第40話:地下のリネン室
石造りの螺旋階段をどこまでも下りた先、青薔薇の離宮の最下層。
そこは王都の華やかな光も、庭園の土の匂いすら届かない、冷気と黴の匂いが澱む地下空間だった。
――ドサッ!
背中を乱暴に突かれ、ミシャは湿った敷石の上へと倒れ込んだ。
連行してきた二人の下級侍女が、侮蔑を込めて鼻を鳴らす。
「ここに転がっていなさい、大罪人。フランシア様が直接お仕置きなさるというから命拾いしたものの……大奥様なら、今頃あなたの首は城門の鉄格子に刺さっていたところよ」
錆びついた鉄格子扉が、耳障りな金属音を立てて乱暴に閉ざされた。
重厚な鍵がガチャリと回り、侍女たちの足音が階段の向こうへと消えていく。
静寂。
冷たい石壁の隙間から染み出す地下水が、ピチョン、ピチョンと規則正しい音を立てて滴り落ちていた。
部屋を照らすのは、壁の窪みに据えられた僅かな油の浮く古びた鯨油ランプが一つだけ。
部屋の隅には、王宮中の使い古されたシーツやテーブルクロスが山積みにされ、埃を被った古い木製の洗濯桶と脱穀棒が無造作に転がっている。
ミシャは灰色の粗末な侍女服の裾を整えながら、ゆっくりと身体を起こした。
打ち身の痛みが走るが、骨に異常はない。
胸元の粗布をめくり、肌身離さず忍ばせてきた亜麻紙の手紙――セリアからの便りが無事であることを確かめると、深く、静かに息を吐き出した。
(……生き延びた)
大広間で本物のフランシアが扉を蹴破った瞬間、頭上に落ちるはずだった死刑の刃。
それを力任せに逸らし、この冷たい地下牢へと自分を押し込めたのは、他ならぬフランシアの獰猛な「私刑宣告」だった。
外海の潮風に洗われ、猛獣のような鋭利さを帯びて帰還した王女。
けれど、ミシャの顎を掴み「泥棒猫」と罵ったあの指先は、確かに恐怖に震えていた。
――私からすべてを盗み取ろうとした、と叫びながら、その実、自らの唯一の鏡像を手放すことを極限まで恐れているかのように。
「……勝手な人」
ミシャは呟き、冷え切った自らの掌を見つめた。
恐怖はない。
森で狼の遠吠えに怯えながら冬を越し、水車小屋で指先が凍りつく寒さの中で針を握り続けてきた針子にとって、この程度の過酷さは生きるための日常の範疇に過ぎなかった。
ミシャは山積みにされた汚れたシーツの中から、比較的清潔な麻布を選び出すと、埃を払って敷石の上に几帳面に敷き詰めた。
粗末な寝床を整え、壁に背を預けて腰を下ろす。
その時。
――コツ、コツ、コツ。
遠くの階段から、侍女たちのそれとはまるで違う、異様なほど軽やかで音のない跫音が降りてきた。
布擦れの音すら立てない、闇を滑るような足取り。
鉄格子の隙間から差し込むランプの影が、歪に揺らめく。
現れたのは――黒い修道服の頭巾を深く被り、陶器のように白い首元に銀の十字架を揺らした女。
シスター・カリッサだった。
格子の向こうに音もなく佇む黒い修道女は、夜の湖のように底知れぬ漆黒の瞳で、座り込むミシャを見下ろした。
その深紅の唇が、毒を含んだ甘い笑みを象る。
「……ずいぶんと落ち着いていらっしゃるのね、森の小鳥さん。王女の席を追われ、このような暗がりに落とされてなお、その瞳に絶望の色すら灯らないとは」
カリッサの細い指先が、錆びた鉄格子へと触れた。
金属が触れ合う音すらなく、冷ややかな空気が地下室の湿気を一瞬にして凍りつかせる。
「あなたが何者なのか。大奥様は欺けても……星の巡りは欺けませんことよ」




