科の副担任らしい。
それなら確かにクロノの潜在魔力を知っていてもおかしくない。
しかしスペキュラー先生は、入学式でも、入学してからの授業でも、副担任のはずなのにルドーは一度も見かけた覚えがなかった。
「誰かその……えーっと、スペキュラー、先生? 見たことあるか?」
「わかんない……」
「先程申し上げました通り、まだご挨拶もしておりません」
「同じく」
「そもそも副担任がいたこと事態初耳だよー?」
確認するようにルドーが周囲を見渡せば、リリアもキシアもアルスもメロンも、同様に見かけていないと首を横に振った。
副担任のはずなのに、誰も見ていないスペキュラー先生とは何者なのか。
エリンジはそんな相手から、一体どうやってクロノの話を聞き出すことが出来たのか。
見かけた覚えのないスペキュラー先生の存在に、ルドーはエリンジを振り返った。
「エリンジ、どこで会ったんだ?」
「廊下でたまたまだ。それでクロノについて小言を言っていたら、声をかけられて長々と語っていた」
そう言ってエリンジが話し始めた端的な説明を、ルドーは繋ぎ合わせ始める。
エリンジ曰く、スペキュラー先生の話は恐ろしく長かったらしい。
要約すると、この学校きっての潜在魔力量保持者なので、将来の期待が高いからそんなに邪険にするんじゃない、みたいなことを言われたそうだ。
入学試験トップで、新入生代表挨拶もしていたエリンジからしてみれば、確かにそれは苛つくだろう。
クロノ本人がやる気のない様子であれば尚のこと。
「魔力量が魔法科希望より高かったから、基礎科から引き抜いたってところですか?」
「トラスト、いつからそこにいたんだよ」
「あの、ちょうど通りかかったら話が聞こえたもので……」
極々自然に話に参加してきていたトラストを、ルドーをジトリと三白眼で眺める。
リリアの傍に行きたそうにしていたのを、そっと間に割り入って防いだ。
「でもでも、クロノちゃん本人は基礎科が希望だったんだよね?」
エリンジの話を聞いて、メロンも推察を考え始める。
「アルスくんの話から、家族も、少なくともお兄さんはそのつもりで入学許してたんだよね。話がついてないってどういうこと?」
「……ちょっと君たちその話は本当なのかな?」
「うわっ、ネルテ先生!」
後ろから聞こえてきた声に、ルドーは驚いて飛びのいた。
メロンが疑問を呈していると、いつの間にかネルテ先生が背後に立っていた。
ネルテ先生は笑顔でいるものの、とんでもない圧を感じて皆ズサッと一歩後ろに足を引く。
「三年のお兄さんに言われて、一体何のことかと思ったら……これはスペキュラーに一回問い詰めないといけないか。話が長くて面倒だが仕方ない」
「あの、先生……気になるんで、俺たちもついて行っていいっすか?」
ショックを受けていた様子のエリンジをちらりと見ながら、ルドーはネルテ先生に提案した。
クロノが行方不明になっている上、明らかにトラブルごとに巻き込まれている。
知ってしまった以上、このあたりの情報がはっきりしないと、どうにもルドーもスッキリしない。
なによりずっとショックを引き摺っているエリンジやリリアも、いなくなったクロノの詳細を知らなければ納得できないだろう。
エリンジから視線を戻し、ルドーは流石に断られるかと戦々恐々としていた。
だが思いの他あっさりと、ネルテ先生は許可を出した。
「あー、そうだね。君たちもついて来てくれるかな。話せるやつが多いほうがいい」
もののついでだと、ネルテ先生はルドーだけでなく、周囲にいた全員にも声を掛けた。
クロノ個人とエレイーネー側の問題だ。
そんなに簡単に話を聞いてよいのかと、逆にその場の全員が顔を見合わせる。
「あの、先生、それはどういう……」
「行けばわかるよ」
おずおずと聞き返したトラストに、ネルテ先生はそういってニッコリ笑った。
話は決まったとばかりに、ネルテ先生はそのままくるりと振り返り、ズンズンと食堂から廊下へと進んでいく。
黙ったまま続くエリンジを筆頭に、ルドーたちもはっとして慌てて追いかけた。
階段を下りて上がって、廊下をあちこち曲がって進んで行く。
しばらくすると、のっぺりとした薄灰色の陰険な顔の男が立っていた。
なにやら思案顔で指を顎に沿えて、窓の外の方を眺めている。
黒に近いグレーの髪が、風を受けているのに塊のようにバサバサ靡く。
迷いなくネルテ先生が向かっていく様子から、どうやらあの男がスペキュラー先生らしい。
ネルテ先生はスペキュラー先生の隣に立つと、両手を腰に当てて仁王立ちになった。
「スペキュラー! 君に聞きたいことがある!」
