後編
これでラストです。
いつか番外編で補完編を書きたいとは思っています、いつか。
「随分長引いたのですねぇ」
「ええ、プリムラさん。帰ろうと思うと皆様が邪魔なさったもので」
ぱっと私の『固有魔法』で転移したのはふかふかした椅子のある馬車もといリムジンの中。
私は運転席にいるスターチスくんの姉君であり私の親友でもあるプリムラさんに答える。
バックミラー越しに見えるプリムラさんの顔は超にっこにこだ。
……彼女はちょっと走り屋の気があるので少し怖い。
「ねえさま? なんで、ねえさまが?」
スターチスくんは舌っ足らず気味なハニーボイスで尋ねてくる。
なんでってそりゃあ、ねぇ?
「わたくしはアイリス様の専属執事ですから」
って、本人が言うんだもん。
女なのに執事希望って言うんだもん。
護衛とメイドがスティとミントの役割だから、あとは執事しかないとか言って執事服着出したんだもん。
止められなくても私悪くないよね?
「って、プリムラは今はどうでも良くてだな……アイリス、この馬車は何だ!」
「そ、そうだぞ、アイリス! こんな訳のわからん馬車へ殿下達を転移とはどういうことだ!」
「きゃー! これってもしかしてリムジン? やっぱりアイリスも転生者なのね! にしてもこのクォリティは転生チートにしてもすごすぎじゃない?」
ええい、一気に喋るな。
私は天子じゃないから聞き分けられないよ!
「皆様、落ち着きなさって。順に説明致しますわ」
私は向かいに座る六人(規定もないから幅広にした)を手で制す。
両脇をガッチリ固めたスティとミントはとてもいい笑顔で自分の得物を取り出した。
「よろしくて?」
私もにっこり笑ってやると、流石に全員たじろいでこくこくと頷いた。
「ではミント。まずはお茶を」
「はい」
お茶を配ってほっと一息。
そして私は質問に順に答えていった。
「まずこの馬車はリリアナ様の言う通りリムジンですね。ローゼンハルト様もご存知でしょうが地球という世界のものを参考にさせて頂きました。
転移の件に関しては事の経緯を卒業パーティーで話すのはまずいと判断したからです。
そして三つ目のリリアナ様の質問ですが……私は転生者ではございません」
「嘘だッ!」
おい、ヒーロー様よ。そういうぎりぎりの台詞やめろ。
「そうよ、嘘に決まってるわ! じゃあ、何でアイリスはリムジンなんて知ってるのよ!」
「そうだ、それに僕は知ってるんだよ。君が陛下へ百の発明と十の改革を進言したってことは」
私はヒロインちゃんを無視して、ヒーロー様へにっこり微笑んでやる。
「ええ、私もローゼンハルト様がご存知なのは知っておりますわ。謁見の時にいましたものね」
ご存知ってか、お前が提案したってことは知ってんだよ。
言外にそう込めるとヒーロー様はぐっと黙る。
私は紅茶で口を湿らせ、微笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「ええ、全て存じておりますわ。貴方が私を繋ぐ為にネメシア殿下の恋心諸とも、この婚約破棄騒動を利用したことも」
ヒーロー様とネメシア様の顔色が変わる。
二人の顔には明らかに動揺の二文字が見て取れた。
「答え合わせをすると言いましたよね? ええ、全てお話致しますわ。
私の身に起こったことも、今回の茶番劇の全容も」
リムジンは音もなく進む。
まずは目的地から明かそうか。
「まず今、向かっているのは元ネイビーブルー領ですわ。
今はアズール小国と名を変えていますけれど」
「くに、だと? 我がティルスパープルから独立したと言うのか?」
ミルトニア様の問いに笑顔で頷いてやる。
「ええ、それが陛下との『お話し合い』で決まったことですわ。
陛下から百の発明と十の改革を成し遂げたら、緑の一族とネイビーブルーの領地を好きにしていいと言われましたので独立させて頂きました。
これもご存知ですわよね? ローゼンハルト様」
知らないとは言わせないぞ。
なんせヒーロー様はその謁見の時にいたもんな?
