92話 魔王軍
またまた間が空き申し訳ありません。
モルガル共和国
「カノイさんが……死んだ?」
魔王軍幹部の一人であり、作戦参謀のエルト・ルサウアは慄いていた。
彼が使役し、カノイ・ウォレストとの連絡に使っていた改造不死者肉の声の信号が途絶えた為だ、厳密にはそして途絶える際一瞬、視界に映ったのは、いつか白の山脈で会った冒険者だった。
「あり得ない……そんな訳が……!!」
確かに実力者である事は確かだった、だが決してカノイには届くはずがない。エルトは頭を抱えた。
「とにかく……事実確認が必要ですね…確実なものが」
そして待つこと数日、他でもないカノイの娘であるミツナ・ウォレストからカノイの死の知らせを受けた。
彼にとっての不幸は留まるところを知らない。
更に立て続けに同時に侵攻していた鬼神ナガリの戦死の報も届く事になったのだ。
◇◇
「皆さん……今集まって貰った理由は……言うまでもありませんね?」
荘厳な会議室、エルトの挨拶が場を包む。その場には4人、いずれもモルガル共和国軍にとって重役だ
すると一人が荒々しい口調でエルトの言葉を肯定した。
「知らせは聞ィてる。まだ信じらんねェけどなァ……他でもねェあの剣聖が殺されたってのがなァ。」
[獣人族軍団長、白虎のチグレ]
彼は腕を組みながら難しい表情をしていた。
「あの、それって本当の事なの?」
[闇人族代表、遡弓のカズナ]
妖艶な雰囲気でありながらどこか内気な彼女は確認を取る。
「同感である。ナガリ殿は確かに強かったがまだ常識の範囲だった。しかしカノイ殿は違う、かの剣聖は神の領域に踏み込んでいた。討ち取られたとというのもにわかに信じがたい」
[魚人族軍団長、海淵のレザビス]
彼もまたカノイの死に懐疑的だった。
しかしエルトははっきりと答える。
「事実です……他でも無い実の娘からの…報告ですから」
そのエルトの補足に他のメンバーも頷かざる得なかった。
「信じ難いけど間違い無さそう、だね」
カズナはそう受け入れる。
「鬼神ナガリも勇者レンに討たれたと聞く。カノイ殿は誰にやられたのであるか?」
レザビスは冷静な口調で、エルトにそう質問する。
「………一級試験参加者達の連合によって……討伐されたと思われます。」
エルトは現状聞いた中で恐らく確実であろう情報を話した。
するとレザビスはもう少し踏み込む
「確かにそれが妥当であるな。しかしだ、ヴェルフ・ウィザードなどの実力者がいたとは言え、試験参加者の大まかな戦力は把握していた筈である。それも踏まえてカノイ殿は勝てた筈だ、何か重大な因子が紛れていたのでは?」
「詳しい所は不明ですが……その中で大きな活躍をしたと思われる者がいます……彼は百足のムツキと名乗ったとか…」
その名前に三人の頭の中に疑問符がついた。
「ムカデだァ!?聞いた事ねェなァ!」
「同感である」 「ごめんなさい。知らない」
全員が口を揃える。
「…そうですね…僕も知りません……」
エルトがそう言った直後、チグレが反応した。
「おォいエルト、お前腹の内に何か隠してんなァ?悪意がねェのは分かる。だが間違いでも構いやしねェ、洗いざらい吐きやがれェ」
チグレの言葉にエルトは図星を突かれた様な表情をした。
「!………やはりチグレさんには…バレましたか」
そして、エルトは自信が無さそうに話し始めた。
「肉の声で一瞬だけ……例の彼を目にする事が出来たのですが………僕は彼に会った事があるかもしれないんです」
「なに?」 「!」 「なんだとォ?」
「一月以上前……ガドル王国内部での仕事を終え…白の山脈を越えて帰還する際……道案内してくれた冒険者……だったかもしれません………」