「おやおやネルテ先生お日柄も良くこんないい天気なのにあなたはいつも外に出てその活発さで周囲を押し引いているというのに今日のように晴れやかな日は外に出るべきではしかしそれなのに外に出ずにこんなところで私のような人に声をかけるとは緊急事態ですかいやそんなことありません私ごときに緊急事態を伝える様な事はないでしょうしそれなら学校の警報機が鳴るはずそれがないとなれば緊急を要する事態となりますがあいにく私は世間話が苦手で話すべき話題を持ち合わせておりませんが必要ならこのちっぽけな脳みそ捻って話題を作りましょうまずお日柄と申しましたが今の季節は金木製が蕾を付け始めまして」
「こっちの話を聞けーい!!!」
間髪入れずにしゃべり始めたスペキュラー先生に、ネルテ先生は指差して怒鳴る。
あまりの怒涛の話しっぷり。
面食らって思考に鳥が飛び始めていたルドーたちは、その怒鳴り声で現実に引き戻された。
それでも呆然としていたルドーたちに向かって、ネルテ先生は一瞬振り返って大声で叫ぶ。
「君たちもこいつが話し始めたら被せろ! 延々としゃべってられるんだこいつ!」
「えっ」
驚くルドーたちを放置して、ネルテ先生はスペキュラー先生に向き直り、ビシッと指を突き付ける。
指を突きつけられたスペキュラー先生は、全く動じる様子もなく微笑んだだけだった。
「クロノワール・レペレルが、基礎科からなぜか魔法科になっていたという話に、覚えはあるかお前!」
「いかにもタコにも私が彼女を見かけたのは紫陽花が良く咲き誇っていた朝露残る季節あれはまさにみごとな景色で形状表現魔法でもあれば再現したいくらいには美しくそういえば再現魔法はまだ周知され始めたばかりの為あまり使えるものが少ないのですがそのせいであまり使い手がいないという話を耳にした私は再現魔法を極めて布教すれば使用者が増えることつながりそれによってまた社会が一歩次のステージになるのではと考え」
「ど、どこでクロノさんを見かけたんですか!」
話が脱線し始めたスペキュラー先生に向かって、ルドーの横でリリアが慌てて叫ぶ。
ルドーたちはネルテ先生の助言の意味が、何となく理解出来た。
スペキュラー先生は質問されると間髪入れず、濁流のように話を進める。
だが話の後半になってくると、質問内容から脱線して、どうでもいい内容を話し始めているようだ。
たが怒涛の話をルドーが何とか要約するには、クロノを見かけたことしかスペキュラー先生は話していない。
話が長いので脱線し始めたら質問して被せないと、話を戻せないということなのだろう。
人数が多い方が意見が出やすく話を被せやすいと、ネルテ先生はルドーたちの同行を許可したのだ。
脱線し始める会話を軌道修正して、なんとか聞きたいことに集中しなければ。
その場の全員が事前に質問内容を考え始めた。
「私が彼女を見かけたのはヘーヴ先生に緊急の提出書類が発生したために暇をしていた私に折よく声を掛けてきたのが始まりでなんでも基礎科の試験なので筆記試験の監督をお願いされ嵐のように去っていったので教室を聞き忘れましたが教室を探そうと探知魔法を使うととんでもない魔力量を探知していや半端のない魔力量に度肝を抜いてこのまま進むべきか報告するべきか色々と思い悩んで思い悩むと言えば私は今日の夕食の準備を忘れまして何を作るべきか悩んでいる所で健康を考えて魚にするべきか精力を付けるために肉にするべきか」
「まっ、魔力量に驚いて、その後どうしたんですか!」
聞こえた単語だけ叫んだのは今度はメロンだ。
どうやらスペキュラー先生はヘーヴ先生に頼まれて、基礎科の筆記試験を代理監督していたらしい。
その際に教室を聞き忘れたので探知魔法を使ったら、とんでもない魔力量を持つクロノがいたのを見つけた。
というのが話の要約のようだ。
スペキュラー先生はメロンの質問にも、ニッコリ笑って答え始める。
「魔力量がそれはとても多く事前にネルテ先生から渡されていた入学願書の報告書で拝見した魔法科の生徒の量をはるかに凌駕どころかこれは下手したら校長と同等かその下あたりなのではと目算ながら感じてしまいましてしかし肝心のヘーヴ先生はいないと黄昏ながら歩いておりましたら噂をすれば影が差すとはまさにこのことで校長がばったりその場に居合わせまして色々話をさせていただきましたそれはもうさっき見た紫陽花は見事でしたし最近実家のウサギたちがまた繁殖したらしくそれはそれは可愛らしい」
「えっと、校長先生と会って報告はどうしたんですか!?」
話が脱線し始めたと気付いたアルスも咄嗟に被せた。
ルドーたちが聞くところによると、クロノの魔力量は校長に匹敵するほど、魔法科の志願生徒より圧倒的に多かったようだ。