「ああ、君が『固有魔法』を使ってそう約束させたのは知ってるよ」
「あら、トゲのある言い方ですわね」
これくらいのことで皮肉るなんて、インテリヤクザかと思えばただのチンピラか。
「私の『固有魔法』は『等価交換』。秤の女神が定めた天秤に従ったまでですわ」
『固有魔法』――それは『ロゼリリ世界』においての特殊設定。
ヒーロー様やヒロインちゃんが心の傷を癒す特殊能力を持つように、誰でも一つ、自分だけの『固有魔法』を持っている。
『アイリス』である私の『固有魔法』は『等価交換』だ。
女神アストラの持つ天秤を借り受け、ある事象に対して等しくなるように対価を支払い魔法を発動させる。
今回のリムジンへの移動も自分の魔力を対価に支払い、ワープを行ったのだ。
ゲームの『アイリス』はこの能力を用いてヒロインちゃんをいじめていた。
みみっちいと思うなかれ。最後は己の命すら天秤にかけてミルトニアの心を得ようとするのだ。
まあ、結局は真実の愛とやらには勝てずに『アイリス』が消えちゃうんだけどね。
さて、この魔法の便利な所は「アストラの天秤が等しいと思えば何でも叶う」だけではない。
「○○したら××になる」と言ったような契約にも使えるのだ。
王様との『お話し合い』でもこの契約方式を取った。
アストラの天秤は王だろうと平民だろうと平等に傾く為、王様も青い顔で頷くしかなかったのよね。
「ああ、王も神には従うしかなかったようだね」
ヒーロー様の苦々しそうな顔を見るのはいい気分だ。
ざまぁ、と言いたくなるのをこらえて私は話を続ける。
「婚約破棄騒動で受けた私の恐怖や羞恥も対価に入っていると考えたら、破格だとは思いませんか」
「抜かしてくれる。それで得たのが両隣の伴侶じゃないか」
吐き捨てたヒーロー様へ見せつけるようにスティとミントの手を握る。
ネメシア様が羨ましそうな顔をしているのは黙殺する。
「おい、アイリス。ネイビーブルー領が独立したなら俺はどうなる? 父上や母上は反対しなかったのか!」
「ご安心を、ディルフィニウム様。私の父や母は既に色奪なさってますわ。
あなたが色奪の玉を扱えたのも次期当主だからではなく、現当主だからなのですよ」
そう、たった一人のね。
私が緑の一族に調べてもらった今回の計画について両親に話したら「ほとほと愛想がつきた」と兄諸とも国を切り捨てたわよ。
「踊らされる阿呆はいらぬ。踊らざるを得ないお前が不憫だ」と疲れた顔で父が言ったのが印象的だったわ。
まあ、これも眼鏡に伝える気はさらさらないけどね。
「そんな……」
おや、何をしょぼくれてるのよ。ディルフィニウム・ネイビーブルー様?
自分を王族の結婚相手から外した父を恨んでたんじゃないの?
父から認められない苦しみはヒロインちゃんが癒してくれたんじゃないの?
「ディルならば私よりも領民の望む領主となれるだろう」とヒロインちゃんに絆される前までは父も語っていたのにねぇ。
今じゃただのヒロインちゃんのイエスマン。眼鏡がアホなんて眼鏡が泣くわよ。
「そんなことはどうでもいいわよ! ねぇ、転生者じゃないってどういうことなの? この車だってどう見たって転生してなきゃ思いつかないわよ!」
ヒロインちゃんがキンキン声で話す。
今更ざまぁされる恐怖を感じているのだろうか。正直に言って遅いと思うな。
まあ、私としてはざまぁする気はないんだけどね。
私としてはスティやミント達と平穏無事に生きられればそれでいい。
「ですから転生はしていませんよ。ですが、あなた方がご存知の『アイリス』とも違います。
私は『アイリス』と転生する予定だった地球の方、そしてアストラ様の三人に生み出された『二人目のアイリス』なのです」
「は? 生み出された? 二人目?」
ネメシア殿下がぽかんと口を開けて呟く。
そりゃ、驚くわよね。好きな人が違う中身だなんて知ったら。
輪廻転生までは何とか納得したんでしょうけど、これは明らかに予想外でしょうからね。
「ええ、ネメシア殿下の知っていらっしゃる『アイリス』の魂は既にアストラ様の元へおりますわ。
この体は転生予定の方がある事情で入れなかったので、新たな魂を作って入れたのです。
……それが『私』ですわ」
ちなみに転生予定だった千島桔梗さんは現在アストラ様の所で『アイリス』の魂を癒している。
ぶっちゃけ神様が桔梗さんを気に入っちゃって離したがらなかったのよね。
「お前は私と桔梗の子供だ」とかどや顔で言われて送り出されたことは人に言えないから、そこはぼかして六人へ説明する。
「な、何故! 何故アイリスの魂が神の元へなどっ!」
ネメシア殿下の問いかけが悲壮なものになる。
この世界では魂とは生殖に関わる重要なものだから、魂が同じ輪廻転生は許せても生み出された私は許容できないみたいね。
でも気付かなかったのはそっちじゃないねぇ?
