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血と薔薇の離宮  作者: 秦江湖


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第10話:日没の鐘

神聖の森の外れの廃礼拝堂に、夕暮れを告げる重々しい鐘の音が響き渡った。



――ゴォン、ゴォン......。



王都の大聖堂から届く低い余韻が、薄暗い堂内の敷石を伝って足裏を痺れさせる。



祭壇の脇、ひび割れた姿見の前に立ち尽くしていたミシャは、弾かれたように顔を上げた。



「......遅い」



約束の刻限だった。



西の空はすでに燃え盛るような茜色を失い、青黒い夜の帳が梢の隙間から滑り落ちてきている。



だが、森へと続く小道には、あの軽やかな麻服の少女の足音どころか、風のそよぐ気配すら届かな

い。



ミシャの胸の奥で、警鐘のような鼓動が速鐘を打つ。



指先を伸ばし、重厚なベルベットの合わせ目を探る。脱がなければ。この不吉な真紅のドレスを脱ぎ

捨てて、元の素朴な針子に戻らなければならない。



だが、背中に幾重にも締め上げられた鯨骨のコルセットの革紐は、他人の手を借りなければ指先す

ら届かない。もがけばもがくほど、鉄の針金が肋骨に食い込み、呼吸を奪っていく。



「フランシア......! 嘘でしょう、どこにいるの......?」



掠れた叫びが、崩れかけた天井に吸い込まれた、その時だった。



――ギィィッ......。



油の切れた蝶番が、悲鳴のような軋み音を立てた。


礼拝堂の朽ちた樫の木の扉が、外から乱暴に押し開けられる。



「フランシア......っ!」



ミシャは縋りつくように振り返った。



だが、逆光の夕闇の中に立っていたのは、待ち焦がれたあの少女ではなかった。



松明の赤い炎が、冷たい切先を露わにした数振りのサーベルの刀身を照らし出す。



並び立つのは、王家の紋章を胸当てに刻んだ屈強な近衛兵たち。



そしてその中央から、大理石を削るような鋭い足音とともに進み出てきたのは――腰に下げた無骨

な真鍮の鍵束をジャラリと鳴らす、長身の老女だった。



青薔薇の離宮を取り仕切る侍女頭、マルガレーテ。



一切の感情を削ぎ落とした氷のような双眸が、礼拝堂の奥、真紅のドレスを纏って立ち竦むミシャの

全身を無遠慮に射抜いた。



「......このような薄汚れた廃墟に潜んでおいででしたか」



マルガレーテは冷ややかな声で告げると、スカートの裾をわずかに持ち上げ、慇懃無礼に膝を折っ

た。



従う近衛兵たちが一斉に抜剣した刃を掲げ、礼拝堂の出口を完全に塞ぎ止める。



「大奥様が晩餐の席でお待ちにございます。......お迎えに上がりました、フランシア様」



――違う。

――私は王女ではない。森の針子のミシャだ。



喉元までせり上がった真実の叫び。



だが、老女の冷徹な眼差しと、兵たちの研ぎ澄まされた鋼の輝きを目にした刹那、ミシャの唇は凍り

ついた。



王女のドレスを着た名もなき娘が、今ここで「身代わりだ」と告白すれば何が起きるか。大逆の泥棒と

して、弁明の間もなくその場で首を刎ねられる。



夕闇の森の彼方から、最後の日没の鐘が、冷酷な弔鐘のように鳴り響いていた。



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