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93話  やっと見つけた


「名前は確か……ム(・)ツ(・)キ(・)・(・)リ(・)ョ(・)ウ(・)」


それはあり得ない名前だった。魔王と呼ばれ人々から恐れられる存在であるなつめにとって、その名前は聞き捨てならなかった。


「私が行く」


なつめはいつの間にかそう口にしていた。それを聞いた腹心エルトは血相を変えた。


「何を…言ってるんですか!?国家元首が密偵など……自分の立場を分かっているんですか?」


「分かっている。もし本当にカノイを殺せる実力者なら、暗殺や奇襲で処理しないとならない。その判断が出来るのも、実行出来るのも、私じゃないと」


「本当にそうなら尚更看過できない………返り討ちに遭う可能性だって高いんですよ!?」


エルトの言うことは最もだった。確かに彼女であれば、敵の実力を測りその場で不意をついて倒す事も可能だろう。しかしリターンに対してリスクが大き過ぎる。


「私なら、確(・)実(・)に(・)逃げられる」


しかしなつめはそう言い切る。その言葉にエルトは黙り込んだ、そこには確かな説得力があったのだろう。しかし


「相手が未知数である以上……なつめ様を矢面に立たせる訳にはいきません……それに体調だって!」


答えは変わらない。すると、なつめはエルトの目を見て少し弱々しくしかし芯のある声色こう言った。


「エルト…行かせて」


「!………」


エルトは少し黙り込んだ。そしてしばしの沈黙の後こう言った。


「……魔導都市には……カノイさんを侵入させる為に開いたルートがあります……運が良ければ……まだ使えるかもしれません」


「ありがとうエルト、ごめんなさい」


「………どうか……ご無事で」


こうしてなつめは大急ぎで魔導都市へと向かう支度をする。


「………」


無言で歩くなつめ。しかし、その胸中は静かに荒れ狂っていた。


(ムツキ・リョウ……)


その名前を頭の中で反芻する。


(リョウくん……?)


あり得ない。


そんなはずはない。


だって、あの日からもう何年経ったと思っている。

12年だ、両親や彼と無理やり引き剥がされてから12年の月日が経った。


もう顔なんて…………


(……覚えている)


鮮明に思い出せる。


今もまだ、掛け値なしに幸せだったあの日々が鮮明に


彼の笑い方も、山の匂いも、迎えに来てくれた両親の声も全て、忘れられるわけがない。


(……でも)


思考が止まらない。


もし本当にリョウくんなら?

もし、また会えるなら?


会ってどうする。


今更どんな顔をして。

今の自分を見て、彼は何と言うのだろう


怖い


そう思った瞬間、なつめは自分でも驚くほど強く拳を握り締めていた。


(……それでも)


会いたい。


会って、確かめたい。


そして彼女は地下工房へと辿り着いた。


そこには大量の資料や本が積まれてある。よほど読み込んだのか相当くたびれていた。そして、その周りにはそれ以上に大量の計算用紙が散らばっていた。それは彼女によって書かれたものだ。


そして、彼女は工房の奥に進むと地面に書かれた一つの魔法陣の上に立った。  


なつめは少し息を整える。


「落ち着け…私…」


そして彼女は自分の頭を整理する為に声を出す。


「座標設定:ウィザリア・アンカー、誤差の許容範囲は半径140、計算を開始する」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「いた〜〜い!!」