「『アイリス』は魂を削ってまでミルトニア様の心を得ようとしたのですわ。
『アイリス』は知ってしまったのです、ミルトニア様がリリアナ様に奪われてしまう結末を。
それを防ごうと彼女は魂を削り試行錯誤を繰り返し、どうあってもミルトニア様の心を得られないと知り、絶望の中アストラ様の元へ行ったのですわ」
人の心は他人がどうこうできるものじゃない。
けれど、最悪の結末を知ってしまったら変えたいと足掻くのも人の心。
『アイリス』は足掻きに足掻き、それでも抜け出せなかった絶望に心折られて今は桔梗さんとアストラ様によってその心を癒している。
「生み出された時に地球とこちらの知識は頂きましたわ。
『アイリス』が十三の時にこちらへ来ましたので、もう五年になりますね。
ああ、もちろん両親には事情は説明していますからご安心なさってくださいね、ディルフィニウム様」
ネメシア様は唇を噛んで、拳を握り話を聞いている。
その怒りは誰に向けたものなのかしら。原因のミルトニア様か、『アイリス』の後釜に収まった私か、それとも気付かなかった自分になのかしら。
ミルトニア様は私から目をそらしている。まあ、原因と言われちゃしょうがないわよね。
眼鏡は茫然自失って所かしら。折角親切に付け加えてやった言葉も聞こえてないみたい。
ヒーロー様とヒロインちゃんは驚きながらもどこか他人事と言った所かしら。
うーん、仕方ないかもしれないけれど、私と『アイリス』の心情としては二人とも許せないのよね。
婚約者のいる相手に手を出したヒロインちゃんはもちろん、『アイリス』の『固有魔法』が欲しくて打算でこの状況を作り出したヒーロー様も、どっちもね。
「……『私』にとって『アイリス』は双子の姉のような存在です。
おわかりになりまして?
半身にも等しい姉をぞんざいに扱われた妹の気持ちが。
あなた方の思惑に、ここまで乗ってやらねばならなかった私の怒りが。
ミルトニア様の心がリリアナ様へ向かうのを知りながら『アイリス』の為にあなたの心を取り戻そうとした私の苦労が。
兄にまで裏切られるとわかっていながら、それでも『アイリス』の兄だからと歩み寄ろうとした私の努力が。
『固有魔法』を下らない戦争に利用されないよう、必死に頭を働かせた私の足掻きが。
あなた方に、おわかりになりまして?」
この五年の苦みを思い出し、スティとミントの手を強く強く握ってしまう。
そんな『私』を知ってくれている二人はただ優しく私の手を両手で包んでくれた。
「あなた方が好き勝手にした結果がこれなのですわ。
あなた方が自由に生きるのなら、私だって、緑の一族だって自由に生きていいのではありませんか?」
行動は結果を伴う。
それは等価交換なんて言葉を使わなくとも、誰でもわかる真理だ。
婚約破棄イベントの結果が、小国なれど最強の武力国家を生み出すなんて誰が予測できたでしょうね。
「ローゼンハルト様、きちんと王へ進言なさってくださいね?
元領地と侮って我がアズールへ踏み込まないように。
『私』は地球のあらゆる知識を引き出せるのですから。
……意味、おわかりになりますよね?」
ローゼンハルトの顔色がさっと青くなる。
鉄屑と火薬と魔力さえあれば、私が銃火器を簡単に作り出せることをわかってくれたようで安心したよ。
「ではもうお帰り願ってもよろしいですわね。
そろそろアズールにも近くなって来ましたし、あなた方を我が国へ入れる気は毛頭ありませんから。
私の『固有魔法』でお送り致しますわ」
正しくは強制送還だな。
髪の色や目の色が緑や茶色だからと差別するような奴は、うちの国には入れてやらん。
「ま、待ってくれ!
『アイリス』は、『アイリス』はもう戻ってきてはくれないのか?」
ネメシア殿下からの懇願するような問いかけ。
私の目を見ているのに、その視線は『私』を通り過ぎている。
――やっぱりね。
この人は『私』を見てはくれないのね。
「……『アイリス』はもう戻ってはきませんわ。
あなた方の行動だけではなく、『彼女』の起こした行動もまた、この結果に繋がっているのですから」
誰よりも純粋で誰よりも愚かな可愛い『アイリス』
こんな面倒事を押しつけてと『私』はあなたを恨めばいいのかしら?
それとも生んでくれてありがとうと感謝すべきなのかしら?
