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94話  無理だよ


「会いたかった。ずっと…ほんとに会いたかった。リョウくん」


六樹となつめの二人は近くに座り、再会を噛み締めていた。六樹も答える。


「死んだと思ってた。でも納得出来なくて……ずっと探してた。本当に生きてて良かった」


なつめが隣に座る六樹の手を握りしめる。微かに震える冷たい手。それでも確かな体温を感じる。


六樹はそれが彼女の存在証明になっていると感じた。


正直彼女がこの世界で魔王と呼ばれ恐れられているという事が信じられない位には普通の少女だ。


「本当に、リョウくんなんだよね?」


少し不安げな彼女に、六樹はその言葉を肯定する。


「間違い無いよなっちゃん。確かにただ成長しただけでは説明出来ない位に変わったけど、俺は俺だ」


そう言うと、六樹の手を握るなつめの指に力が入った。


「私の事……覚えてる。よね?」


「忘れるわけない」


「……よかった。私も、だから」


六樹は一言だけだが、力強くそう答えた。彼にとってそこは揺らがない。


「リョウくん。私のお父さんとお母さんは今何してるか分かる?」


なつめは不安の入り混じった様子で六樹に尋ねた。しかし六樹は首を振る。


「ごめん、分からない。なっちゃんがいなくなって1年くらい後に引っ越したんだ。今は何をしているのか…」


「…………そっか、そうだよね」



そして、六樹は一拍の後、彼にとって一番重要な問いを投げかける。




「なっちゃん。君は本当に魔(・)王(・)なのか?」



真っ直ぐ目を見て六樹はそう問いかける。


なつめは、目を逸らして自傷気味に答えた。



「…………そうだよ。私は魔王、偽物でも誰かに罪を押し付けられた訳でもない。正真正銘、私が魔王」





「なんで、なんでそんなことを……」



六樹はショックを受けながらもそう聞き返す。その返答次第では、なつめの為に世界を敵に回しても良いと、六樹は本気で考えていた。


「…………。」


少し俯いたまま黙る。


何度か口を開きかけるが、言葉にならない。


その様子を見た六樹は


「今は、うまく話せない?」


と聞き返した。

なつめは小さく頷いた。


「……ごめん」



「分かった。落ち着いたら教えて欲しい。なっちゃんの事、知りたいから」




「………うん。ありがとう。リョウくん」



なつめは握ったままの六樹の手を見つめた。


「……ねえ、リョウくん」


「ん?」


「あの日のこと、覚えてる?」


「あの日?」


「私達が……離れた日のこと」


六樹は少し考えてから頷いた。


「……うん。覚えてる。忘れるわけない」


「あの日、リョウくんに見つからないようにずっと山奥まで行ったんだ」


なつめは少し声色を低くして続けた


「そしたらね。帰り道が分からなくなったの。そのまま日が暮れて、すごく怖かった」


なつめの指が、六樹の手を握り直す。


「馬鹿だよね。リョウくんと離れちゃって、一人になって……どんどん暗くなって」


「……」


「そのまま、私はこの世界に来た」


なつめは少しだけ俯いた。


「だから私ね……あの日から、あの夕暮れから一度も夜が明けてないような気がするの」


「……なっちゃん」


「朝になっても、ずっと夜の中にいるみたいで」


なつめは六樹を見る。


「でも……今、リョウくんがいる」


「……」


「だから、もしかしたら……やっと朝になったのかなって」


六樹は少しだけ笑った。


「じゃあ、もう大丈夫だ」


「……うん」


なつめも小さく笑った。



◇◇


「…………リョウ。やっと、会えたんですね」


路地の裏、2人から見えない場所にアンリは立っていた。突然取り憑かれたように何処かに向かう六樹を追いかけるとここに辿り着いた。


「彼女が……なつめ」


「魔王と呼ばれている人ですか……」


遠目からなつめを見ただけだが、至って普通の少女だ、魔王だなんて呼ばれる存在とはとても思えなかった。


六樹はなつめに優しく、それでいて力強く話しかける。


普段自分には見せた事のない声でなつめに語りかける六樹を見てアンリは少し寂しそうな表情をした。


しかし


「ここは…二人だけの時間ですね……」


アンリは静かにその場から離れる事にした。


今は二人の時間だと自分に言い聞かせて


◇◇



六樹は気を取り直してこう言った。



「じゃあ今度は俺が質問に答える番だ、何でも聞いて」


俯いていたなつめの顔が上がる。そして恐る恐るといった様子で質問した


「リョウくん、いつからこの世界(こっち)にいたの?それにその見た目、どうしたの?」


なつめはおよそ日本人とは思えない見た目について言及する。


「こっちに来たのはつい数ヶ月前だ、突然連れてこられた」


「数ヶ月前?」


