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第十六話 残された憂慮

 

「そういえば、君たちの話しぶり……一人行方不明になった以外に、何か報告があった様子だったが」


 ルドーたちの気を紛らわせようとしたのか、バベナが話しかけてくる。

 イスレ神父がエレイーネーに連絡を入れようと、暗い顔で立ち去っていった後だった。


 重い足取りで近寄って来たバベナは、見渡すようにルドーたちの顔を順に見比べる。

 その顔には、ルドーたちに対する気遣いが感じ取られた。


 クロノが見つからないままなせいで、エリンジはまだ動揺しているようだ。

 ルドーは重い気分のまま顔を上げ、そっとリリアと顔を見合わせる。


「……ここでは、ちょっと」


 リリアが後ろにいる衆人環視に、視線をちらりと向ける。


 襲撃後の建物の崩壊だけでも、集まった周辺住民は不安そうにしている。

 ここで瘴気の話までしては、また魔物暴走(スタンピード)が発生したのではと勘繰られてしまう。

 下手をしたらパニックになりかねない。


「学生たちを安全な場所に連れていきたい」


 リリアの様子にバベナは察してくれたようだ。

 傍で申し訳なさそうにしていた従業員に、そう声をかけて断りを入れる。


 そうしてルドーたちを人気のない所まで連れ出してくれた。


 崩落現場の施設跡から少し離れた、人の少ない物陰。

 呆けたエリンジを連れたまま、ルドーとリリアは事情を話し始める。


「――――魔道具部品の一部に、瘴気が?」


 ルドーたちの説明に、バベナは目を見開いた後、顔を顰める。


 この小さな町で魔物暴走(スタンピード)が収まって一ヶ月。

 ようやく落ち着き始めたところにまた瘴気の発生は、穏やかではない。


 ルドーたちがあの人混みで話そうとしなかった訳を、バベナも察したようだった。


「かなり小さかったんですけど、見過ごせなかったので。とりあえず浄化して、報告しようと……」


 不安が隠し切れないリリアは肩を震わせながら、なんとか必死にバベナ説明していた。


「……これはエレイーネーに本格調査を依頼したほうがいいな」


 説明を一通り聞いたバベナは、考え込むように腕を組んで、顎に指をあてる。

 ルドーやリリアの報告を疑うことなく、大事な報告として重く受け止めてくれていた。


「魔道具のあった場所が瘴気の発生源だったとしても、今は瓦礫の底だ。さらに溜まる可能性がある。いや、報告ありがとう」


 リリアの頭をポンと叩いたバベナその手の動きは、とても優しかった。

 それでもクロノが見つからないせいで、リリアの顔は不安から晴れない。


 しばらくして、イスレ神父から連絡受けた先生方が到着した。

 行方が分からなくなったクロノの報告も聞いたのか、数人の先生方が捜索の為に離脱していく。


「三人は怪我してないかい?」


 担任のネルテ先生が、硬い表情で近寄ってくる。

 問い詰められるとルドーは身構えたが、既に事情は聞いたと特に詰問されなかった。


 ネルテ先生がルドーたちを引率して来た道を引き返し、一人欠けたまま転移門をくぐってエレイーネーに戻る。

 自分自身のことなのに、ルドーには映像のような他人事に見えてしまっていた。


「大体流れは分かったよ。今日はもう休みな」


「でも……」


「まだ一人、見つかっていないままだ」


「みんなひどい顔してるよ。クロノの捜索は大人に任せて休むんだ」


 食い下がるリリアとエリンジに、ネルテ先生は二人の肩に手を置いて、強い口調で諭した。


 ネルテ先生に施設内での事の経緯を改めて説明した後、ルドーたちは寮で休むように進言される。

 進言とは聞こえはいいが、これ以上生徒が巻き込まれる問題を考慮してのことだろう。

 寮の自室で休んでいれば、少なくともルドーたちはこれ以上巻き込まれる心配はない。


 だがルドーはとても横になって休める気分ではなかった。


 ただでさえ、エリンジとクロノの関係の悪さに気まずく過ごしていたのだ。

 それがクロノの失踪という最悪の結果。


 ようやく課外補習が終わったと休める程、ルドーも神経は図太くなかった。


「……」


『勝手に消えちまったのはあいつだ。あんま気落ちすんな』


 無言のまま、ルドーは三白眼でじっと床を見つめる。

 聖剣(レギア)の慰めも、今はただただ虚しく響いた。


 胃のあたりでモヤモヤと、気持ちの悪い感覚が続く。


 もっと他に出来ることはなかったのだろうか。

 渦巻く悔恨がルドーの中でどんどん膨れ上がっていた。


 それはリリアとエリンジも同じだったらしい。


 リリアは入学初日にクロノにハンカチを拾ってもらってから、改めてお礼を言いたがっていた。

 あまり教室にいなかったクロノと仲良くなる機会だと、リリアは今回の課外補習に期待していたのだ。


 それがエリンジとの関係の悪さのせいで、声をかける機会を逃してしまっていた。


