第十五話 その果ては見えぬまま
この魔法の世界に、転生前の世界で空想上呼ばれていたような、亜人は存在しなかった。
いるのは瘴気から発生する知性のない魔物か、人間と動物くらいのはずだった。
「わかったら二度と俺を魔物呼ばわりするな!!!」
空間に狼男が吠えるような大声が響く。
怒りに任せて練り上げた赤黒い強力な魔法を、狼男は次々と放ってくる。
ルドーたちの目の前に現れたそれは、そんなこの世界の常識を覆す存在だった。
魔物だって魔法攻撃はしてこない。
だからイスレ神父とバベナは、何らかの役職で姿が変化した人間だと思って対処していた。
だが魔人族と名乗ったこいつは、誰も知らない未知の存在ということになる。
「ぐっ……」
『危なかったな。あれ当たったら流石にただじゃすまねぇ』
ルドーは身体から煙をあげながら、聖剣の声を頭に響かせる。
なんとか聖剣で、魔人族を名乗った狼男の魔法攻撃は防ぐことが出来た。
しかしその衝撃だけでも、ルドーの負傷は激しい。
ルドーはエリンジに肩を貸されたまま、リリアの回復魔法で、少しずつ擦り切れた怪我が治っていった。
「いってぇ……」
「お兄ちゃん、あとちょっとじっとしてて!」
治っていく傷の痛みに呻くルドーに、リリアが集中しながら白く光る掌を掲げる。
ルドーに肩を貸しながら警戒するエリンジは、ルドーとリリアの会話を聞きつつ、狼男の攻撃に目を向けていた。
「そんな悠長に構えてられんぞ」
エリンジが動けないルドーとリリアに警告する。
狼男からの攻撃は、激しさを増していた。
イスレ神父とバベナがドーム状のガラスのように結界魔法を張って、なんとか狼男の赤黒い魔法攻撃の連打を逸らす。
防ぐのではなく逸らしているのは、攻撃の一撃一撃がかなり重いからだ。
耐えようとすると耐久が足りず、結界が許容量を超えるのだろう。
しかし狼男の攻撃が激しすぎて、イスレ神父とバベナの狙った場所に逸らすことが出来ていない。
イスレ神父とバベナの二人掛かりで、バチンと必死に弾いた赤黒い魔法攻撃。
それはあちこちに飛んでいき、工房内にあたっては大きな爆発を起こし、工房施設が次々と破壊されていた。
『とんでもない威力だな、上まで貫通してくるとはよ』
聖剣の観測をルドーは頭で一人聞く。
ルドーたちが先程までいた廊下から落ちたのも、攻撃の余波で建物が上まで貫通して、破壊されたせいだろう。
魔人族の狼男は、空間の中心で赤黒い魔力を、殴りつける勢いで次々と放出している。
後ろに集まる施設職員を庇い、イスレ神父とバベナ攻撃を必死に逸らしていた。
だが続く魔法攻撃と爆発の余波に、周辺の建物がミシミシと、怪しい音をたてはじめている。
軋む音を聞くように顔を上にあげて、視線をあちこち向けていたエリンジが口を開く。
「この調子だと建物自体が崩れる」
「かなりの地下だろここ、生き埋めになんぞ」
どんどんと響く音が大きくなっていく中、ルドーも警戒して上を見上げる。
かなり広い空間の遠い壁や天井に、亀裂があちこち走り始めた。
衝撃に折れた巨大な配管や巨大な機械が、大きな音と衝撃を立てて、あちこちに落下し始めている。
壊れた機械や瓦礫が、爆発を伴って煙をあげていた。
一通りの回復魔法を終えたリリアが、ルドーの横で不安そうな表情をうかべる。
何かできることはないかと、リリアは縋るようにルドーとエリンジに問いかける。
「エ、エレイーネーに連絡して、魔法使用許可貰えばいける?」
「ダメだ、連絡手段がない。学校に戻るだけの時間もない」
不安そうなリリアを、エリンジはばっさり切り落した。
もうちょっと考慮した言い方をしろ。
エリンジの言葉を聞いて不安がるリリアの背を、ルドーは落ち着かせようと軽く撫でる。
すると今度は別方向から声を掛けられた。
「そんな君たちにも、できることがあります。聞いてくれますか?」
イスレ神父がルドーたちの会話を聞いていたようだ。
狼男に聞こえないように、ひっそりと小声で提案してくる。
