第十八話 続く襲撃と進む若者
動きがあったのは一件があってから三ヶ月もたった後だった。
また魔人族を名乗る狼男の襲撃で建物が崩壊したという知らせは学校内にあっという間に広まった。
最初の一件からはまた離れた別の国で発生し、建物は全壊、負傷者多数、防ごうとした魔導士も負傷したが、なんとか死者は出なかったとされている。
今回も魔道具が原因で火災が発生してしまったため、何が目的だったのかは分からずじまいだった。
数日もすると中央ホールにある討伐依頼掲示板に、例の狼男の手配書が出回り始めた。上級生が先生に情報を貰っては自分達で倒せるか話し合う様子をよく見るようになる。
一人ものすごい勢いで手配書をもぎ取って廊下を走り去る上級生の男子生徒がいたが、黒髪長髪を結っている様子からあれが例のクロノの兄貴なのだろう。
『おめぇはやんねぇのか』
「資格ねぇし許可が下りねぇんだって」
一年はそもそも訓練期間で、二年で資格試験を受けて、三年で学校での依頼を受注して実践投入されていく。
こればっかりは専門組織や学校での一年間の学習期間が必要と同盟国連盟で定められているせいで短くすることは出来ない。
「まぁ精々魔法使用許可が下りてる時にばったり出くわすくらいじゃねぇかな」
『自衛の為なら魔法による戦闘もやむを得ず、か。まどろっこしいな』
「その少ない可能性の最初にぶち当たっちまった訳ではあるが」
「お前また聖剣と話してるのか」
中央ホールから教室に向かう廊下でエリンジから声を掛けられる。
三ヶ月徹底的に調べても遺体が出てこなかったおかげでクロノに生存の可能性が大いに浮上したためか、一件があった後よりはマシになってきていた。
そのせいで小言が多少復活してきたのはあまりよろしくはないが。
「一人でブツブツ呟いて気色悪いぞ」
「うるせぇ、好きでやってんじゃんねぇ」
『邪険に言う癖にちゃんと返事する当たり律義よなお前』
「うるせぇ」
「ようやく一年の課外学習の為の外出許可が下りたそうだぞ」
「……あの一件で安全の為一年はしばらく外出禁止っつってたあれか、案外早かったな」
本来ならば入学最初に課外学習を行ったように、校外での訓練も学習過程の一つに入っており、特にネルテ先生は現場での経験が今後を生かすと考えているため入学初日からバンバン投入する予定だった。
それがあの狼男の一件で、まだ基礎が育ってない一年に校外学習は危険ではないかという声が学内外から上がったため、安全を考慮して校内学習のみという措置が取られたそうだ。
遠いところでの再発とはいえ、魔人族の狼男が捕まったわけでもないのに解除が早い気がする。
「というかお前俺しか相手にしないからって最近話しかけすぎやしないか」
「そんな事はない」
「じゃあ最後に別のやつに話しかけたのいつだよ」
「……」
無言で顔を背けてスンとしているエリンジに、ルドーはジト目で後頭部を見つめた。
案外寂しがり屋なのかエリンジはルドーに結構な頻度で話しかけてくるようになった。
それでもクロノの時のように会うたび攻撃魔法を向けてくるよりはずっとマシではあるが、そう動けるならもっと早くしていればそこまで孤立もしなかったともルドーは思う。
「はぁー、まぁいいや。ついでに魔法関連の相談にちと乗ってくれや」
「なんだ?」
魔法関連の相談と聞いたからか、エリンジが心なしかいつもより嬉々としているように見える。無表情なのに。
こいつの喜怒哀楽が分かっても何も得しないと心の中で愚痴りながらルドーは続けた。
「この聖剣雷魔法使うんだけどよ、どうにも俺には魔力が強すぎて上手く扱いきれない。なんかコツとかアドバイスとかないか」
「使えん奴が悪い」
「言うと思ったよ畜生! いや訓練色々やって使えるように努力はしてんだよ! ただ聖剣の最大火力で魔法使うと俺自身の身体に負荷がデカ過ぎて自爆しちまうんだ。今は自爆しないように無意識に抑える事が出来るよう色々試してるんだがどうにも失敗続きだ」
「それで魔法訓練の度に黒焦げになってリリアに回復されては叩かれてるのか」
『毎回毎回よくもまぁ飽きねぇもんだよな』
「思い出させないでくれ……話を戻すが、自分の中の魔力を使うのとはまた違うんだよ。これ一応古代魔道具で魔力はもともと聖剣持ちなんだ。」
「自分の魔力ではなく外部から魔力を持ってきていると、それで全放出すると負荷が体の許容量を超えて自爆すると」
「そういうこと。だから自分で扱いきれる魔力量を探ってる段階なんだが、どうにも俺が扱う魔力が微量過ぎんのか、一定超えると一気に魔力量が増えて制御できねぇんだよ」
『チマチマした事めんどくせぇんだ、一発デカいのぶつけりゃ終わるんだからよ』
「だからそれ俺も終わるだろうがよ」
時々茶化すように会話に入ってくる聖剣。
こいつとルドーが会話していることはエリンジどころか今では魔法科の全員に知られ、時には不審な目でヒソヒソと噂され、また別の時は保護者のような生温かい目で見られることが多い。
そのせいでルドーはもう人目を気にせず普通に会話するようになってしまった。
「そもそも思うんだが、抑える必要はあるのか?」
「いや自爆するじゃん……」
「自爆しないように力を逃がせばいいだけだろ、思うに抑えること事態が間違っているように見えるが」
エリンジが真顔で言ってきたアドバイスに、ルドーは目が点になった。
今まで自爆しないようにどうにか魔力を必死で抑える事ばかりに目を向けてきたが、そもそもオーパーツである古代魔道具の膨大な魔力、農村でろくに鍛えてこなかったルドーの魔力で抑えられるはずもない。
「言われてみれば確かに……。でも逃がす、逃がすかぁ……」
最大火力の魔力を逃がす。
別に全て逃がさなくてもいい、一部でも逃がして自身が魔力に耐えきれるようになればいいのだから。
最大火力ではない通常攻撃の際はそもそもの魔力量がかなり少ない。
それでもやっと剣の刃にのみ出力を集中させることでルドー自身に影響がない様にしている。
そこから応用して最大火力を刃から外に逃がすことは可能だろうか。
「イメージは出来そうだな、あとは実際にやって上手くいくかどうかだが……」
「乗り掛かった舟だ、手伝ってやる」
「お前にそれ言われるとすっげぇ怖えんですけど」
「何を言う、相談してきたのはそっちだろうが」
「まぁ確かにそうなんだけどさぁ」
「分かったらさっさと行くぞ」
「行くってどこによ」
「職員室だ。魔法訓練での組手、前から打診しようと思っていた。いい機会だから直訴しに行く」
「くっそ怖えんですけど」
どうやら最後の後押しをしてしまったらしい。
ズンズンと先を進んでいくエリンジをしばらく眺めたのち、ルドーは諦めたようにその後に続く。
実際聖剣の最大火力を向けて誰が無事でいられるかと聞かれればエリンジだろうとルドーは思っているので、協力は必要だ。
「——というわけで魔法訓練での組手を許可するので、やりたいという人がいたら訓練の時に言ってくれれば見てあげるからねー」
朝礼での報告会でネルテ先生からあっさりと組手の許可が出たことが報告される。
やる気がある面子が半分、不貞腐れている面子が半分といったところか。
ルドーがちらりとエリンジの方を見ると、無表情の周囲に花が咲いているように見える。
物凄く機嫌がいい、逆に不安になるルドーだった。




