空盾
剣を取り出し、魔熊の出方を見る。
攻撃を受けてから凶暴になったと言っていたし、何か変化がある可能性があるのなら不用意に前に出られない。
その後、思ったよりも傷が深かったのか暫く睨み合いが続いたが、とうとう魔熊が動き出した。
「〈蒼炎槍〉〈蒼炎槍〉」
〈蒼炎槍〉で頭部を狙って牽制しつつ、相手の間合いにならないように距離を調整する。
魔熊の爪が届かない距離か、至近距離のどちらかが大振りの魔熊相手だと戦いやすい。
しかし、魔熊の動きは先程と違い、なかなか懐に入らせてもらえない。
魔法も避ける所は避けて視界を塞がないようにしているし、腕を振るった直後に近付こうとすると距離を取られる。
(どうするか……)
時間稼ぎなのだからこの状態が続くのはいいが、一撃当たるだけで大怪我を負うとなるとその時点で負けだ。
出来れば、動きを鈍らせたり、もう少し優位に立ちたい。
突然、魔熊がレア達が離れた方を見た。
(チャンス……!)
意識がそれた魔熊の懐に一気に踏み込み、魔熊の目に向かって下から上に剣を突き刺す。
「〈蒼炎〉」
これだけでは倒れないことは分かっている為、追撃に突き刺した剣を伝って内側に炎を送り込む。
「っ!?」
その直後、魔熊の爪が近付いて来ていることに気が付いた。
先程までの、どの攻撃よりも早く、避けられそうにない。
咄嗟に剣から手を離し、腕で防ぐ。
「がッ、ァ」
自身の腕から、ぶちぶちと肉が千切れる不快な音が聞こえたかと思うと、地面に強く叩きつけられた。
衝撃で血が吐き出され、空気が抜ける。
魔熊はそんな僕から視線を外し、僕の後方を見つめていた。
(なに、が……)
痛みを堪えながら、釣られるようにそちらを見ると、レアが立っている。
その表情は、驚きと焦りに包まれていた。
それを見ていた魔熊は、ゆっくりと目に刺さった剣を抜くと、足に力を込めたのか、地面の土を抉る。
(レアの方に行く気か……!)
僕が妨害しようとするのと、魔熊が走り出すのは、ほぼ同時だった。
「〈土堀〉!」
土をねずみ返しのような形に堀り、転ばせようとしたのだが、そう上手くはいかない。
魔熊は止まりつつ、その妨害に軽くこちらに視線を向ける。
しかし、いまだ起き上がれていない僕よりもレアを優先して狙うことにしたのだろう。すぐに視線を外した。
転ばせることは出来なかったが、足を止めさせられたのは大きい。
「〈生命活性〉〈治癒〉」
軽く治癒魔法を掛け、体の悲鳴を無視して立ち上がる。
魔熊がこちらに気を取られてくれれば、間に合うはずだ。
全力で魔熊に接近する。
「〈土壁〉!」
走りながら魔熊の目の前に土壁を作ると、腹立たしげにこちらを見た。
土壁を一撃で壊し、レアと僕を見比べた後、僕に狙いを定めたようだ。手負いの僕の方が殺し易いと考えたか、単に邪魔だからか。
剣を取り出し、再び肉薄する。
しかし、魔熊は目への攻撃以外に有効打がない事を察したのか、無理に攻撃するのではなく守りに入った。
顔を守りつつ、乱雑に腕を振り回す攻撃。行動自体は子供が駄々をこねるような物だが、その一撃が命を最も簡単に取れるというのがタチが悪い。
「〈土掘〉」
相手が近寄らせないようにするのなら、時間稼ぎさせてもらうだけだ。
魔熊のいる地面の下を掘り、落とし穴にする。すぐに上がってくるだろうが、隙ができるのは間違いない。
数秒後、僕が近寄ってこないどころか動く音すら聞こえない事に疑問を覚えたのか、魔熊が動きを止める。
(今!)
魔熊が立っていた表面部分を開け、落下させる。
咄嗟に翔ぶことで避けようとしたようだが、間に合わず体勢を崩して落下してくれた。
「レア!」
魔法を撃ってくれという意味を込めて、叫ぶ。
それはしっかり伝わったようで、〈炎滅〉が向かってきた。
当たらないように大回りで避け、レアとの間に入る。
魔熊は穴から出ると同時にレアの〈炎滅〉に焼かれ、炎に包まれ見えなくなった。
(熱い……熱い?)
炎をじっと見つめていると、攻撃を受けた左腕と、左頬が熱を持ち始めた。
その熱はだんだんと全身に巡り、まるで焼かれているような苦痛を受ける。
「ァ、ッ!」
それでも、逸らすわけにはいかない。
苦痛に耐えながらも見張っていると、炎の中から殆ど傷を負っていない魔熊が現れた。
そして、レアに飛びかかる。
「レア!」
庇おうと全力で走るが、魔熊のスピードは更に早くなっており、間に合いそうにない。
ただ爪を振るだけで〈堅牢〉の加護を抜いてくる魔熊の攻撃だ。あの時よりも勢いがついているし、〈堅牢〉も掛けていないレアの体など、簡単に貫いてしまうだろう。
(何か、何かないか? 〈土壁〉は間に合わない。〈戦場〉も無理だ。何か……)
「っ! 〈空盾〉!」
瞬間、レアの周囲に、3枚の半透明の水色の盾が浮かぶ。
その盾は火花を散らしつつ、魔熊の爪を数秒防いでくれる。
3枚目の盾が壊れる直前。
体を滑り込ませ、レアを放り投げる。
「がッ」
直後、視界が曲がり、体が浮遊感に包まれた。
浮遊感は長くは続かず、地面に叩きつけられる。
「ァ、ッ」
魔熊の方を見ようとしても、体が動かない。
痛みと熱で霞む視界の中、見覚えのない景色が浮かんできた。
*
暖かいが、儚さを感じる夕焼けが、見覚えがない、無いはずの、懐かしさを感じる小さな家を照らす。辺りは森に囲まれていて、目の前の家以外にも、似たような見た目の、しかし細部が異なっている幾つもの家が建っていた。ここは、小さな集落らしい。
集落全体に懐かしさと安堵感、寂しさに愛しさといった、多くの感情がごちゃ混ぜになった感情を覚えるが、目の前の小さな家は、その感情大きく上回るほどの想いが溢れてくる。
夕焼けに照らされる集落をじっと見つめていると、どこからか優しげな、しかし何処か威厳がある男性の声が聞こえてきた。
『これはね、ご先祖様が研究して後世に残した、物凄く危険な力なんだ。でも、誰かを守るためにも使える、そんな力。』
そんな言葉が紡がれると、銀髪の、擦り切れたローブを着た50代程の男性が現れて、口を開く。
『だから、使うのは、誰かを傷付ける時じゃなく。……大事な人を助ける時だ。』
分かったかい? と、優しげな笑みを浮かべる。
数秒後、その男性は満足そうに頷くと、静かに詠唱を始めた。
『炎よ、古よ、源よ。我が願うは原初の力。神から授けられしは始まりの火種。今ここに、太古の地から甦らん〈原初の焔〉』