「私とバベナさんで、あいつの気を引いておきます。貴方たちは従業員の方々を連れて、上に逃げてください」
話を聞いたルドーは、エリンジとリリアと顔を見合わせる。
イスレ神父の提案は、動けない自分たちの代わりに、従業員を連れて逃げろというものだった。
確かに戦闘含む魔法の使用許可がされていない以上、今のルドーたちに出来ることはない。
それならば、一般の従業員の避難に回ったほうがまだ建設的。
また飛んでくる赤黒い攻撃魔法を、イスレと神父バベナが歯を食いしばって、遠くの方へと弾き返す。
「いやでも、建物の出口ってかなり上だし……この崩落だと、階段も崩れてる可能性が……」
攻撃の風圧から腕で身を守りながら、ルドーは言われたことに対する疑問を述べた。
ルドーたちがこの工房施設に入ってきた廊下からここに至るまで、体感でもかなりの距離を落下している。
何より目の前で赤黒い魔法攻撃を繰り出し続けているあの狼男が、逃走を許してくれるだろうか。
ルドーたちの方向に飛んできた赤黒い魔法攻撃を、掠めるように身を伏せて避ける。
「すぐそこに、上と繋がる従業員非常用の連絡転移門があるんです」
なんとか攻撃を躱していると、その疑問は当然だと、イスレ神父がさらに話を進めた。
「転移門への道の起動方法は、従業員たちが知っています。我々二人では攻撃を逸らすのが精一杯で、彼らを逃がせなかったんです。引き受けてくれますか」
そう言ってイスレ神父は、ルドーたちを真剣な顔でじっと見据える。
建物の上階からここまではかなりの高低差があった。
職員たちが不便にならないように、普段から使われている起動式の簡易転移門が、この工房には設置されていたようだ。
既に崩れた階段を使うより、上階に直結している簡易転移門を使ったほうが、より早く確実に脱出できる。
しかし攻撃の囮になるというイスレ神父とバベナに、リリアが不安そうに叫んだ。
「イスレさんたちはどうするんですか!」
「我々は飛行魔法が使えます。頃合いを見計らって脱出するので問題ありません。さぁ早く!」
そう言ったイスレと、横に居たバベナは、こちらに向かって大きく頷く。
話を聞いたルドーたちも、互いに顔を見合わせた後に、ゆっくりと頷いて決意を固めた。
「逃げるぞ! たって転移門に誘導してくれ!」
ルドーは大声をあげて、うずくまっている従業員たちを掛けて立たせた。
一応イスレとの話は聞いていたようで、従業員たちは悲鳴をあげながらも、揃って同じ方向に走り始める。
従業員の集団を先頭に、ルドー、エリンジ、リリアで、集団を囲むように後を追って走り始めた。
集団の右側を走るリリアが、思い出したかのように大声をあげる。
「クロノさんが見つかってないままだよ、どうしよう!」
リリアの叫びを聞いて、ルドーもずっと見つかっていないクロノのことを思い出した。
だが今は逃げることが先決だと、エリンジが容赦ない叫びをあげる。
「あいつの奔放さから、もうこの建物から出ている可能性もある!」
「残ってる可能性もあるじゃない!」
エリンジはすでにクロノが脱出した可能性を述べるが、リリアが引き下がらず抗議の声をあげる。
「魔物を拳で叩き割る頑丈さだ、建物の瓦礫ぐらい平気で防げる!」
背後からとんでくる赤黒い砲撃魔法を躱し、エリンジがさらに叫ぶ。
確かにクロノは、蹴撃で魔物をへし折り、エリンジでさえ敵わないほど生身の攻撃が強かった。
あれだけの威力を出せるなら、クロノは素手で岩壁くらい平気で砕きそうだ。
そんなクロノが、どうしていなくなってしまったかがわからない。
「でもなにか不測の事態に巻き込まれて、逃げられなくなってたらどうするの!?」
「あの威力なら生き埋めになったとしても、あいつなら自力で出てこられる! 今は頼まれたことだけ考えろ!」
リリアとエリンジが、未だ見つかっていないクロノについて言い合っている。
確かにエリンジの言う通り、クロノだったら瓦礫に埋もれても無事なようなイメージがルドーにもある。
