第9話:痛いキャラ設定の崩壊(前編)
ただの挨拶で調子にのった勘違い野郎を、正論で叩き潰した私たちは、次なる単元――会話特訓に着手した。
自ら声をかけるという第一歩こそ踏み出したものの、肝心のコミュニケーション能力は依然としてマイナス限界突破のままだ。
このまま放置していたら、私の社会的尊厳が危ない。早急に対処する必要があった。
「それじゃあ、さっき宣言した通り『会話のトレーニング』を始めるわよ」
私が腕を組んで教卓の前に立つと、黒板の前に立たされた拓実がゴクリと大げさに喉を鳴らした。
「あんたね。ひな壇芸人じゃないんだから、無駄にデカいリアクションはいらないのよ。くだらないことして滑り散らかす前に、人の話を聞きなさい」
「うっ、わかったよ。じゃあ、会話って、具体的にどうすればいいんだ……?」
「まずは結城たちの雑談に混ざりなさい。結城、適当に話を振ってみて」
私の指示に、結城が軽く頷いた。
「おう。佐藤、昨日あのテレビ見たか?」
同世代なら誰もが知っている、超定番バラエティ番組の話題だ。
しかし、拓実は目を白黒させて固まっている。
見ていないのがバレバレだ。
ぼっちAIには、こんな時にどうすればいいのかプログラムされていないはず。
どんな反応を返してくるのか……嫌な予感しかしないわ。
数秒の気まずすぎる沈黙。
それに耐えきれなくなったのか、拓実の顔つきがスッと変わり、なぜか片手をポケットに突っ込んで斜に構えた。
「……愚問だな。俺には低俗な笑いに割くような時間はない」
やっぱり、顔を出したわね。
困った時のラノベ主人公風の台本棒読み。
想像の斜め上をいく返答に、結城は顔を引きつらせながらも、持ち前のコミュ力でなんとか会話をつなげようとしてくれた。
「お、おう。まぁそう言わずに今度見てみろよ。面白いぞ」
「やれやれ、意見を押し付けるなよ。まったく……理解に苦しむね」
やれやれ?
よくそんな手垢のついた台詞一つで、せっかく繋がった会話をゴミ箱へ叩き込めたものね。
他人のパスをシュレッダーにかけるその無神経さに、空き教室の空気が一瞬でシベリアの永久凍土並みに凍りついた。
「はい、ストップ!」
教卓をバンッと叩き、痛い幼馴染を絶対零度で睨みつけた。
「会話以前の問題ね。まずは、その痛すぎるラノベ主人公のモノマネを今すぐやめなさい」
「なんだよ。モノマネって、俺は別に――」
「あんたの悪い癖よ。どう返していいか分からなくなると、途端に『知的でクールな俺』ぶった口調でごまかそうとするでしょ?」
「なっ……」
容赦ない指摘に、分かりやすくたじろぐ拓実。
そこに結城が、真面目なトーンでトドメの一撃を放った。
「悪いけどさ、佐藤。率直に言わせてもらえば、それ全然クールじゃないぞ。ただの『面倒くさい奴』って印象だった」
「そ、そんな……」
善意の豪速球で、痛いキャラを完全に粉砕されたわね。
いつもは優しい陽キャの神にまで言われたら、さすがに堪えるでしょ。
「だいたい、同級生に対して『愚問』とか『理解に苦しむ』とか、あんた何様なの?」
見かねた結城が、今度は諭すようにパスを出してくれた。
「佐藤は、わからない話題だから切りたいんだよな? でも、それなら正直に『それ見てないんだけど、面白いの?』って言えばいいだけなんだよ」
「へ? それでいい……のか?」
「変に見栄を張ったり、痛いキャラでごまかしたりするから会話が拗れるのよ。知らない話題なんて誰にでもあるんだから、別に何も恥ずかしくないわ」
私たちの言葉に、拓実は目を見開いて驚いている。
こいつにとっては、話題についていけないことこそが最大の『恥』なのでしょうね。
ほんとバカな男。知ったかぶって痛いキャラ演じてる方がよっぽど恥ずかしいのに。
「いい? 日常会話に含みも伏線もいらないのよ」
「で、でも、それじゃ会話に面白みがなくないか?」
「あんたね……ラノベの読みすぎ。ここは現実なの。会話に必要なのは正確な情報の伝達と、最低限の愛想だけよ」
「あと、『やれやれ』もマジでやめた方がいいな。面白いどころか不機嫌に思われて、空気を悪くするだけだぞ」
「う、嘘だろ……ラノベなら格好良く見えるのに」
私と結城からの指摘を受け、拓実は自分が纏っていた『孤高のバリア』がただの『痛いコスプレ』だったとようやく自覚し、絶望したようにその場に崩れ落ちた。
……これで少しは自分の痛さを自覚したと思いたいところね。