「女子同士なんだから、もうちょっと話しかけてればよかったのに……なんで私……」


 何度か行き来した廊下で、ルドーはリリアがそう一人呟いていたのを聞いた。


 エリンジの異常性ばかりに気を取られ、ルドーもリリアもエリンジにばかり注目して。

 リリアは今になって、もっとクロノに気を利かせるべきであったと、かなり後悔している。


「リリ……」


 握り締めた拳を胸に当てて俯くリリアの姿を前にして、ルドーも同じ立場で何も声を掛けられない。


 一方で、エリンジも浮かべている無表情が硬かった。

 エリンジが周囲に厳しい言葉を掛けていたのが、発破掛けだと気付いた今だから、ルドーにはわかる。


 エリンジがクロノに対してあそこまで厳しく接していたのは、きっと期待の裏返しだ。


 魔道具によって判断された、魔力相性が良いパートナー。

 更にクロノは後に潜在魔力もエリンジより多いと聞いて、エリンジが突っかかっていた。


 入学試験トップのエリンジより魔力が多いとなれば、相当な成長が見込まれる。

 当然エリンジもそう考え、パートナーということもあって少なからず期待を抱いていたのだ。


 それなのに、クロノ本人は魔法が使えないと断言している。

 実際クロノは今の今まで、魔法のまの字も発動させていなかった。


 エリンジの期待が大きかっただけに、クロノに対する失望も大きかったのだろう。


 だからこそエリンジは、かなり厳しくクロノに接していた。

 真面目にやれと言っていたのも、やれば出来るはずだとエリンジは考えていたから。


 嫌味を人一倍ぶつけ、魔法で大量に攻撃していたのも、今となればエリンジなりの激励だったのだ。

 それでもクロノは全く魔法を使おうとはしなかったが。


 クロノは魔法こそ使えなかったが、素の身体能力がとんでもない威力だった。

 魔物を素手で屠るなど、身体強化タイプの勇者並みの偉業だ。


 だからルドーもリリアも、クロノの姿を見かけなくてなってもそこまで本気で心配はしていなかった。

 エリンジの指摘通り、あれだけのことが出来るなら自力でなんとか出来るはずだと。

 そう強く思い込んで。


「そんなはずはない……そんなはずはない……あの程度で死ぬはずはない……」


 口に手を当ててブツブツ呟くエリンジの無表情は、白髪も相まって幽鬼のように青白い。

 自分でクロノを見捨てるような発言をした手前、エリンジはかなり精神的にダメージを負っていた。


 魔人族を名乗る狼男の攻撃によって、完全崩壊した魔道具製造施設。

 あの時はルドーもリリアも、エリンジの指示通りに動く他なかったのだ。


 仕方ないことではあるが、それでも納得できず煮え切らないと、エリンジは責任を抱え込んでいる。


 再び捜索に行ったネルテ先生がエレイーネーに戻るまで、ルドーたちは落ち着かなかった。

 廊下に出たり、職員室を確認しに行ったりと、各々言葉もないままあちこちうろうろしていた。


 だが夜分遅くネルテ先生が戻ってきても、いい返事はもらえなかった。


「先生!」


「……まだ休んでなかったのかい?」


「だって……クロノさんは?」


 ネルテ先生を見かけて駆け寄ったリリアに、口を横に結んで返される。

 いつもの笑顔も鳴りを潜め、俯いて首を振ったネルテ先生の反応が、ルドーの頭にこびりついて離れなかった。


 ◇



「いやー、君たちホント大変だったな」


「クロノさんもまだ見つかっていませんのに、不謹慎じゃありませんこと?」


 ルドーたちが課外補習から戻って数日、見兼ねたアルスとキシアが声をかけてきた。


 他の外での補習組は恙なく終わったらしい。


 本来は先生の引率も必要ない安全な補習。

 補習を終えた生徒からネルテ先生への報告と結果説明待機で、教室に戻っていた。


 不満やら疲れやら。

 教室に戻った生徒がそれぞれ愚痴を放している時に、ルドーたちが参加した施設崩落の知らせを聞いたらしい。


「施設が崩れたって?」


「なんだそれは、そんなことになるなどとは聞いておらんぞ!」


「大丈夫なんですのそれ」


「ちょっと、安全なんじゃなかったの?」


 皆反応はそれぞれだったが、まだ打ち解け切れてない教室でも、全員が不安を感じたのは確かだったようだ。

 そしてそれはクロノの失踪という報告で、更に強みを増す。


 あれから魔法科の教室は、どこか薄らと重い空気を漂わせていた。


 生死不明の行方不明者が出たものの、翌週からの授業は何の問題もなく続けられている。


 エレイーネーでもあまり発生することのない事故。

 だがそれは学び鍛えることを止めていい理由にはならない。


 国を守る役所を授けられた、義務入学枠のルドーとリリアは特に。


 授業で毎日少しずつ追加される訓練内容に、ルドーは正直感謝していた。

 何かやっていないと、あの時クロノは死んでしまったのではと、すぐ悪い方向に考えてしまうからだ。


 “無心になってやる”

