第22話:断髪の誓い
――ザクッ、ザクリ。
寝室の静寂を切り裂く、乾いた金属音が響いた。
研ぎ澄まされた鋼の刃が、長年育ててきた重い黒髪の束を噛み千切り、大理石の床へと容赦なく落としていく。
一房、また一房。
足元に散らばる黒い糸屑のような残骸は、森の水車小屋で針を握り、小鳥の囀りに耳を澄ませていた「ただの針子ミシャ」の抜け殻そのものだった。
躊躇は微塵もなかった。
逃げれば森の妖精たちが処刑台へ送られる。
ならば、選ぶべき道は一つしかない。哀れな身代わりの小鳥として怯え震えるのではない。この謀略と悪意が渦巻く離宮を、自分の足で踏み越えて生き残るのだ。
ミシャは手首を返し、裁ち鋏の刃先を細かく走らせた。
針子としての修練は、服地の裁断だけでなく、造形の美しさを測る完璧な感覚をその指先に叩き込んでいる。
鏡を見つめる菫色の瞳は、氷のように冴えわたっていた。
襟足を極限まで短く刈り上げ、耳朶の輪郭を露わにする。サイドから顎のラインにかけて鋭角に落ちる、優美で冷徹な前下がりの傾斜。
かつて廃礼拝堂で目にした、あの気位の高い王女フランシアの髪型を、寸分の狂いもなく自らの頭上に再現していく。
――ジャキッ。
最後の一刃が空を切り、床へと最後の黒い房が落ちた。
ミシャは裁ち鋏を化粧台の引き出しの奥深くへと滑り込ませると、姿見の正面に立ち、両肩を引いて背筋をピンと伸ばした。
鏡の中に立っていたのは、もう森の素朴な孤児ではなかった。
剥き出しになった白磁のうなじ。
顎のラインに沿って鋭利に切り揃えられた黒髪が、透き通るような肌の白さを異様なほど際立たせている。
そしてその双眸には、夜露の清冽さの奥に、王弟の詐欺契約すら叩き割った鋭利な知性と、何者にも屈さぬ野生の炎が宿っていた。
「……今日から、私がルミエール王国の第一王女よ」
低く呟いた声には、震えなど欠片もなかった。
太后ヒルデガルドの冷酷な支配も、王弟フェルディナントの卑劣な罠も、そしてあの氷の官僚クロードの探るような青い視線も、すべて受けて立つ。
フランシアがどこかで生きていると信じるからこそ、その帰るべき玉座を、自分がこの手で守り抜いてみせる。
ミシャは紅壺の蓋を開け、薬指の腹で真紅の紅をすくい取ると、自らの唇に毅然と引き裂くように引いた。
夜明けを告げる銀色の光が、窓のステンドグラスを抜け、覚醒した「偽りの王女」の横顔を鮮烈に照らし出していた。




