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血と薔薇の離宮  作者: 秦江湖


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第3話:路地裏

「お待ちください、フランシア様!」



従僕の焦燥に満ちた叫びを、王女は背中で切り捨てた。



豪奢な深紅の裾を乱暴に手繰り寄せ、近衛兵の制止の手をすり抜ける。


石畳を叩くハイヒールの鋭い足音が、ミシャの鼓膜を激しく打った。



「あなた、来なさい!」



氷のように冷たい細い指先が、ミシャの手首を鷲掴みにした。



絹の手袋越しでも伝わる、骨張った異常な握力。抗う間もなく引きずられ、二人は高級ブティックの脇

に口を開けた、昼なお暗い裏路地へと雪崩れ込んだ。



高い石壁に挟まれた路地裏は、表通りの喧騒が嘘のように静まり返っている。



壁に押しつけられたミシャの背中に、湿った石の冷たさが染み渡る。



「......っ、痛い......放してください!」


「黙りなさい!」



低く鋭い一喝。フランシアは荒い息を吐きながら、ミシャの顎を強引に指先で押し上げた。


至近距離で重なり合う視線。


微かに震える息遣いが、互いの頬をかすめる。



見つめ合えば見つめ合うほど、胸の奥を走る戦慄は深く、暗いものへと変わっていった。



白磁の肌、形の良い額、夜露を宿したような菫色の瞳。



違いといえば、太陽の光と森の風を浴びて健康的な血色を帯びたミシャの肌と、青白く張り詰めたフ

ランシアの陶器のような肌色くらいのもの。


「......なんなの、これは」


フランシアの唇から、掠れた呟きが零れ落ちる。



高慢な仮面の下から覗いたのは、底知れぬ怪異に直面した幼子のような恐怖だった。


王女の震える指先が、おずおずとミシャの頬に触れる。温かい、生身の人間の体温。幻影でも、悪夢

でもない。



「あなた......どこから紛れ込んできたの? 誰の差し金? 大奥様......? それとも、あの叔父上が私

を嘲笑うために仕込んだ道化かしら!」



「ち、違います! 私は神聖の森からお仕立てものを届けに来ただけで......!」


「嘘をおっしゃい! このルミエールに、私と同じ顔を持つ人間など存在するはずがないのよ!」



ヒステリックに叫びながらも、フランシアの声は怯えに震えていた。



他人の空似。そんな言葉で片づけられる範疇を、あまりにも残酷に踏み越えている。まるで、ひとつ

の魂を真っ二つに割って、別々の器に注ぎ込んだかのような符合。



「......待って」



ミシャの顎を掴んでいたフランシアの視線が、ふと下へと滑り落ちた。


粗末な麻のブラウスの襟元。


ミシャ自身ですら気づいていなかった、左の鎖骨のすぐ下――そこにある、小さな紅い痣。


それは、まるで一粒の薔薇の蕾のような形をしていた。


フランシアの呼吸が、喉の奥で引き攣るように止まる。



王女は自らの胸元、豪奢なベルベットの襞襟を掻きむしるように引き下げた。


露わになった白銀の肌。


その左の鎖骨の下にも――毛筋一本違わぬ位置に、同じ薔薇の痣が刻まれていた。



「......ああ、神様」



フランシアの指から力が抜け、手袋がミシャの頬からずり落ちる。


その瞳に宿ったのは、怒りでも困惑でもない。




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