 奇しくも行方不明になったクロノの助言通りになってしまっていた。


 ルドー以外の二人も、今回の件はかなりショックを受けている様子だった。


 クロノをはぐれたままにしたことを、リリアは後悔しているのだろう。

 だからもし、また誰かとはぐれても連絡が取れるように。

 連絡が取れなくても居場所が分かるように。


 リリアは今まで使っていた魔法の他に、探知魔法と通信魔法の練習を始めた。


「……だめ。こんなもんじゃ、まだ足りない……」


 発動した魔法を確認した後、リリアが苦い表情を浮かべた。


 リリアは必死になって探知魔法と通信魔法を習得しようとしている。

 ただまだ学びたてのせいで、どちらも思うように使えない様子だ。


 一方エリンジはあれから、嫌味のような励ましの小言がぱったり止んだ。

 だがこちらも回復してはいない。


「……俺のせいか。俺が殺した……だが自力対処出来たはず……」


 エリンジは周囲を睨み続けてはブツブツ呟き、以前より近寄りがたい雰囲気になってしまっている。


 エリンジの場合、クロノに一方的に衝突していた今までの経緯に加えて、崩落の際のリリアに対しても、クロノの捜索を放棄する言動があった。


 魔導士に対する志が人一倍強い分、責任感も強いようだ。

 余計エリンジ自身を追い詰めてしまっている節がある。


 聖剣(レギア)もあの一件から、かなり大人しくなってしまった。


 相変わらず訓練の際は暴れてくれるが、それもどこか威力が低い。

 聖剣(レギア)なりに落ち込んでいるのだろうか。


 課外補習に参加した全員、そんなどうにもならないやるせなさを抱えたまま、時間だけが経過していく。


「……見つからなかった、か」


「本当に、どこ行っちゃったの……?」


 報告を聞いたルドーとリリアは、更に不安に駆られる。


 二週間経っても、クロノの遺体はもちろん、あの魔人族を自称した者の遺体も、崩壊した魔道具製造施設の瓦礫の下からは出てこなかった。


 これだけ調査に時間がかかったのは、爆発しかねない魔道具の残骸が、施設の瓦礫の中に残っていたからだ。


 防護魔法で安全に包みながらの、瓦礫の撤去作業。

 通常の修繕調査より、時間と神経を使う作業になっている。


 複数の瓦礫が折り重なっている上、爆発によって建物は粉々になった。

 以前の状態を知っている現地の職人でもなければ、完全修復は不可能。


 一般的な戦闘で発生した瓦礫を、修繕魔法で直しながらの捜索。

 それが困難になったのも、捜索に時間がかかった一因である。


『だが見つからなかったってことは、生きてるってこったろ』


「だったらなんで連絡もないまま戻って来ないんだ……?」


 頭に響く聖剣(レギア)の励ましに、ルドーは疑問をぶつける。


 瓦礫の下からは遺体の一部どころか、血痕すら発見がなかった。

 その為クロノもあの魔人族も、おおよそ生存しているであろうと、エレイーネーでは結論付けられた。


 そうなると、なぜクロノは今だ行方不明のままなのかという疑問だけが残る。

 エリンジとの不快なやり取りが、クロノの帰路の足を遅らせでもしているのだろうか。


 またリリアの報告に対する調査から、魔道具施設の現場からは、極少量の瘴気も出てきた。

 ただこちらは魔物が発生するほど瘴気濃度は溜まっていなかったので、現地の聖女が行った、追加の浄化魔法だけで何とかなったようだ。


 だが瘴気の発生原因も不明なまま。


