第一話 それは女神の気まぐれ
役職とは、女神によって授かる特殊な力。
それにはメリットとデメリット両方存在する。
さらにこの勇者という役職は特殊だ。
魔物による脅威に国の安寧を嘆いた女神によって、一つの国に最低一人、勇者が存在するように作られている。
また勇者と対となる聖女という役職も存在し、この二つの役職持ちが国の安寧を決める重要人物となるのだ。
「いやぁ、まさか先代が亡くなるとほぼ同時に出現するとは」
国から派遣されたという、ゴリラのように厳つい男。
近衛騎士隊長がにやりと笑いながら、自室のベッドに横たわるルドーを、横に立ったまま上から下まで観察する。
彼から聞いた話だと、先代勇者の死因は老衰らしい。
勇者にしては珍しく、八十代と大往生だったそうだ。
「普通は先の勇者が亡くなる前に新しい勇者が生まれるものなんだが、聖女に至っては次代が見つかる前に亡くなったおかげで、国による選定を慌てて準備していたところだったんだ」
そういって騎士隊長は双子の妹、リリアをじっと見つめる。
ルドーが勇者の役職を授かったと同時に、双子の妹であるリリアにも、聖女の役職が授けられた。
黒焦げで虫の息だったルドーに、全力で回復魔法をかけたのは他でもないリリアだ。
いきなり大量に魔力を使ったせいで、気絶してしまったリリアと、黒焦げから、ちょっと焦げた程度にまで回復して気絶していたルドー。
二人は異常な魔力反応を察知して、急遽飛行魔法で駆け付けた国の魔導士たちに発見された。
そのまま救命目的でのその場鑑定魔法で、二人そろって勇者と聖女であることが発覚して、魔物暴走の現場は大混乱になったそうだ。
せっかく見つかった勇者と聖女を、同時に失う訳にはいかない。
連絡後、急遽国から別支援部隊を派遣されて、ルドーはリリアと揃って、恐縮するくらいの手厚い介抱を受けた。
大きな駐留テントを張った彼らの勧めを、二人平身低頭して遠慮する。
結果、ルドー達が暮らしている平民の狭い宅内で、物々しく説明を受けた所だった。
「しかしまぁ、本当に双子なのかい?」
「双子ですぅ」
「まぁ、よく言われるけど」
不躾な騎士隊長の言葉。
リリアが頬を膨らませながら言い返し、ルドーも分からなくはないと付け加える。
ルドーとリリアは双子でこそあるが、二卵性双生児だ。
父親譲りの黒髪癖毛の、目つきの悪い、ゴマみたいに小さい瞳のルドー。
それとは対照的に、母親譲りの薄いさらさらとした栗色の髪、くりくりとした丸い緑の瞳。
双子の兄という色眼鏡があっても、リリアは可愛い女の子の方に分類されるだろう。
実際村の若い男衆からは、そういう目で見られている。
睨み付けて追っ払っているので、リリア本人は知る由もないが。
両親の顔を見れば、間違いなく二人の子どもだと言われる程にはそっくりらしい。
だが双子としては、似ても似つかない容姿をしているので、旅人などからはよく誤解されるのが常であった。
そんな両親も七つの頃に、流行り病で二人とも亡くなってしまう。
写真なんて物もこの田舎にはなかった為、実情を知っている村人達くらいしか、もう証明してくれる人はいなくなってしまっているのだ。
そう騎士隊長にルドーとリリアが説明すれば、なるほどとようやく納得して顎に手を当てていた。
「しかしこんな小規模な魔の森の奥に、古代魔道具があったとはね」
「古代魔道具? 普通の魔道具じゃなくて?」
「大昔に作られたオーパーツだ。普通魔道具は、使用者が魔力を込めることで発動するんだが、古代魔道具はどういう訳か、魔道具そのものに魔力が宿り、魔力を持たない者でも扱える。さらに普通の魔道具は、経年劣化して最終的には壊れるんだが、古代魔道具は経年劣化することもなく、壊れることもない。永遠に存在するんだ」
「それがこいつだって?」
軽い金属音をたてながら、聖剣と呼ばれたそれを膝に置く。