きっとその答えは一生出ない気がするけれど。
でも『私』は彼女を憎めない。
スティとミントを救えたのも彼女が『私』を生んでくれた結果なのだから。
「……そうか……」
私の答えに、ネメシア殿下はすとんと肩を落として俯いてしまった。
ネメシア殿下は夢から覚めたというか、現実をやっと見つめられたような顔をしていた。
彼女もまた『アイリス』の成り代わりや転生と言った状況からずっと目を背けていたのかもしれない。
現実を嫌でも突きつけられた感じかしら。
ま、これでまともに戻ってくれるといいのだけれど。
「では皆様もうよろしいですわね?」
スターチスくんが何か言いたげに運転席を見るけれど、特に何も言わなかったので私は魔力を用いて転移を発動する。
二回の多人数転移にごっそりと魔力が持って行かれるのを感じる。
「ああー、つっかれたぁ!」
私は六人がいなくなると縦ロールを結んでいたリボンを解き大きく伸びをする。
ここにはもう気心の知れた人達しかいない。お嬢様の仮面はもう取っても構わないだろう。
「お疲れさまです、アヤメ様」
「もう本当の名前で呼んでもいいんだよね? お疲れ、アヤメ」
「弟がアヤメさんに迷惑をかける前に済んで良かったですわ」
ミント、スティ、プリムラさんと労いの言葉をかけてくれる。
「ああ、うん。もうみんな元の会場に戻したし大丈夫よ」
私がぐっと親指を立てると三人が微笑んでくれる。
『アイリス』ではないのに可愛がってくれるお父様やお母様には悪いけれど、この三人の前でだけ私は本当の私であれる。
スティにぐてーっともたれながらミントをなでなですると、二人は嬉しそうに私のしたいままにさせてくれた。
アヤメという名前は桔梗さんがつけてくれた。
アイリスのニホン名と言っていたけど、桔梗さんの因子が入ったアイリスな私にぴったりだと思う。
「それにしても、良かったの? プリムラさん。
もうインディゴブルー家と縁を切るのにスターチスくんとお話しなくて」
「構いませんわ。選定の儀で選ばれなかった私を『出来損ない』と冷遇するような家の者ですから」
「……そっか」
私は運転の邪魔にならないよう気を付けながらプリムラさんの頭をぽんぽん撫でた。
「運転中だから危ないですわよ」とおっとり笑うプリムラさんはいつも通りでこの件について吹っ切れているのがわかる。
わかるけれど、それは私の気持ちとは別なわけで。
だから私は親友を辛い状況に追いやることになったネメシア殿下の行動を許せないのだ。
「ネメシア殿下、ほんと見る目なさすぎるよ」
「あらあら、ではアヤメさんがもらってくれますか?」
「えっ」
プリムラさんのいきなりの告白に私のリアクションが止まってしまう。
これは冗談と流した方がいいんだろうか。
「私、フォークローバー様の次にアヤメさんが好きですから」
「あ、あー……あはは、ありがと」
そっかー、二次元の次かー。
……かなり複雑な気持ち。
「私もスティとミントの次にあなたが好きよ、プリムラさん」
「あらあら、私達両想いですわね」
二人でくすくす笑い合っているとスティにぎゅむっと抱きつかれる。
「ちょっとー、二人でイチャイチャ禁止ー」
「そうですね、あれだけ我慢したのですから私もスティもアヤメ様に癒されたいです」
ぷくぅっと頬を膨らませるスティと真顔なミント。
冗談混じりの嫉妬を見せる夫と妻に私は苦笑する。
「はいはい、屋敷に着いたら満足するまでイチャイチャしてあげるわよ」
「ほんと? でも満足するまでなら一日じゃ足りないよー」
「そうですね、スティの言う通りです」
閉じこめたいくらい好きと言ってくる私の旦那と嫁は相当病んでます。
私の方が主人なはずなんだけど……見ての通り押されまくってます。
「あらあら、アヤメさん達。イチャイチャ前にすることがありますよ」
おっとりと、私達のやりとりにヤンデレ萌えを滲ませながらプリムラさんが指摘する。
ああ、そうね。大事なことを忘れていたわ。
「まずは結婚式の準備しなきゃね。二人とも、いいわね?」
私の言葉にスティとミントの表情がぱっと華やぐ。
「もちろんだよ、アヤメ!」
「嬉しいです、アヤメ様」
「私も。あなた達と結婚できて嬉しいわ」
それからの日々は大変だったけど、概ね順風満帆で。
他国の侵略を地球の武器や知識、緑の一族というチートでもって何度もはねのけた我が国アズールは手出し無用の聖域と言われるようになる。
それ以来、紺碧とは絶対不可侵の栄華を意味するようになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。