だがリリアの言うように、行方不明の原因が分からないので、クロノが対処できる状態か分からない。
「止まったら攻撃が当たる! 早く立ってください!」
バランスを崩した従業員に、ルドーは素早く駆け寄った。
リリアとエリンジの言い合いをルドーが横で聞いている間、狼男の赤黒い魔法攻撃余波の振動でよろける従業員たちを立て直させながら走り続ける。
後ろから時々狼男の赤黒い魔法攻撃が飛んでくるが、イスレ神父とバベナがなんとかしているのだろう。
直撃するようなものは飛んでこない。
ルドーたちがなんとか転移門までたどり着くと、従業員たちが焦りながら起動しよう近付いて動く。
「お兄ちゃん!」
リリアの叫びでルドーが振り向く。
逸れた攻撃魔法が天井に当たり、大きな瓦礫が転移門に落ちてきた。
大きすぎて聖剣でも、これは防ぐどころか軌道を逸らすことすら出来ない。
肯定するように、聖剣がバチンと弾けながら大きく叫んだ。
『今のお前じゃこれは無理だ、行け!』
「飛び込めええええええええ!!!」
従業員たちが入った後、落ちてくる瓦礫をかわしながら、リリア、エリンジ、ルドーの順に転移門に飛び込んだ。
間一髪。
ルドーが門を潜り抜けた瞬間、入った側が壊れたのか、転移門の魔法がブツンと音を立てて消滅した。
ルドーは肩で息をしながら、助かったと胸をなでおろす従業員たちを見る。
しかし安堵したのも束の間、建物が激しく振動し始めた。
「崩れるぞ! 早く建物の外に!」
エリンジの叫びに、従業員たちが慌てて走り始める。
その後に続き、ルドーとリリアも走り出す。
床がビシビシとひび割れ、壁にもバコンと亀裂が入っていく。
走っている間にもガラガラと、あっという間に建物が崩れはじめた。
殿を走るルドーのすぐ後ろまで、崩壊した建物の大穴が迫ってきている。
ルドーたちが走る前方に、なんとか外の光が見えた。
従業員たちがそこに向かって、ヒイヒイ言いながら抜けるのを見届ける。
「うわっ!」
ギリギリ一歩足りず、ルドーが出口に辿り着く前に、足場の崩壊が追いついた。
足場を失い虚空を踏み抜いて、ルドーがガクンと落下しようとしたところで、ガシっと腕を掴まれる。
エリンジだ。
「いっでででで!」
「これくらい我慢しろ、死ぬよりマシだろ!」
ルドーの腕一本に、全体重と聖剣の重さが乗ってちぎれそうだ。
痛みにルドーが大声をあげつつも必死に耐えて、エリンジに引き揚げてもらう。
なんとか九死に一生を得たと、ルドーが肩で荒く息をしながら振り向く。
魔道具製造施設は入った時の影も形もなかった。
大きな煙を上げながら破壊された瓦礫がガラガラと落下し、地下空間の大穴を埋め尽くすように塞いでいく。
火炎物があったのだろうか、所々炎が上がっているのがルドーの遠目に見えた。
「イスレさんとバベナさんは……?」
ルドーと臨時の横にリリアが駆け寄り、不安そうに呟く。
するとちょうど二人が飛行魔法で、瓦礫の隙間を縫うようにして飛び出してきた。
イスレ神父とバベナは未だ警戒している様子で、視線は穴の奥の下に向いたまま、ルドーたちのすぐ傍に着地する。
「皆さん、ご無事ですか!」
イスレ神父がすかさず従業員たちに点呼させて、安全確認と人数把握を図り始める。
周囲は工房が崩れたために、騒ぎになって人だかりが出来ていた。
魔物襲撃から一月しか経っていないせいで、不安そうな住民の顔が多い。
何となくそれを眺めていたルドーだが、しかしそこに見慣れた帽子姿――――クロノは確認できなかった。
リリアも不安そうに首をあちこち向けているが、同様に見つかってないようだ。
エリンジも見つけられなかったのか、苦い顔をしている。
「……君たち、確か四人で来ていなかったかい?」
従業員の点呼と怪我は問題なかったようで、イスレ神父が今度はルドーたちの方に駆け寄ってくる。
しかし四人が三人になれば点呼の必要もなくわかる。