ルドーが握っている間は特に問題はなかった。
だが、気絶したルドーの手から剣を離して運ぼうとした瞬間、剣に触れた魔導士が、聖剣から発生した雷魔法に、激しく感電して重傷を負った。
つまり現状ルドー以外に持つことが出来ないらしい。
勇者を授かったおかげだとでもいうのだろうか。
物々しい黒い刃が、値踏みするように怪しくギラリと光る。
『こいつとか軽く呼ぶんじゃねぇよ、レギアだ』
「レギア?」
『おぅ、お前気に入ったぜ、よろしくな坊主』
「誰が坊主だ、俺だってルドーって名前がある」
頭に声が響く。
さっき受けた物々しい説明とは裏腹に、かなり軽い感じで聖剣がルドーに話しかけてきていた。
これが本当に先程説明された、特別な凄い物なのだろうか。
それにしては、やたら軽い感じで話しかけてくるような。
いったいどういう事だろうと、ルドーが首をあげて騎士隊長とリリアに向き直ると、二人とも信じられないように目を見開いて呆然としていた。
ゆっくりとリリアが、怯えるように口に手を当てて肩を震わせる。
二人の尋常ではない様子に、ルドーは意味が分からず、ひたすら困惑して首を傾げる。
恐る恐ると、リリアがゆっくりと口を開いてルドーに言葉をかけた。
「……お、お兄ちゃん、今、誰と話してたの?」
「は?」
「君、大丈夫かい? 魔導士たちの説明では、後遺症はないはずなんだが……精神的なものかな?」
「へ?」
「わ、私もう一度回復魔法試してみます! やり方教えてください!」
「待て待て待て! 俺は正常! 正常だって! ていうか今の聞えなかったのか?」
必死の形相で騎士隊長にリリアが掴み掛ろうとして、ルドーは慌てて両手を振った。
頭の中にはここまではっきり声が聞こえたはずなのに、二人には聞こえていないのだろうか。
そう思ってルドーが向けれた視線の先には、心配するような猜疑的な顔が向けられていた。
「聞こえたって何? お兄ちゃんほんとに大丈夫?」
『どうやら俺の声が聞こえてんのはお前だけみたいだな、ルドー』
響く頭の声に、ルドーはゆっくりと視線を下げて、恐る恐る聖剣を見やる。
聖剣が特に勝手に動くような素振りは、今のところ見られなかった。
ただリリアだけでなく、古代魔道具について説明していた騎士隊長でさえ、怪訝な表情を見せた。
つまりこれは古代魔道具でも、そうそうない事例だろうという事は説明がつく。
訳が分からずルドーが困惑していた時、使い古した木製のドアがガチャリと開かれた。
「まぁ古代魔道具そのものがオーパーツだ。我々も初めて見るものだから、知らない情報があってもおかしくはない」
高貴なマントを羽織った優男が、開いたドアから部屋に入って来る。
騎士隊長から、彼が国から派遣された魔導士長であることは、既に伝えられていた。
ルドー達を最初に発見して、鑑識魔法を掛けたのも彼だ。
その後彼は王宮に大慌てでとんぼ返りして、別部隊を即座に引き連れて飛行魔法で戻ってきた。
そこ事から、彼がこの国のトップ魔導士であることは想像に難くない。
調査から戻り横に並び立った魔導士長に、騎士隊長が話を聞き出し始めた。
「状況は?」
「そこのルドー君の証言を元に調べた所、その聖剣が刺さっていた場所周辺に遺体が多数放棄されていたことが分かった。瘴気が濃すぎて見えなかったんだろう、白骨化して久しくほとんど土に帰っていた状態で確認しにくかったが、ニ、三十は下らなかった」
ルドーとリリアの目の前で話される報告に、二人して身震いした。
ニ三十は下らない数の遺体。
村からすぐ傍の魔の森で、奥深くとはいえそんなものがあったなんて話、二人は聞いたことがなかった。
そんなルドー達の様子には気付かず、騎士隊長と魔導士長は話し続ける。
「その放置された遺体から瘴気が発生し、今回の大規模魔物暴走に繋がったと?」
