第十七話 エレイーネーの厄介者
もしクロノが魔導士そのものを目指していなかったのなら、魔法を使えないのも使わないのも納得だし、そんな状態の彼女を攻め立てていたエリンジは履き違えていたといってもいいだろう。
ただ魔法科の教室に居れば事情を聞かなければ分からないことであるので、入学数日でその事情を知るのは厳しいと言える。
クロノの方も伝えられていた科目から変えられ、挙句毎日の如く魔法で突っかかってこられていたら嫌気がさすし、反撃で一撃食らわせても仕方ないだろう。
「でも、いつだったか潜在魔力はエリンジくんより高いって言ってなかったっけ」
「そういや前にそんなこと言って突っかかってたな。エリンジ、それ誰から聞いた?」
「スペキュラー先生からだ」
「確か副担任の先生でしたわよね、名簿でお見掛けしましたがまだ直接会ってませんわ」
「エリンジどこであったんだ?」
「廊下でたまたまだ。それでクロノについて小言を言っていたら声をかけられて長々と語っていた」
エリンジ曰く先生の話は恐ろしく長かったが要約すると、この学校きっての潜在魔力量の保持者なので将来の期待が高いからそんなに邪険にするんじゃない、みたいなことを言われたそうだ。
「魔力量が魔導士希望より高かったから基礎科から引き抜いたってところですか?」
「でもでも本人は基礎科が希望で家族もそのつもりで入学許してたんだよね、話がついてないってどういうこと?」
「……ちょっと君たちその話は本当なのかな?」
「うわっ、ネルテ先生!」
メロンが疑問を呈しているといつの間にかネルテ先生が背後に立っていた。
顔は笑顔でいるものの、とんでもない圧を感じて皆一歩後ろに引いた。
「三年のお兄さんに言われて何のことかと思ったら……これはスペキュラーに一回問い詰めないといけないか、話が長くて面倒だが仕方ない」
「あの先生、気になるんで俺たちもついて行っていいですか」
「あーそうだね、君たちもついて来てくれるかな、話せるやつが多いほうがいい」
「それはどういう……」
「行けばわかるよ」
そういってニッコリ笑いながらズンズン進んでいったネルテ先生を、エリンジを筆頭にルドー達も追いかける。
階段を下りて上がって廊下を進んでしばらくすると、のっぺりとした薄灰色の陰険な顔の男が立っていた。
なにやら思案顔で窓の外の方を眺めている男は、黒に近いグレーの髪が風を受けているのに塊のようにバサバサ靡いている。
「スペキュラー! 君に聞きたいことがある!」
「おやおやネルテ先生お日柄も良くこんないい天気なのにあなたはいつもいつも外に出てその活発さで周囲を押し引いているというのに今日のように晴れやかな日は外に出るべきではしかしそれなのに外に出ずにこんなところで私のような人に声をかけるとは緊急事態ですかいやそんなことありません私ごときに緊急事態を伝える様な事はないでしょうしそれなら学校の警報機が鳴るはずそれがないとなれば緊急を要する事態となりますがあいにく私は世間話が苦手で話すべき話題を持ち合わせておりませんが必要ならこのちっぽけな脳みそ捻って話題を作りましょうまずお日柄と申しましたが今の季節は金木製が蕾を付け始めまして」
「こっちの話を聞けーい!!!!」
間髪入れずにしゃべり始めたスペキュラー先生に、ネルテ先生は指差して怒鳴る。
あまりの怒涛の話しっぷりに面食らって思考に鳥が飛び始めていたルドー達はその怒鳴り声で現実に引き戻された。
「君たちもこいつが話し始めたら被せろ! 延々としゃべってられるんだこいつ!」
「えっ」
驚くルドー達を放置してネルテ先生はスペキュラー先生に向き直り、ビシッと指を突き付ける。
「クロノワール・レペレルが基礎科からなぜか魔法科になっていたという話に覚えはあるかお前!」
「いかにもタコにも私が彼女を見かけたのは紫陽花が良く咲き誇っていた朝露残る季節あれはまさにみごとな景色で形状表現魔法でもあれば再現したいくらいには美しくそういえば再現魔法はまだ周知され始めたばかりの為あまり使えるものが少ないのですがそのせいであまり使い手がいないという話を耳にした私は再現魔法を極めて布教すれば使用者が増えることつながりそれによってまた社会が一歩次のステージになるのではと考え」