騒がしい声が響き渡る。六樹が寝起き眼でリビングに向かうと、リベルが六樹に助けを求めてきた。


「助けてリョウ兄ィ!アン姉ェがぶった〜」


とりあえずよしよしと頭を撫でてリベルをあやす六樹


「あっほんとだ、綺麗にたんこぶ出来てる」


漫画の悪ガキの様にたんこぶを作るリベルに感心しつつ六樹は質問した。


「で?何やらかしたんだ?」


「なんで私が悪いの前提なんだよ!?」


「違うのか?」


「うっ……」


日頃の行いのせいで全く信用されていないリベルは図星を突かれたのか六樹の言葉に黙り込んだ、そしてモジモジしながら白状し始める


「えっと…アン姉ェがいつも着ている龍の鱗の鎧を着てみて……」


「あぁ〜、俺があげたやつか、確かに大事にしてくれてたけどそれだけで怒るか?」


するとリベルは目を逸らしながら続けた。


「えっと、それで、調子に乗って朝ごはんを食べてたら…思いっきり汚しました」


「アウトだな、もう一発殴られろ」


「助けてよ〜〜!」


するとカンカンになったアンリが現れた。


「リョウ〜、少し退いてくださいね〜?ちょっとリベルちゃんとお話ししなきゃですので」


ジリジリとにじみ寄るアンリ、するとリベルが潤んだ瞳で助けを求める


「頭凹んじゃうよ〜、リョウ兄ィ助けて〜」


「……………はぁ〜〜。」


六樹は大きなため息をつくと、リベルとアンリの間に立つ


「アンリ、ちょっと買い物にでも付き合ってくれないか?」


「聞こえませんでしたかリョウ?ちょっとリベルちゃんとお話ししないと」


まだ怒りが収まっていなさそうなアンリを六樹は懐柔する事にする。


「あの鎧大切にしてくれてありがとう。だからこそあんまし怒ってほしくないんだ。アンリ…」


「リョウ?」


優しく語りかけた所かなり手応えを感じた。六樹はもう一押しする。


「リベル!反省してるか?」


「はい!」


「罰としてしっかり洗って磨いておく様に!」


「分かりました!」


恐ろしいほどキレの良い返事でリベルは六樹に乗っかる。そして、六樹は再度聞き直す。


「じゃあアンリ、少し付き合ってくれない?」


「……しょうがないですね」


◇◇


自身の罪を清算するリベルを横目に六樹とアンリは街に繰り出した。アンリはいつか友人のグレースから貰った白いワンピースを着てバッチリと決めていた。


「どこに行くんですか?」


「ごめん、実はあんまり考えてないんだよなぁ」


リベルを庇って突発的に言い出した事だったので、ノープランだ、六樹は特に隠すことも無くアンリに告げた。するとアンリは優しく微笑み返す。


「ふふっ、そんな事だろうと思いましたよ」


「だから、ゆっくり散歩でもしようか?アンリ?」


「いいですよ」


そして少し歩き始めたタイミングで六樹は少し照れくさそうにこう言った。


「アンリ、その服よく似合ってる」


アンリは少し驚いた後、すぐに太陽の様に笑って返した。


「ありがとうございます!」


◇◇


バチバチバチ!!と薄暗い部屋に魔法の光が眩く

するとドサッと黒髪の少女が虚空から現れた。少女は膝をつき座り込む


「ふぅ…」


息を落ち着けながら辺りを見回す。薄暗い部屋、そこは都市の地下施設だった。下水道が近いのだろう、嫌な臭いが鼻腔をくすぐる。


「危ない。少しズレたみたい。計算が狂った」


魔法陣から1メートル程離れた彼女はそう言うと、すぐ隣にある石造りの壁に手を置き立ち上がる。


「リョウくん…」


そう呟くとなつめは地上に上がる。コートのフードを深めに被る。大丈夫、今は一般市民と見分けがつかない筈だ、事実まだ誰にもバレていない。


◇◇


「リョウ、何か面白いものがありますよ」


六樹とアンリの二人は市場に来ていた。

アンリは楽しそうに買い物をしている。六樹も肩の力を下ろしながら普段とは違う歩幅でゆっくりと見て回る。普段は市場に行っても必要な物を探す為こうして目的も無く歩くというのも悪くない気がする。


