第15話:触れ合う指
触れた皮膚は、真冬の小川に沈む石のように冷え切っていた。
ミシャは両手でその細い指先を包み込み、自らの温もりを注ぎ込むように息を吹きかけた。
親の顔を知らない。誰から生まれ、なぜ森の泉の畔に捨てられていたのかも知らない。それなのに、
この病み衰えた王妃の肌に触れているだけで、幼子の頃に見たこともないはずの、甘やかな子守唄
の残響が胸の奥で激しく疼く。
(あたたかくなって......お願いだから、目を開けて......)
ただ無我夢中で擦り続けるミシャの掌。
その時、ピクリと、アデレイドの白磁の指先が微かに跳ねた。
「......ん......」
掠れた吐息とともに、長い睫毛が震える。
ゆっくりと持ち上がった瞼の奥から現れたのは、夜露に濡れたような、深く澄んだ菫色の瞳
――ミシャと、そして失踪したフランシアと毛筋一本違わぬ光を宿した双眸だった。
焦点を結ばない虚ろな視線が、寝台の傍らに寄り添うミシャの顔を捉える。
「......フラン......シア......?」
かすれ果てた声。だが、アデレイドの瞳がミシャの顔から、その両手へと落ちた瞬間、王妃の細い肩
が大きく波打った。
触れ合う掌の感触。
深窓の姫君が持つはずのない、数千、数万の針を通してきた硬い角質と、荒れた無数の針傷。
アデレイドの指先が、何かに取り憑かれたようにミシャの傷だらけの指腹をなぞり、震えを走らせる。
「あ......ああ......」
乾ききっていたはずの王妃の目頭から、大粒の涙が堰を切ったように溢れ出した。
骨と皮ばかりの手が、信じられない力でミシャの手首を掴み寄せる。
「......森......の......? ああ、神様......なぜ......あの子......死んだはずの、私の......」
「王妃様......?」
意味のわからないうわ言。死んだはずの子とは誰のことなのか。
けれど、その絶望と歓喜が綯い交ぜになった涙を見つめているだけで、ミシャの喉の奥からも熱い塊
がせり上がってくる。
自分は身代わりの赤の他人だ。そう告げて手を引かなければならないのに、吸い寄せられるように
額をシーツへ寄せ、その震える指を受け止めてしまう。
その時だった。
――カツ、カツ、カツ......。
温室の硝子天井を震わせるように、硬質な革底が敷石を削る鋭い足音が響き渡った。
規則正しく、一切の迷いを持たない冷徹なリズム。
アデレイドの手がビクリと跳ね、再び虚ろな眠りの淵へと引き戻されるように脱力した。
ミシャの野生の勘が、背筋を凍らせる。
誰かが来る。見つかれば、なぜ夜中に幽閉された王妃の温室にいるのか、弁明の余地なく処刑台へ
送られる。
ミシャは素早くアデレイドの手をシーツの下へ滑り込ませると、音もなく身を翻し、青薔薇が生い茂る
巨大な硝子柱の漆黒の影へと滑り込んだ。
息を殺し、腰の奥に隠した鋼の裁ち鋏の柄を硬く握りしめる。
銀色の月光が降り注ぐ温室の入口。
硝子扉を押し開けて姿を現したのは、隙のない黒の三つ揃え軍礼服に身を包んだ、長身の若き男
だった。
月の光を反射する銀縁眼鏡の奥で、氷のように冴えわたる青い瞳が、不穏な影を探るように温室の
暗がりを真っ直ぐに射抜いていた。




