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幼馴染の勘違いオタクを無害なモブにしたかっただけなのに、冷徹に教育していた私が絆されました  作者: remia
第2章:絶望的コミュ障のバグ修正

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第8話:挨拶をする、ただそれだけ

 翌朝の騒がしい廊下。

 私と美咲は階段の踊り場の陰から、隣のクラスのドア前を観察していた。

 視線の先には、入り口で直立不動の不審者――佐藤拓実。



 昨日の放課後に決まった『自分から挨拶する』という第一関門。

 陰キャぼっちにとっては、装備なしでエベレストの頂上を目指せと言われるようなものね。


 ただの挨拶だというのに、ダラダラと冷や汗を流し、視線を泳がせまくっている。



 だが、拓実の奇行はそれだけじゃなかった。



 クラスメイトが通りすぎるたび、「あ……」「う……」と口をパクパクさせては見送るという、不気味な反復横跳びみたいなまねを延々と繰り返している。



 生徒たちはその異様な光景を遠巻きに見て、サッと目をそらして通りすぎていく。

 挨拶以前の問題だわ。こんな自爆寸前の地雷、本能的に避けられて当然だ。



「あはは、佐藤マジでキョドりすぎっしょ。完全にバグったNPCじゃん」


 隣で美咲が、隠れるのも忘れて楽しそうに笑い声を漏らす。



 ああもう、見てられない。

 いっそ私が後ろから蹴り飛ばして、無理やり発声機能を起動させてやろうかしら。




 その時、孤立無援の陰キャの両脇を、見慣れた二人の陽キャが固めた。結城と須藤だ。



「おい佐藤、ガチガチになりすぎだ。肩の力抜けって」


「声出す前にビビるなよ。ほら、前田が来たぞ。あいつなら俺たちもよく話すから」


「っ……!」



 拓実はビクッと肩を跳ねさせ、脱兎のごとく逃げ出そうとするが、その肩を須藤が掴んで逃走を阻止した。


 サッカー部エースストライカーの反応速度は伊達じゃないわね。

 絶対に人間社会からの亡命を許しちゃダメよ。



「おーす、前田! おはよーさん!」


「お、結城じゃん。おはよ。須藤も朝練おつかれ」



 前田くんが笑顔で応じた瞬間、須藤が拓実の背中を、ドンッ! と遠慮なく前へ押し出した。



「ほら、佐藤」


「えっ!? あ、その……っ!」



 強制的に舞台へ放り出され、本日最大のバグりっぷりを見せる拓実。

 口をパクパクさせて完全にフリーズしている。


 

 秒針の音が聞こえそうなほどの静寂が続く。



 いいから、さっさと声を出しなさいよ。

 そんな無言の圧を、踊り場の陰から送り続けると、拓実はギュッと目を瞑り、声を絞り出した。



「お、お、おはよう……ッ!!」



 オウムの如く、声が盛大に裏返った挨拶に、一瞬珍獣を見たかのような顔をした前田くん。


 普段まったく喋らないクラスの陰キャが、突然目の前で奇声を上げたのだから当然の反応ね。



 だが、あいつの横には二人の救世主がいる。

 前田はすぐに柔らかい表情になり、軽く手を上げた。



「お、おう。おはよう、佐藤。結城や須藤と一緒って、なんか珍しい組み合わせだな」



 挨拶を返して教室の中へと入っていくクラスメイトを、拓実はポカンと口を開けたまま見送っていた。



「やったな、佐藤」


「声、裏返ってたけどな」



 結城と須藤に笑いかけられても、状況が処理しきれないのか、拓実は魂が抜けたように呆然と立ち尽くしている。


 オタクCPUは完全にオーバーヒートだ。


 ま、不審者がようやく人間の言葉を一つ発したんだから、今日のところはこれで良しとするしかないわね。



 ***



 放課後の空き教室。

 朝のフリーズ状態からすっかり回復した拓実は、なぜか腕を組み、得意げにふんぞり返っていた。



「ふん、簡単だったな。本気を出せばこんなもんだよ」


 挨拶ごときで本気を出したなんて、よくもまあ恥ずかしげもなく言えたものね。



「盛大に声裏返ってたわよ……あんなキモい挨拶しておいて、よくドヤ顔が出来るわね」


「超テンパってたっしょ? 笑えるくらいキョドりまくりだったよ」


 私と美咲がさっそく鋭いツッコミの矢を放った。



「なっ……! そ、それは不可抗力だ! ウォーミングアップが足りなかっただけで……!」


 必死にラノベ主人公のような言い訳を紡ぐ拓実。

 そんな現実逃避のバリアを、美咲がニヤニヤと楽しげな笑みで切り裂いた。


「ふーん。じゃあ、これからは一人で挨拶できるんじゃなーい?」



「えっ……!?」



 拓実のドヤ顔がピクッと引きつった。

 そこに、須藤が容赦ない真顔で冷酷な現実を突きつけた。



「そうだな。俺たちが毎朝アシストしてやるわけじゃないし、明日からは一人で頑張れよ」



「えっ……! む、無理だ! 俺一人じゃ結界を破れない!」



 今度は頭を抱えて絶望のポーズ。……まったく、いちいち大げさなのよ。



「甘ったれてんじゃないわよ。みんなに認知されたいなら、当たり前のように挨拶できるまで一人で続けなさい」



 私は一歩前に出て、正論ナイフを振り下ろした。



「いい? 挨拶は人間関係の入り口でしかないの。ここからは本格的な『会話のトレーニング』よ。結城たちの輪に混ざって、まともなコミュニケーションを学びなさい」


「そ、そんなぁ……」


「アハハ、佐藤ファイトー!」


 美咲の明るい笑い声が響く中、拓実はズルズルとその場に崩れ落ちた。



 外見のマイナスを乗り越えた先に待っているのは、地獄のコミュ力矯正スパルタ特訓。


 痛い幼馴染の「人間化」への道は、まだ始まったばかりなのよ。


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