「なるほど、一度顔を合わせた程度であるなら、確実とは言えなかった訳か」
レザビスがエルトをそうフォローした。
するとチグレが舌打ちしてこう言った。
「冒険者か、結果的にはァ余計な奴にちょっかいかけちまったかもしれねェって事かァ」
チグレの言葉がエルトに突き刺さる。
後に脅威となりうる者を排除する為、本来なら中立であった筈の冒険者であろうとも魔法試験参加者であれば殲滅せよとの指示を出したのは他でもないエルトだったからだ。
「……申し訳ありません………」
「いや、お前ェが謝る事じゃねェ、結果論でどうこう言うつもりもねェ、合意で決めたことだァ、この場の全員に責任がある」
チグレは頭を下げるエルトを宥め話を戻す。
「で?どんな奴だった?そいつァカノイを殺せる位に強そうだったのかァ?」
エルトは記憶を頼りに話し始める。
「褐色肌に白髪の青年です……」
「私と同族?」
カズナがそう質問する。
「いえ…人間です」 「!?」
カズナが驚いた表情を浮かべる。エルトは続けた。
「私が会った時は素人の死霊遣いで剣も持っていました………実力者であるのは確かですが……とてもカノイさんを殺せるとは思えません…」
「褐色、白髪、白の山脈、アルヒ、まさかなァ」
するとチグレが眉間に皺を寄せてこう言った。
「そいつァ、俺も会った事あるかもしれねェ」
その場の全員がチグレに向き直る。
「いつだったかァ?アルヒ付近に攻め込んだ時だァ、町の中で同じ特徴の冒険者が俺の部下を殺してるのをこの目で見た」
すると、レザビスが口を挟んだ
「お前が部下を殺した奴を見逃すとは、意外であるな」
すると、チグレが苦虫を噛み潰したように答えた。
「あの時はコッチに非があったからなァ、それに援軍に来た冒険者共に最低でも2人、かなりの強者がいた」
チグレはやや不機嫌そうにことの顛末を話す。
「そうであったか、アルヒの冒険者は層が厚いと聞くしな」
「……結果的にはあの時殺せてたらこんな事にはァ…」
「チグレ、続きを、相手はどんな人だったの?」
カズナがチグレに強い口調で話を戻すよう促した。
「雑魚だ、雑兵にも満たねェ雑魚」
チグレはそう言い切る。しかしこうも続けた。
「だがなァ、異様に殺すのが上手い奴だった。理屈は知らねェが俺の部下は戦闘中に不自然に呆けてた。それに弱ったフリして俺も殺そォとしやがった。一つ言えるのは舐めてっと首を掻かれるだろォって事だけだァ」
「なるほどな」
その場に沈黙が流れる。そしてレザビスが整理した。
「話を整理しようではないか。その百足とやらはチグレ殿がアルヒの郊外に侵攻した3ヶ月ほど前から、一月前にエルト殿と遭遇するまでの約二ヶ月の間に雑兵にも負ける程度から実力者と呼ばれる程度に成長したと」
「たった、2ヶ月…なんて早さ」
カズナが深刻そうな顔でそう呟いた。
レザビスは2人の証言から己の考察を述べる。
「その成長速度、そして殺すのが上手いというチグレ殿の証言、またヴェルフ・ウィザード含め魔法試験参加者達の助力も加味すれば、あのカノイ殿の命に届いたというのも考えられるのではないか?」
「かもなァ」 「あり得なくは…無い…ですね」
その場の全員の意見が纏まる。
「いずれにせよ…その百足のムツキなる人物が……警戒対象である事は間違いないでしょう……」
「で、あるな。今話した内容も予想に過ぎない。事実確認はせねばなるまい」
「密偵を…出すことにします……人材はこちらで見繕います」
「異議はねェ」「エルト殿にお任せしよう」「お願い」
「はい…承りました…」
そして、エルトは今後の事に議題を変える。
