第54話:白銀の告白
滴る水滴の反響音が、二人の間の張り詰めた沈黙を刻んでいた。
石壁に背を預けたミシャの冷涼な菫色の双眸が、至近距離でクロードの青い瞳を射抜いている。
『私の白百合』――。
他人の空似の二人が、廃礼拝堂の暗がりで砂糖菓子を分け合った秘密の蜜月。そのただ中で交わされたはずの呼び名を、なぜこの宮廷の官僚が知っているのか。
クロードの薄い唇の端が、微かに歪んだ。
自嘲でも、狼狽でもない。すべてを暴かれた男だけが浮かべる、昏く爛れた笑み。
「……なぜ知っているか、だと?」
クロードはミシャの頬に添えていた手を滑らせ、外套の胸元から一枚の小さな布切れを取り出した。
青白い月光の下、男の掌の上に広げられたのは、煤と埃で微かに薄汚れた、手織りの亜麻布の端切れ。
その中央には、銀糸で緻密に縫い上げられた一輪の「白百合」の刺繍があった。
「森の外れ、苔むした廃礼拝堂の祭壇の奥。……フランシアが失踪したあの日、私は独自の密偵を放ち、あの場所を徹底的に洗わせた」
クロードの低く掠れた声が、冷たい水汲み場の空気を揺らす。
「床に落ちていた砂糖菓子の包み紙、暖炉の底に残されていた王女の私信の灰。そして、祈祷台の隙間に挟まっていた、この極上の手織り布……。本物の王女が、宮廷の目を盗んで森の誰かと逢瀬を重ねていた証拠など、宰相府の頭脳を動かせば半日で揃う」
ミシャの喉が微かに鳴った。
あの廃礼拝堂で、フランシアの破れた袖口を繕った際に切り落とした、自分の針箱の端切れだ。
「そして翌日、青薔薇の離宮の温室で、私は『新しくなった王女』の姿を見た」
クロードの指先が、布切れを握り締め、再びミシャの顎をすくい上げた。
手袋を外した剥き出しの皮膚が、ミシャの顎の骨に強く食い込む。
「かつてのフランシアは、病床の母妃など見向きもしない我儘な小鳥だった。だが、そこにいた王女は……眠るアデレイドの手を包み、自らの指先の針刺し傷を痛ましげに見つめて涙を零していた。あの指の無数の傷と、この白百合の超絶技巧の縫い目……。一致しないとでも思ったか?」
男の青い瞳の奥で、張り詰めた理性のタガが音を立てて砕け散っていく。
「最初から知っていたのだよ、ミシャ。お前がルミエール王家の娘などではなく、森から紛れ込んできた『白百合』の偽物であることなど……あの日から、全て」
「知っていて……」
ミシャの唇が震えた。
「知っていて、なぜ大奥様に突き出さなかったのです。なぜ、わたくしの前に跪き……!」
「愛してしまったからだ」
遮られた叫びは、断末魔のような切実さを孕んでいた。
クロードは額をミシャの肩口へと強く押し当て、飢えた獣のようにその細い首筋に息を吐きかけた。
「偽りの王女として首を刎ねられる恐怖に震えながら、自ら裁ち鋏を握って髪を切り落としたお前の気高さ。裂かれたドレスを前に、指先一つで薔薇を咲かせてみせたあの魂の美しさ……! あんな腐りきった血統の檻の中で、泥の中に咲く花のように凛と立つお前を見て、狂わずにいられる男がどこにいる!」
熱い吐息が、灰色の粗末な侍女服の襟元を焼く。
「だからこそ、昨夜あの本物が戻ってきた時、私の目の前は真っ暗になった。お前が剥ぎ取られ、泥水の中へ叩き落とされるのを見て……この離宮の全てに火を放ち、お前を奪い去りたいと本気で願ったのだ」
クロードの腕が、石壁を砕かんばかりの力でミシャの腰を引き寄せた。
逃げ場のない抱擁。
冷徹な官僚の皮を完全に脱ぎ捨てた男の、底知れぬ狂愛の深淵が、ミシャの全身を容赦なく呑み込もうとしていた。