「どこで見かけたんですか!」
リリアが叫ぶ。
ネルテ先生の助言の意味が何となく理解出来てきた面々は脱線し始める会話をなんとか聞きたいことに集中しようと質問内容を考え始めた。
「私が彼女を見かけたのはヘーヴ先生に緊急の提出書類が発生したために暇をしていた私に折よく声を掛けてきたのが始まりでなんでも基礎科の試験なので筆記試験の監督をお願いされ嵐のように去っていったので教室を聞き忘れましたが教室を探そうと探知魔法を使うととんでもない魔力量を探知していや半端のない魔力量に度肝を抜いてこのまま進むべきか報告するべきか色々と思い悩んで思い悩むと言えば私は今日の夕食の準備を忘れまして何を作るべきか悩んでいる所で健康を考えて魚にするべきか精力を付けるために肉にするべきか」
「魔力量に驚いてその後どうしたんですか!」
今度はメロンだ。
「魔力量がそれはとても多く事前にネルテ先生から渡されていた入学願書の報告書で拝見した魔法科の生徒達の量をはるかに凌駕どころかこれは下手したら校長と同等かその下あたりなのではと目算ながら感じてしまいましてしかし肝心のヘーヴ先生はいないと黄昏ながら歩いておりましたら噂をすれば影が差すとはまさにこのことで校長がばったりその場に居合わせまして色々話をさせていただきましたそれはもうさっき見た紫陽花は見事でしたし最近実家のウサギたちがまた繁殖したらしくそれはそれは可愛らしい」
「校長先生と会って報告はどうしたんですか!」
アルスも被せた。
「校長に魔力量の報告は確かに遅れましたそうかなり後の方になりましたが確かに伝えました魔力量がかなり多くこれを手放すのは世界にとって大損に繋がるとそれはそれは力説させていただきましたところ校長もかなり乗り気になっていただきまして本人には私から説明させていただくのでそれはもう頑張って説得してますし何なら今も説得してる途中ですししかし私は諦めませんので」
「要するに本人やご家族の許可なく勝手に学習科目を変えた上に事後報告したってことだね!」
両手を上向きに広げて困惑しながら怒鳴るネルテ先生。
要約された内容にルドー達もドン引きしていた。いくらなんでも事後報告はない。
「校長は私の力説にとても感心されていてそれならば一任すると伺いまして私はあまりものを任せてもらうことが少ないのでこれは頑張らねばと一念発起したわけでヘーヴ先生の資料から彼女の情報を抜き出して魔法科に校長の許可の元入れたわけで何度か話に来られたので誠実に訴えている所なのですが如何せん多感な時期なのか話がそこに辿り着く前にいつも引き返されまして私の不徳の致すところ次第ですが私は校長に任された以上諦めませんのでこれからも説得をしたいので早急に見つけなければいけないので定期的に探知魔法をかけているのですがなぜか発見できず」
「わかったよもう! あとで他の先生にも報告するから覚悟しとけよ!」
右手を強く握り込んでブルブル震わせながら怒鳴り去っていくネルテ先生に慌ててルドー達も続いた。
スペキュラー先生がネルテ先生に面倒だと思われている理由を理解する面々。別れた後もずっと何やら話し続けていた。
終始ニコニコと喋っていたので悪い人ではないのだろうけど、如何せん話が長い上に脱線しまくっている。
たしか魔法科の副担任とのことだがネルテ先生に何かあった場合あの人が授業をするのだろうか、話をしているだけで終わってしまうのではと一同は恐怖した。
「スペキュラーだけにこんなことが出来ると思ってなかったが校長が噛んでいたか! あぁもうこれは緊急の職員会議だ! 君たち、魔法訓練は自主的にしといて! 多分戻ってこれないから!」
ネルテ先生の言う通り、校内放送で先生たちが集められたと思ったら魔法訓練にネルテ先生は最後まで現れなかった。
この日の職員室周辺を歩いた生徒からはかつてないほどの話し合いの様子にまるで台風でも発生していたのでは囁かれている。