「これから必要なのは……軍の再編…そして……戦略の変更です……まずは…指導者を失った二つの軍を……再編すら必要があります」
するとレザビスが口を開く
「魔人族は問題ないであろう。カノイ殿を失ったのは痛いが、幸いにも軍の指揮官は彼の娘に任せてあるのだろう?」
「はい……これに関しては…カノイさんがいつも1人で戦っていた事が…利点になりましたね……しかしとなると問題は……鬼人族ですね」
モルガル共和国軍は様々な種族を束ねている。一見するとこれらは多様な戦術を実行できる事から大きなメリットの様であるが、その実脆さを抱えていた。
それは組織の人材における互換性の無さである。
種族が違うという事は価値観や習慣、それどころか食べる物すら違い兵站が成り立たない事もしばしば存在する。
故にその種族を指揮しその真価を発揮するのはその種族の者にしか困難なのだ。そして、指揮官というものはそう簡単に現れない、育成するには多大な時間とコストがかかる。
そしてそんな指揮官達が居なくなっという事とはそれすなわち唯一無二の指揮官を失った軍そのものが烏合の衆と化す事を意味していた。
「カノイさん…ナガリさんを失った今……これまでの様な攻勢を続けるのは難しくると思われます……」
「とは言え、攻勢の有利を利用せねば、国力の差は明白、こちらが不利になるだろう」
「はい………守勢に回れば…いずれはすり潰されるでしょう……たがらこそ攻め方を変えます……ここからは少し…平和的にいきましょう」
「なるほど、あの方法か。確かにカノイとナガリが欠けた今なら有効であるな」
レザビスがエルトの言葉に同調した。
「前に話してたやつかァ?個人的にはイマイチ好かねェが、まぁ妥当ではあるなァ」
チグレも不満がありながらも納得した様子だ
「その作戦、私が受け持つよ」
そう言ったのはカズナだ
「いいんですか……?」
するとカズナは自身を卑下するような口振りで答えた
「私なんかでよければ、私は軍を率いて無いし、逃げるのも隠れるのも得意だから」
カズナのその言葉にエルトは応える
「……お願いします…」
そしてこうも続けた
「必ず……帰って来てください…」
こうして、モルガル共和国の軍事会議は終わった。
◇◇
そして、エルトは決定事項を一人の人物に報告した。
「纏めるとこれからは一時攻勢を緩め……軍の再編並びに謀略活動に力を入れます…実行役はカズナさんが担当……またカノイさんの死の経緯を密偵を送り調べる事とし……情報が確定次第ご連絡にあがります」
「いかがでしょうか?………ナツメ様」
「分かった。異論はない」
モルガル共和国首相、紅なつめ
彼女は荘厳かつ質素な椅子に座る。長い漆黒の髪が椅子に垂れ、血のように赤い、真紅の瞳でエルトを見つめた。
彼女はエルトにこう質問した。
「それで、カノイを殺した最有力候補というのは誰だ?」
するとエルトはまだ裏どりが取れていない情報を話すのが気が引けるのか、渋々と言った調子で話し始めた。
「百足と名乗ったそうです……名前は確か……ムツキ・リョウ」
「!?」
瞬間、なつめの瞳に困惑が走った。小刻みに震え明らかに動揺しているのが分かる。
「……ナツメ様?」
エルトが心配そうに声を掛ける。するとナツメは答えた。
「エルト、カノイを殺した者を探る為に密偵を送る件」
「私が行く」
今回は魔王軍の内側のあれこれです。魔王軍はいつも攻めてきますが、これは攻勢の有利を取り続けないとジリ貧だからという切実な理由があります。あと軍編成や兵站なんかも地味に致命的な弱点がありますね。
そしてついになつめ登場です。この娘こそが物語の主軸ですので一体どうなるのやら?
ナレ死で仲間からもサラッと流されるナガリが不憫でならない。




