第7話:交換ごっこ
廃礼拝堂の奥、崩れかけたマリア像の足元。
外の木漏れ日を遮るように立てかけられた古い衝立の陰で、禁断の儀式のような衣替えが始まっ
た。
「じっとしていて、ミシャ。まず、その麻の紐を解くわよ」
フランシアの指先が、焦燥に震えながらミシャの素朴な仕事着の結び目を解いていく。
森の草木の匂いを染み込ませた生成りのブラウスとスカートが、足元へハラリと滑り落ちた。下着一
枚になったミシャの華奢な身体を、大航海時代特有の冷酷な拘束具――鯨骨を幾重にも縫い込ん
だ重厚なコルセットが容赦なく包み込む。
「息を......思い切り吐き出しなさい!」
「くっ......ん、息が......っ」
背中側の革紐を、フランシアが膝をミシャの腰に当てて力任せに絞め上げた。
ギリギリと骨が軋むような締めつけ。肋骨を内側から押し潰される痛みに、ミシャの喉から細い悲鳴
が漏れる。森を裸足で駆け回っていた自由な身体が、王家の掟という名の見えない鉄の檻に閉じ込
められていく感覚だった。
「これくらい締めなければ、夜会用のドレスのラインは出ないわ。我慢なさい」
頭上から被せられたのは、何十頭ものカイコが吐き出した最高級の真紅のベルベット、そして金の糸
で青薔薇の意匠が浮き彫りにされた重厚なローブ・ア・ラ・フランセーズ。
裾の内側には鯨油で鞣した針金が組み込まれ、床を擦るたびに重々しい衣擦れの音を立てる。その
総重量は、仕立て上がった亜麻布を何反も担ぐより遥かに重く、ミシャの華奢な肩へと重くのしか
かった。
「次は、髪よ」
炭火の壺から取り出された焼きゴテの熱気が、ミシャの頬を灼く。
フランシアは手慣れた仕草で、ミシャの自然な長い黒髪を挟み、油を塗りながら手早く巻いていく。サ
ロン仕込みの優美なウェーブが形作られ、自慢の長い黒髪が、ピンで巧妙に内側へと留められてい
く。
仕上げに、真紅の紅筆がミシャの唇へと押し当てられた。
甘く、どこか血の味を思わせる、鉄錆に似た化粧料の匂い。
「さあ......立ちなさい、ミシャ。胸を張り、顎を三分上げるの。世界中のすべての人間を、靴底の泥を
見るように見下ろすのよ」
促されるまま、ミシャは祭壇の脇に立てかけられた、ひび割れた姿見の前に立った。
――息が、止まった。
鏡の硝子の中に立っていたのは、神聖の森の素朴な針子ではなかった。
艶やかなフィンガーウェーブボブ、血のように紅い唇、冷徹な光を湛えた菫色の瞳。
そして、その隣には――。
ミシャが脱ぎ捨てたばかりの、色褪せた麻のブラウスと泥跳ねのついたスカートを身にまとい、素朴
な革靴を履いたフランシアが並んでいた。
見分けがつかない。
髪を梳き、服を入れ替えただけで、二人の少女の存在は完璧に入れ替わっていた。
鏡の中に並ぶのは、ただ二輪の、咲き誇る薔薇と摘み取られた百合の影。
「......完璧だわ」
フランシアの喉から、陶酔と狂気の入り混じった吐息が漏れた。
王女はミシャの肩にすがりつき、鏡の中の自分――いいえ、自分に成り代わった身代わりの瞳を、熱
に浮かされたように見つめる。
「誰も気づきはしない。神様ですら、私たちを間違えて天秤にかけるはずよ」
だが、震えるミシャの指先が、ドレスの重たい裾を握りしめた。
指先に刻まれた、森での手仕事の証である針刺し傷の痛みが、チリチリと警鐘を鳴らしている。
これは、ただの戯れではない。
足を踏み入れてはならない、血と呪いの深淵の扉を開けてしまったのだと――。