「可能性は高い。この規模の魔の森から発生する量の魔物ではなかったと報告は受けている。別の要素とすれば、その数多の遺体が原因となるのが自然だろう」
「しかし森の奥に何故そんな数の遺体が……」
「それをこれから調べるのも、我々の仕事だろう。その為に派遣されたんだ。小規模な魔の森から発生しない規模の魔物暴走だ。国としても放置できん、ここだけではなく、周辺の小規模の魔の森の再調査も予定されている」
「やれやれ、仕事が増えそうだ。ルドー君、リリア君、協力感謝する」
騎士隊長と魔導士長が、それぞれ向き直り軽く会釈をしてくるが、こちらとしては笑える話ではなかった。
話の経緯から、おおよそ最近の出来事ではないにしても、村の傍の魔の森で起こったこと。
――――冷静に考えれば、それはつまり。
「昔の、村の人たちの遺体って事、かな、お兄ちゃん」
「リリ、考えるな」
「でも……」
森に迷い込んだ村人が聖剣を見つけて、何かしらの生存手段の為に抜こうとして、雷に焼かれて死んだ。
そういった経緯を嫌でも考えてしまう。
今手にしているのは、実はとんでもない人殺しの代物なんじゃないか。
聖剣の柄を握る掌に、じっとりと汗がにじみ、胃のあたりが重くなる。
そんなものを手に入れて、勇者と名乗って良いものだろうか。
「亡くなった者たちも改めて丁重に埋葬する予定だ、彼らの身元調査も含めてね。ただ今のところ旅人のような装飾品が多く残っていた事、森の奥深い場所にあったことを踏まえると、地元の人間が迷い込んだ可能性は低いとみている。君たちは魔物によって追い立てられていたのだろう? おそらく逃げ切れない場所まで囲い込もうとしていたのだろう、だから地元の人間でも足を踏み入れないような最奥に辿り着いた」
騎士隊長の説明で、村の人たちの可能性がかなり低くなる。
話を聞いてルドーとリリアは、安堵して思わず息を吐いてしまった。
人が死んでいる事には変わりない。
それでも知っている相手と知らない相手だと、こうも違うものなのだろうか。
安堵してしまったことに気付いて二人、下を向いて思わず、反省して後悔した。
だが騎士隊長と魔導士長は、特に責めもせずに見守ってくれた。
旅人が多数死んでいたという事は、そいつらがこの聖剣をあの場所に設置したのだろうか。
しかしルドー以外触ると雷魔法が放たれるこの聖剣を、どうやってあの森まで運んだのだろう。
話を聞く限り、かなり古いとされるその死体たち。
一体いつなのかは知らないが、当時はルドーと同じように、聖剣に気に入られて触ることが出来る人間でもいたのだろうか。
それがなんらかの魔物に襲われてしまい、聖剣が手から落ちてしまったがために戦えず全滅。
そしてあの誰にも知られない場所に、聖剣だけ安置されてしまったのだろうか。
それならだれも近寄らないはずの魔の森の奥底に、ポツンと聖剣が刺されていた事にも、周囲に死体が散乱していた事にも納得がいく。
ルドーが考えられる限りこれしかないと思った。
試しに聞いてみたいが、また変人を見る目で見られることが嫌だったルドーは、後で聞こうととりあえず保留にした。
「魔物って、そんな知能的な物なんですか?」
ルドーが一人そんなことを考えていると、怯えた様子のリリアが騎士隊長に質問して、現実に引き戻される。
掛けられた問いかけに、騎士団長は物々しい雰囲気で口を開いた。
「魔物は本能的に動くものだ、動物的な狩りと近しいかな。ただし生き物とは違うから疲れ知らずでどこまでも追いかけてくる。正直に言おう、我々だけではこの辺境は遠く間に合わなかっただろう。君たちが今回助かったのはあくまで幸運だったという事だ」
ルドー達は思ったよりも危ない状況にあったことに、話を聞いて初めて気づいて身を震わせた。
聖剣があったから無事だったようなもので、なければあの遺体たちと同じ運命を辿っていただろう。
騎士隊長の話にごくりと息を飲み込む。重苦しい沈黙が続いた。
 