ようやく一人足りないことに気付いたイスレ神父が、どんどん青い顔になっていった。
「……実は、頼まれていた作業の途中から見かけなくって。探すのも兼ねて報告をと、歩き回っていたんです」
「……まさか」
おずおずと前に出たリリアの説明に、イスレ神父は真白な顔をして、崩れた瓦礫の方に顔を向ける。
そこにはガラガラと崩れていく、建物だった瓦礫が残されていた。
「そんな……!」
「待て! この状況で飛び込んで死ぬつもりか!?」
突っ走る勢いで瓦礫に突っ込んでいきそうになったイスレ神父を、バベナが前に出て両手を広げて止める。
「止めないでくださいっ……!」
「待てと言っている! 探知でどこにいるかだけでも調べる!」
抵抗するイスレ神父を、バベナが強引に押しとどめた。
焦るイスレ神父にバベナが首を振り、振り返って瓦礫に向かって手を向ける。
バベナは薄く光る魔法円を発動させ、何か調べている様子だった。
「……この中に、生存反応はない」
「それって……」
「リリ、落ち着け!」
口に手を当ててよろめくリリアを支えながら、ルドーは周囲を見渡した。
「誰か、この建物が崩れる前に、黒い帽子を深くかぶった、女子学生が出てくるのを見なかったか!?」
周囲に集まる住民に、ルドーは必死になって大きく呼びかける。
しかし返ってくるのは困惑した表情。
誰か見た者はいなかったかと、周りを確認して首を回す者たちばかり。
住民の反応は、誰もクロノを見かけていないと、ルドーたちに明確に知らしめていた。
愕然と言葉を失ったルドーたちを見て、バベナが呆然としているイスレ神父に向き直る。
「イスレ神父、エレイーネーに連絡を。どちらにしろ、我々だけでこの瓦礫の山の中の捜索は不可能だ」
「私が依頼して、私がお預かりしたんですよ。せめて私が見つけなければ、道理が通りません――――!」
「不可能なことは不可能だ。それに先程の化け物の反応も消えている。建物と一緒に潰れたならまだいいが、あれも出てこなければ楽観できない。どちらにせよ、エレイーネーの調査が必要だ」
それでもなおイスレ神父は、瓦礫に向かって行こうとした。
だがその瞬間、瓦礫の底の方が爆発した。
バベナが生存反応はなかったといった手前、底で残っていた人間のものではない。
おおよそ残っていた魔道具の部品が、押しつぶされたせいで爆発し、それが連鎖的に誘爆し始めたのだろう。
こうなってしまっては、その場で瓦礫を掘り起こすことも、誘爆があるせいで難しい。
「俺が殺したのか」
「エリンジ」
呆然と呟いたエリンジの中緑の瞳には、何も映っていなかった。
「俺が、あいつに、色々言ってたせいで、あいつは単独行動して、それで――――」
「あなたたちに非はありません」
エリンジが呆然とした顔でブツブツ呟き始めたが、それを遮るようにイスレ神父が向き直る。
「本来ならこんな危険な依頼ではなかった、あまりにも想定外です。それでも誰か一人でも、あなたたちに付けていれば。少なくとも崩壊前に連絡して、避難させることが出来た。私の落ち度です」
イスレ神父はそういって、神妙な面持ちで視線を少し下に下げた。
エレイーネーに連絡を取るためにその場を離れた。
言われたエリンジも視線を下に下げたまま、その表情はまだ暗い。
リリアもまだ少しふらついているし、ルドーもようやく現実味を帯びて、胃の当たりがもやもやする感覚が押し寄せてくる。
しかしルドーはイスレ神父を責める気にもなれなかった。
建物に案内されるまで、町の復興であちこち人が歩き回っているのを、ルドーたちは見ている。
人手不足のところに、依頼のボランティアで来た安全な作業をする学生を、四六時中見ていろと言うのも難しい話だろう。
魔人族を名乗る狼男の襲撃。
復興作業をしていたはずの、魔道具製造施設の崩落。
クロノが消えた理由も、その安否さえも分からない。
どうにもならない焦燥を抱えながら、ルドーたちはイスレ神父が戻ってくるのを、じっと立ち尽くして待ち続けた。




