第51話:朝陽の苛烈
離宮の尖塔の鐘が朝を告げる頃、寝室の空気に張り詰めた冷気が戻っていた。
天蓋付きの寝台の上で目を覚ましたフランシアは、身に纏っていた真紅のシルクのネグリジェの乱れを直すと、冷徹な仮面を再びその顔に張り付けた。
夜の底で見せたあの小さな子供のような怯えや、ミシャに縋りついた嗚咽の痕跡など、今の彼女の瞳には微塵も残されていない。
――ガシャンッ!
銀のベルが鋭く鳴らされた。
扉の外で控えていた侍女頭マルガレーテが、待っていましたとばかりに慌ただしく入室してくる。
「お目覚めでございますか、フランシア様。昨夜は、あの泥棒猫にどのようなお仕置きを……」
「まだ息をしているわよ、マルガレーテ」
フランシアは冷ややかに鼻を鳴らし、床の隅で背筋を伸ばして控えているミシャを一瞥した。
一晩中、暖炉の灰を片付け、一睡もしていないはずの灰色の侍女服。だが、その背筋は折れるどころか、朝露を弾く白百合のように凛と佇んでいる。
「ふん、図太い雑草め。……ですが殿下、本日は大奥様からのご命令がございます。離宮の中庭にて、次期当主たる貴女様の権威を示すための『庭園茶会』が催されます。高位の貴族令嬢たちが集まるその場に、この汚らしい侍女を同道させ、恥をかかせてみてはいかがでしょうか」
マルガレーテの卑屈な笑みに、フランシアはかすかに口元を歪めた。
「……いいわね。それじゃあ準備なさい。私の背中を磨き、最高の紅茶を淹れさせなさい。この泥棒猫の分際が、どれほど惨めな舞台に立たされるのか、たっぷりと見物してあげる」
数刻後。
青薔薇が咲き誇る離宮の中庭には、純白のパラソルと大理石のテーブルが並べられ、王都の煌びやかな貴族令嬢たちが集結していた。
中央の特等席には、真紅の装いに身を包んだ第一王女フランシアが悠然と腰を下ろしている。
その背後――日差しの強い特等席の真後ろに、灰色の侍女服を纏い、一歩も引かずに控えるミシャの姿があった。
「まあ、噂の……本物の王女殿下の後ろに立っているあれが、あの身代わりの泥棒猫?」
「厚かましいこと。首を刎ねられなかっただけでも御の字なのに、よくもまあ平然とした顔でいられるわね」
遠巻きに投げかけられる貴族令嬢たちの嘲笑とひそひそ声。
わざとミシャの足元へ紅茶のカップを落とし、「拾いなさいよ、雑役婦」と冷水を浴びせようとする悪意の罠。
だが、ミシャは微動だにしなかった。
幾千の棘を持つ石楠花の谷を越え、過酷な冬を生き抜いてきた針子の瞳は、ただ静かに、前方の庭園を見据えている。
その時だった。
中庭の入口を固める近衛兵たちが、一斉に恭しく道を空けた。
現れたのは、黒の軍礼服に身を包み、銀縁眼鏡の奥の青い瞳を冷たく光らせた若き宰相補佐――クロードだった。




