第52話:青薔薇の品定め
軍靴が敷石を打つ冷徹な音が、令嬢たちの甲高いさえずりを一瞬にして押し黙らせた。
隙のない黒の軍礼服に、白銀の飾緒。
クロード・フォン・ヴァルハイトは、居並ぶ貴族たちに一瞥もくれず、中央のガゼボへと歩み寄った。
冷涼な朝の風が、銀縁眼鏡の奥の青い瞳に微かな光を反射させている。
「茶会の最中に失礼いたします、フランシア様。大奥様より、新月の婚儀に向けた王室財政の精算書をお届けに上がりました」
完璧な官僚の礼。
だが、その冷ややかな青い視線は、パラソルの下で優雅にカップを傾けるフランシアのすぐ背後――灰色の粗布を纏い、直射日光の下に直立するミシャの姿を、寸分の狂いもなく射抜いていた。
日傘の影に入ることすら許されず、強い朝陽に晒されながらも、ミシャの白磁の横顔には一片の汗も乱れもない。
その清冽な佇まいに、クロードの胸の奥で昏い炎が微かに爆ぜる。
「ご苦労様、クロード」
フランシアは真紅の唇を吊り上げ、わざとらしくミシャの肩に指先を置いた。
爪が灰色の麻布を強く引き絞る。
「貴方も見てごらんなさいな。この泥棒猫、夜通し私の足元で這いつくばっていたというのに、まだこんなに図太く息をしているのよ。高貴な生まれでもない下賎の雑草は、踏み躙られても枯れないのが取り柄かしら?」
ガゼボの周囲から、令嬢たちの品のない忍び笑いが漏れた。
クロードを前にしての、これ見よがしの公開処刑。
だが、クロードは眉ひとつ動かさず、感情を削ぎ落とした氷の声音で応じた。
「……身分の序列を弁えぬ者に情けは無用。殿下の仰せの通り、雑草には雑草に相応しい土くれを与えておくのが理に適っております」
吐き捨てられた冷酷な言葉に、令嬢たちは満足げに頷き合い、フランシアは怪訝そうに目を細めた。
だが、書類をフランシアの卓上へ置くその一瞬――。
――サッ、と。
クロードの背の高い影が、ミシャの頭上を覆うように滑り込んだ。
照りつける日光を完全に遮るその位置取り。
男の白手袋の指先が、卓上の影に隠れたわずかな死角で、ミシャの灰色のエプロンの裾を――誰にも見えぬ速さで、強く、手繰り寄せるように握りしめた。
(……っ)
ミシャの心臓が小さく跳ねた。
言葉では下賎と罵りながら、その長身で日光から自分を庇い、触れる指先からは狂おしいほどの熱情が伝わってくる。
銀縁眼鏡の奥、伏せられた男の青い瞳が、ほんの一瞬だけミシャを捉えた。
『今夜、水汲み場へ来い』
声なき唇の動き。
そして男は、何事もなかったかのように手を離し、優雅に踵を返した。
「失礼いたします、皆様。良き茶会を」
去っていく白銀の騎士の背中を見送りながら、ミシャの胸の奥で、昨夜読唇したあの戦慄の言葉が再び激しく疼いていた。
――待っていろ、私の白百合。
欺瞞と悪意に満ちた庭園のただ中で、二人の秘密の逢瀬への導火線が、静かに火を噴き始めていた。