 色々と分からないことが多く、ルドーの腑に落ちないことも、やるせなさに助長をかけていた。


「そういや俺、この間職員室で聞いたんだけど。クロノって三年に兄貴いるみたいで、すっげぇ揉めてたんだよな」


 その日の基礎訓練と座学を終えた後だった。

 ルドーたちが食堂での昼食で集まっていると、アルスが思い出したように話し始める。


 アルスの話に、ルドーは溜息を吐きつつ首を振った。


「まぁ、揉めるだろ。安全なはずの訓練で、家族が生死不明の行方不明じゃ」


「それが揉めてた内容がさあ、“基礎科のはずの妹が、魔法科になっているってどういうことだ”ってね」


 意味深に首を下げつつ指をあげたアルスの話に、ルドーはパチパチと三白眼を瞬かせた。


 なんでもアルス曰く、職員室に頼まれた書類を運んでいた際、クロノの兄らしい三年の生徒が、ネルテ先生と揉めているのを目撃したそうだ。

 その際その三年が、そんなことを大声で口にしていったとかなんとか。


「基礎科? なんだそれ?」


「え……その話、クロノさんの入る科目が、違ったってこと?」


 ルドーとリリアが揃って聞き返す。

 アルスの発言にその場の全員が面食らって、食事を止めて顔を見合わせた。


「ねーねー、基礎科ってなにー?」


「基礎科って、座学のみですわよね」


 きょとんとした声をあげたメロンに、キシアが思い返すように答えた。


 ルドーもリリアもエレイーネー魔法学校には義務入学で、入学しようと思って試験に臨んだわけではない。

 エレイーネー内の制度や仕組みについては、ルドーもまだ詳しくはないのだ。


 そもそも基礎科とは何だろうと考えていたルドーや他の生徒に、キシアが分かりやすく教え始める。


「王侯貴族や商人たちが、国や組織の防衛のための知識を付けるための科目でしょう? 実践訓練は一つもなかったはずですわ」


 キシアの話す基礎科の概要を聞いて、ルドーは首を傾げる。


 キシアの説明から、どうやら基礎科というものは、魔法科と違ってそもそも戦闘訓練などないらしい。

 魔物や瘴気など高度な教育内容のみらしく、授業内容も授業時間も異なるとか。


 現にルドーもリリアも入学してまだ日が浅いのもあるだろうが、食堂で基礎科の生徒と鉢合わせたことはなかった。


 戦闘訓練のない科目という説明から、確かにアルスが職員室で聞いた、クロノの兄が揉めていたという話は何か引っかかる。


 どうやらルドーたちは、クロノに対して何か根本的な勘違いをしているような気がした。


「うーん、そういえば……私の周辺国での魔法科試験では見かけてなかったけど、誰かクロノちゃんが魔法科試験受けてたの、見た人いる?」


 メロンが顎に指を当て、うーんと上を向きながら周囲に問いかけた。


 エレイーネーの魔法科の試験は、それぞれの国からの距離があるので、複数の場所で行われたという。

 入学時に初めて顔を合わせる者もいるので、今までクロノとエレイーネーで初対面であっても、誰も疑問に思っていなかったようだ。


 魔法科の試験内容は筆記に体力、それから魔力測定がある。

 魔力量が一定基準を超えなければ、適正なしとみなされて弾かれるそうで、ここが一番シビアなのだそうだ。

 魔力がなければ魔法を使えず戦えないので、当然といえば当然だが。


 そんな魔法科の入学試験に、クロノの姿は見当たらなかったという。

 疑問を抱いたメロンに、キシアとアルスも揃って首を振った。


「私のところでは見かけませんでしたわ」


「俺も見てないねぇ」