「いや、この場合厳密には二年前なのか。二年前、俺たちはクラスごと召喚された」


「……、クラスごと?」


「ああ」


そして、六樹はこう続けた。


「その時、俺だけ世界の狭間みたいな所に落ちた」


「え?」


「時間の歪みがあったらしくて、数ヶ月前にこの世界へ流れ着いた。目が覚めた時には、この姿だった」




「……どうして、そんな所に落ちたの?」




「転移中、攻撃を受けたらしい」



その瞬間、なつめの顔が一気に青ざめた。


「そう、なんだ……」


六樹の手を握るなつめの指の震えが微かに強くなる。しかし六樹はそれに気づかなかった。



なつめがボソボソと呟く


「転移中、勇者達を狙った攻撃、失敗、でも一人仕留めた…はず…それが…リョウくん?」


「?……なっちゃん?」


「私が……命じた。私が………リョウくんを、殺(・)そ(・)う(・)と(・)し(・)た(・)?」


最後の言葉だけ六樹は聞き取れた。慌てて弁明する。


「大丈夫だなっちゃん、俺は死んでない!この通りピンピンしてるから!」


しかし、なつめは顔を上げなかった。


握っていた六樹の手に力が入る。


「……違う」


「え?」


「死んでないとか、そういう話じゃない」


震える声で続ける。


「私は……あなたを殺そうと命じた」


だが、なつめは自身の言葉をすぐさま否定する。


「いや、違う。私は勇者を殺そうとしたんだ!私の敵を!」


そして、なつめは考えてみれば当然の結論に行き着く


「リョウくんが……勇者?」


そう聞いてきたなつめの雰囲気が変わった気がした。


「!?…なっちゃん?」


六樹は背筋に冷たい感覚を覚える。


「百足の六樹って、リョウくんの事だよね?」


六樹は息を呑む。


否定する理由はなかった。


「……ああ。」


その一言で十分だった。


なつめは静かに俯く。頭の中で何かが軋む。


違う。

違う違う違う。


私は間違っていない。私は魔王だ。勇者は敵だ。



だから



「そっか……リョウくんは勇者で、私(・)の(・)敵(・)なんだ」



(なんだ!?なっちゃんの様子がおかしい)


六樹は冷や汗を我慢しながら弁明する。


「なっちゃん!俺は君の味方だ!」



その言葉を聞いたなつめは手を耳に押し当てて苦しそうな顔をした。


「やめてやめて…やめてよ…」


そしてすぐさまその顔に憎悪が宿る。


「私を利用しようとした奴は、みんなそう言った」


なつめの周囲に膨大な魔力が渦を巻く。


六樹の本能が叫ぶ。


逃げろと


「なっch…」


言葉が終わるより早く、魔法が放たれる。


ドーーーンッ!!!


近くの壁に六樹は叩きつけられた。


「かっ…はっ…!」


気づけば10メートルは飛ばされたらしい。なつめが遠くなっていた。



体内でエスタが叫ぶ


エスタ(剣を取れ相棒!やるしかねーみたいだぞ!!)



六樹は壁に手をつきながら立ち上がる。

身体が痛い。しかしそんな事は二の次だ


目の前にいるのは確かになつめだ。


声も顔も、成長したが彼女である事ははっきりわかる。


だが今、自分に向けられている目だけが違う。


「……なっちゃん」


なつめの周囲に魔力が満ちるのを視覚で見えた。こんな事は初めてだ。


「来ないで」


「……」


「来ないでよ、リョウくん」


震えている。


怒っているのではない、怖がっていると六樹には分かった。だから剣を抜かない。


「俺は戦うつもりはない」


「嘘」


即答だった。


「そうやってみんな言った」


なつめの魔力が膨れ上がる。


「勇者は魔王を倒すんでしょ?」


「……」


「私は魔王なんだよ?」


六樹は心の底をありったけぶちまけた。


「そんな事どうだっていい!!!」


「……え?」


「魔王とか勇者とか、そんなの知らない、そんなもの後から貼り付けたラベルだ」


「俺が知ってるなっちゃんは」


一歩近づく。


「山で一緒に遊んで、くだらないことで笑って、かくれんぼで俺が見つけたら悔しがって!泣きながら俺の後ろをついてきた、あのなっちゃんだ!」


「なっちゃん!俺と一緒に日本に帰ろう!」


六樹はそう語りかけた。嘘でもその場しのぎでもない、本心だ



「帰る方法はまだ分からない。でも絶対見つける。だから」


「無理だよリョウくん」


なつめは悲しそうに六樹の言葉を遮る。


「今の私はもうリョウくんが知ってる私じゃない」


なつめは六樹を見つめてこう言った。



「だって私………自分の漢字(名前)すら分からないんだよ?」



なつめの周りに魔力が圧縮される。そして唱えた。


「衝界(インパルス)…」


次の瞬間、魔法というにはあまりにも原始的でありそれでいて魔力による衝撃波が周囲に撒き散らされた。


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