近くでは買い物に夢中な保護者の帰りを待つ子供達が遊んでいた。アンリはそれを微笑ましそうに見ながら六樹にこう問いかけた。


「リョウ、子供は好きですか?」


「俺みたいに擦れてないなら好きかな」


「もう、またそんな事言って」


少し茶化す六樹にアンリは頬を膨らませる。そしてこう続けた。


「私は好きです。将来は温かい家庭を持って、沢山の子供達に囲まれて毎日ヘトヘトになりながら笑って暮らすのが夢なんです」


アンリはそう自身の夢を語る。それは未来の絵を思い浮かべると同時にどこか昔を思い出す様な表情だった。


彼女はそんな夢を自身に語った。

六樹にはアンリの夢の姿が容易に想像できた。彼女なら実現出来ると心の底から思える。そしてその隣に自分が居たら、それはとても幸福なのだろうとも


しかし六樹はそれに答えることが出来ない。自分はこの世界からいなくなるかもしれないからだ。


「アンリ…


六樹がアンリに何か言いそうになっその時、子供のよく通る声が喧騒の中、六樹の脳内に響いた。


「かくれんぼしよう?」


「っ…!」


六樹が言葉を詰まらせた。その目にはあの日の記憶が蘇る。


「リョウ?どうかしましたか?」


アンリが心配そうな声色でそう聞く。すると六樹は口角を上げて答えた。


「なんでもない、ちょっと噛んだだけだから」


すると、アンリは六樹に無言で近いた。


「こういう時の嘘は、本当に下手ですね」


「………。」


「リョウ、あなたは強い人です。本当に……強くありたいと願っている事も分かります。だからこそ、私くらいには弱い所を見せてください」


アンリは六樹にそう語りかけた。六樹は聞き返す。


「失望するかもしれないのに?」


するとアンリは笑って答えた。


「あなたが私の欠点を補ってくれる様に、私もあなたの欠点を補います。だから信じてください。私達はもう一人じゃないということを」


「そうなのかな」


「そうですよ。リョウ……」


すると、アンリは声のトーンが落ちる


「……でも、少しだけ不安になる事もあるんです。リョウ、あなたは時々、凄く遠くのことを見ている気がします」


六樹が何か言う前にアンリは続けた。


「家族のことですか?」


「!?」


「故郷か、もしくはあの人の事か……私には分かりません。でも考えてしまいます。いつかあなたが帰る日が来るんじゃないかって」


「私はあなたの幸せを願っています。だからこそ聞かせてください。」


一瞬、アンリは辛そうな顔をした。まるでわがままを噛み殺した様なそんな表情を


「答えはすぐでなくとも構いませんので」


そしてアンリはそう前置きした上で六樹に重要な問いかけをする。


「リョウ、あなたは帰(・)り(・)た(・)い(・)ですか?」


◇◇


市場の喧騒の中を歩く、百足という二つ名の者はこの辺りで見たと聞いたからだ。

野菜を売る声、値切り交渉をする声、子供達の笑い声。男の子と女の子がかくれんぼをして遊んでいた。


「…………。」


なつめは物悲しそうにそちらを見つめる。


気を取り直して人混みの中を歩く。

フードは深く被ったまま。

しかし、その歩調には僅かな焦りが滲んでいる。


(どこ……?)


視線を巡らせる。

金髪の男

違う。彼じゃない


黒髪の青年

違う。全然違う


背格好が似た男を見つける度に胸が高鳴り、その度に落胆する。


(落ち着いて……)


焦れば視野が狭くなる。そう自分に言い聞かせる。


魔法を使ってどうにか出来ないかとも考えた。

だがそれは危険だった。

この都市には優秀な魔術師も多い。

余計な痕跡を残したくない。


だから自分の目で探す。それが今の最善だった。


「……リョウくん」


無意識に名前が零れる。

自分でも驚くほど落ち着きを失っている。


魔王


そう呼ばれるようになってから何年経っただろう。


こんな風に周囲も見えなくなるほど動揺したことなど一度もない。


それなのに。


(会いたい……)


胸の奥が痛む。


◇◇



「少し休憩しましょうか、飲み物を買ってきますね」


アンリがそう言って路地に入っていく。


六樹は軽く手を振る。

少し離れた場所で待つことにした。


市場の端。


石造りの建物の壁にもたれ掛かる。

人の流れをぼんやり眺める。

さっきの会話がまだ頭に残っていた。


「帰りたいですか?」


アンリの言葉。


答えられなかった問い。


(帰りたい、か……)


分からない。


帰りたい気持ちはある。

だが今の生活も失いたくない。

そんな中途半端な自分が嫌になる。


ふと視線を上げた。

人波の向こう。

黒いフードを被った人物が歩いていた。そしてすぐさま路地裏に入っていた


「……!!」


その瞬間、心臓が大きく脈打った。

気づくと六樹は立ち上がっていた。


自分でも何故だか分からない。しかし砂漠で水を見つけたかの様に体が無意識のうちに動いた。本能が言っている。追いかけろと


エスタ(おい相棒!どうかしたのか!?)


エスタが六樹に語りかける。


「分からない、でも何故か行かないといけない気がする」


六樹は完全に冷静さを欠いたまま飛び出した。先程のフードの人物が入って行った路地裏へ


「どこだ」


入り組んだ路地裏、六樹は探す。探し回る。そしてまた一つ角を曲がったその時だった。


◇◇


なつめは足を止めた。


心臓が跳ねる。


褐色肌に白髪の青年


(……え)


視線が吸い寄せられる。


違うかもしれない。


十二年も経っている。


顔つきも背丈も変わっている。


それでも。




六樹もまた足を止めた。


顔はフードで半分隠れている。


なのに、なぜだろう。

妙に気になる。胸騒ぎがする。頭では答えを導き出せていない

しかし本能はその答えを知っている。



あり得ない。

そんなはずはない。


それなのに。

二人の時間感覚が同期する。

互いの視線だけは逸れない。


なつめの呼吸が止まる。

六樹の胸がざわつく。


そして、なつめの殆ど呟きに近い声が漏れる


「…………………リョウ、くん?」


「……なっちゃん?」



一瞬、二人の間に沈黙が流れた次の瞬間


バサッと、なつめを六樹が包み込んだ、あの頃とは体格も声色も違う、しかし同じ暖かさを持つ幼馴染がなつめを包む。そして六樹はこれ以上ないほど感情を乗せた声でこう言った。


「やっと、見つけた」



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