「あちらの人たちも、クロノさんを試験で見ていたら、もっと反応が違ったでしょうしね」


 キシアがちらりと、離れた場所で机を囲っている、フランゲルの集団に視線を送った。

 あちらはフランゲルと、文句たらたらの聖女を中心に、例のナルシスト男と、ハイハイ言っている男でグループ化していた。


 フランゲルたちの集団はクロノに特に反応もなかったことから、おおよそ同じ試験会場にはいなかった推察できる。


 また他にも数人、一人で行動している者もいる。

 しかしクロノみたいな化け物が同じ試験会場に居たなら、入学式で再会した際何かしら反応があるはずだ。

 だがルドーたちから見ても、入学してから今に至るまで、そのような反応は見受けられなかった。


 クロノが魔法科の試験を受けているところを見た様子がない。

 これはいよいよおかしいのではと、ルドーたちは思い始めた。


「あの、その事なんだけど……」


 リリアが心当たりがあるとばかりに、ぽつりと話し始める。

 おずおずと手を挙げたリリアに、その場の全員の視線が集中した。


「お兄ちゃん、前に入学式で揉めてたって言ったじゃない?」


「そういえば、なんかざわついてたあれか」


 リリアの様子に、ルドーも思い出したように呟く。


 そう言えばリリアと別れて制服に着替える際、何やら揉めている様な騒音を聞いていたのだ。

 てっきり名の知れていたルドー同様、リリアもなんらかの指摘を受けてざわついていたとルドーは一人納得していた。


 だがリリアの反応から、どうやらそうではないらしい。


 そのことかとルドーがリリアに聞けば、リリアは頷いて話を続ける。


「あれ、クロノさんだったの。“基礎科入学のはずですけど、なんで魔法科になってるんですか?”って……」


 リリアの言葉に、その場の全員が唖然として沈黙した。


 なんでもあの時揉めていたのは、クロノと受付をした先生だったらしい。

 入学に伴う科目が違うと、かなり長いこと静かに言い合いをしていたそうだ。


 結局リリアも着替えの時間があるからと移動して、クロノの言い合いの結果がどうなったのかまでは見届けてないそうだが。


 リリアの発言を聞く限り、クロノが魔法科に居たこと自体が間違いのようにルドーには聞こえた。

 その場の全員同じように感じたようで、キシアが思案するように頬に手を当てながら推測する。


「……ひょっとしてクロノさん、そもそも魔法科の試験を受けていないのでは?」


「えっ、そんなことってある?」


 アルスがそう反応した瞬間、ガシャンと大きな音がして全員が振り向いた。


 エリンジが食事の乗ったトレーの中身を、床に丸々落としていた。

 皿に乗ったミートスパゲッティとコーンスープが、事件現場のように悲惨に足元に散らばっている。


 しかしエリンジはそれにも気付かず心ここにあらずといった様子で、目もどこか虚ろだった。


「……あいつはそもそも、魔導士を目指してすらいなかったのか?」


「あー……落ち着け。大丈夫か、エリンジ」


 ショックを受けてトレーから手を放した体制のまま、エリンジが呆然としていた。


 あまりのらしくない様子に、ルドーはエリンジにそっと声をかけつつ傾いたトレーを奪い、周囲に散らばった食べ物を拾い始める。


 どうやらエリンジにとって、潜在魔力が多いクロノがそもそも魔導士を目指していなかったのは、あまりにも想定外だったようだ。

 

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