それで報告を考えていたところに、ばったりと校長が居合わせたので報告したと。
スペキュラー先生は、話を遮られていることには慣れている様子で、嫌な顔一つせず話し始める。
「校長に魔力量の報告は確かに遅れましたそうかなり後の方になりましたが確かに伝えました魔力量がかなり多くこれを手放すのは世界にとって大損に繋がるとそれはそれは力説させていただきましたところ校長もかなり乗り気になっていただきまして本人には私から説明させていただくのでそれはもう頑張って説得してますし何なら今も説得してる途中ですししかし私は諦めませんので」
「要するにクロノ本人やご家族の許可なく、勝手に学習科目を変えた上に、事後報告したってことだね!」
両手を上向きに広げて困惑しながらネルテ先生が怒鳴る。
つまるところ、スペキュラー先生は魔力量が圧倒的に多いクロノが基礎科は勿体ないと、校長と共謀して魔法科に勝手に移籍させてしまったのだ。
要約された話の内容に、ルドーたちもドン引きしていた。
人生設計も伴う学習科目を変更したのに、いくらなんでも事後報告はない。
しかも安全な基礎科から、危険な訓練も伴う魔法科への変更だ。
それを事後報告されたクロノの心境は、クロノをまだよく知らないルドーには計り知れない。
ただ入学初日から揉めてたという目撃証言から、クロノからしたら不服でしか無かったことは確かだ。
クロノのやる気のない授業態度も、この話を聞けば仕方ないとルドーには感じられた。
ルドーは終始無言だったエリンジをそっと見やる。
無表情の中に、信じられない言わんばかりの衝撃を受けている様子がルドーには垣間見えた。
まさかエレイーネー魔法学校側が、ここまでクロノに勝手をしていたとは、エリンジからしても流石に想定外だったのだろう。
これはさらにエリンジのショックが大きくなりそうだ。
しかしスペキュラー先生は、あくまで善意による変更のつもりのようだ。
怒涛の説明はさらに続く。
「校長は私の力説にとても感心されていてそれならば一任すると伺いまして私はあまりものを任せてもらうことが少ないのでこれは頑張らねばと一念発起したわけでヘーヴ先生の資料から彼女の情報を抜き出して魔法科に校長の許可の元入れたわけで何度か話に来られたので誠実に訴えている所なのですが如何せん多感な時期なのか話がそこに辿り着く前にいつも引き返されまして私の不徳の致すところ次第ですが私は校長に任された以上諦めませんのでこれからも説得をしたいので早急に見つけなければいけないので定期的に探知魔法をかけているのですがなぜか発見できず」
「わかったよもう! あとで他の先生にも報告するから、覚悟しとけよ!」
右手を強く握り込んでブルブル震わせ、ネルテ先生はスペキュラー先生をそうズビシと指さして怒鳴り去っていく。
荒々しい足取りを聞いて、慌ててルドーたちも続いた。
要約すると、スペキュラー先生は校長と共謀してクロノを魔法科に移籍した後、本人説得を試みていたようだ。
だがこの様子から説得は上手くいかず、挙句の果てに行方不明になったのでスペキュラー先生なりに探知魔法を使って探していたと。
おおよそクロノの方も、スペキュラー先生のこの怒涛の話っぷりでは会話も不可能と諦めたのかもしれない。
スペキュラー先生がネルテ先生に面倒だと思われている理由を、ルドーたちはしっかりと理解する。
ルドーが去り際にちらりと見た背後で、スペキュラー先生は遠のいていく中ずっと何やら話し続けていた。
終始ニコニコと気の良さそうな笑顔で喋っていたので、スペキュラー先生も悪い人ではないのだろう。
だが如何せん話が長い上に、毎回の如く脱線しまくっている。
たしか魔法科の副担任とのことだが、ネルテ先生に何かあった場合あの人が授業をするのだろうか。
話をしているだけで終わってしまうのではと、その場の一同は恐怖した。
「スペキュラーだけにこんなことが出来ると思ってなかったが、校長が絡んでいたか! あぁもう、これは緊急の職員会議だ!」
ズンズンと先を進んでいたネルテ先生はそう叫ぶなり、ガバリとルドーたちに振り返った。
「君たち、この後の魔法訓練は自主的にしといて! 多分戻ってこれないから!」
そういって歩き去っていたネルテ先生の剣幕に、ルドーたちはただ顔を見合わせるしかなかった。
ネルテ先生の言う通り、校内放送で先生たちが集められたと思ったら、魔法訓練にネルテ先生は最後まで現れなかった。
この日の職員室周辺を歩いた生徒からは、かつてないほどの話し合いの様子に、まるで台風でも発生していたのでは囁かれている。




