第14話:青薔薇の温室
割り当てられた王女の寝室は、天蓋付きの豪奢な寝台も、壁を埋め尽くす豪奢なゴブラン織りも、ミシャにとっては冷たい石の棺桶にしか思えなかった。
夜更け。侍女たちが退室し、重々しい内鍵の音が響いた後、ミシャは迷うことなく行動を起こした。
重厚なベルベットのドレスを脱ぎ捨て、身軽に動けるよう下着のペチコートの裾をたくし上げると、妖精セリアから託された鋼の裁ち鋏と細い針を、腰布の隙間に滑り込ませる。
(ただ怯えて夜が明けるのを待つなんて、まっぴらよ)
フランシアが廃礼拝堂で漏らしていた言葉。
――私の部屋の奥の回廊は、母様が眠る『青薔薇の温室』へと繋がっているの。
自分と同じ顔を持ち、同じ薔薇の痣を宿していたあの少女の母。そして、親の顔を知らない自分が、噂を聞くたびに胸を掻きむしられるように疼いた、あの哀しい母妃。
暖炉の脇、タペストリーの裏に隠されていた小さな真鍮のノブを引くと、音もなく隠し扉が口を開けた。
湿った土と、濃密な植物の青臭い匂いが漂ってくる。
螺旋階段を裸足のまま音もなく下り、暗い回廊を抜けた先――そこに広がっていた光景に、ミシャは息を呑んだ。
巨大なドーム状の鉄骨と、月光を浴びて青白く輝く幾千枚もの硝子板。
温室の中央には、見たこともない異様な光景が広がっていた。
咲き乱れるのは、この世のものとは思えぬ深い藍色を湛えた「青薔薇」の群生。土壌には奇妙な鉱
物粉が撒かれ、甘ったるく、どこか腐敗した果実のような香気が鼻腔の奥にまとわりつく。
そして、その青薔薇の海に囲まれた白い大理石の寝台の上。
一人の女性が、眠り姫のように静かに横たわっていた。
透き通るような白磁の肌。痩せこけて浮き出た美しい鎖骨。結い上げられた銀色の混じる黒髪が、寝台からシーツへと零れ落ちている。
ルミエール王妃、アデレイド。
(......この人が)
ミシャは吸い寄せられるように、青薔薇の茂みを掻き分けて歩み寄った。
他人の母親。森で拾われた自分とは、血の一滴すら繋がっていないはずの、雲の上の高貴な人。
それなのに――。
寝台の傍らに膝をつき、その痛々しいほど細い横顔を見つめた瞬間、胸の奥底が引き裂かれるよう
な痛みに襲われた。
理由のわからない熱い雫が、ミシャの菫色の瞳から溢れ出し、大理石の床へと音もなく落ちていく。
なぜ、こんなにも胸が苦しいのか。
なぜ、この見知らぬ女性の手を、今すぐ温めてあげたいと魂が叫んでいるのか。
衝動に突き動かされるように、ミシャは震える手を伸ばし、シーツの上に投げ出されたアデレイドの冷え切った指先へと触れようとした。




