第9話:痛いキャラ設定の崩壊(後編)
少しの沈黙のあと。
結城が声のトーンを変えて口を開いた。
「なあ佐藤。俺、休日のボウリングの時から気になってたんだけどさ。お前、なんでそもそも自分から会話の輪に入ろうとしないんだ?」
痛いところを突かれた拓実は、勢いよく立ち上がって顔を背け、フッと鼻で笑った。
「……別に。一人が好きなんだよ。群れる必要性を感じないんだ」
また出た。こいつも懲りないわね。
陰キャ特有の『群れる奴らを見下して精神的優位に立つ』ムーブしたところで、あんたは孤高の主人公じゃなくて、孤立した陰キャなのよ。
私は呆れ混じりに息を吐き出し、拓実の逃げ道を完全に塞ぎにかかった。
「どうせ『誰も俺の得意なラノベやゲームの話を振ってくれないから』とか、被害者ぶってんでしょ」
「なっ……!?」
またしても図星を突かれて、ビクッと肩を震わせる拓実。
「あのね。『自分から輪に入る勇気がない』のを『一人が好き』に脳内変換して、『会話に入れない自分のコミュ力不足』を周りのせいにしてるだけでしょ。ダサすぎ」
「だ、だって、わからない話ばっかじゃ、俺が面白くないだろ?」
今度は『俺は悪くない』アピール!? 今日は陰キャあるあるとのエンカウント率が半端ないわね。
拗ねた子供のような態度を隠さない自己中オタクへ、今度は結城が真剣な眼差しを向けた。
「あのな、佐藤。会話っていうのは、自分の言いたいことだけ投げるんじゃなくて、みんなでパスを回してつないでいくもんだぜ」
「パスを……つなぐ?」
「ああ。流行りのテレビに興味がないのは別にいい。でも、その輪に入りたいなら、まずは相槌を打って相手のパスを受け止めろ。自分の話を聞いてほしいなら、まずは相手の話にしっかりリアクションを返す。それがコミュニケーションの基本だ」
結城の言葉に詰まる拓実に、今まで黙って見ていた美咲が容赦ない追撃を放った。
「てかさ、自分が好きな話題振られるの待ってて拗ねてるとか、ちょっと痛々しいっしょ。当たり前だけど、普段から反応しない人には、誰もわざわざ話を振ったりしないからね」
陽キャたちからのド正論コンボに、拓実は今まで自分を守っていた言い訳の防衛線が完全に崩れ去り、再びその場にへたり込んだ。
「昨日も言ったけど、拗ねて殻に閉じこもっている面倒くさいやつの機嫌を取ってやるほど、みんな暇じゃないのよ」
とどめの言葉とともに、私は明確な道標を突きつけた。
「結城たちを見なさい。あいつらがどうやって相槌を打って、どうやって周りを楽しませているか。あの輪に入って、一から学んで盗みなさい」
完全にプライドをへし折られた拓実は、しばらくうなだれていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「はぁぁぁぁ……」
――は?
わざとらしいほどの特大のため息をつき、あろうことか再び斜に構えたポーズをとったのだ。
「《《やれやれ》》……わかったよ。まずは、相手の話にリアクションを返せばいいんだな……」
こいつ、つい数分前に禁止されたばかりの一番痛いラノベ主人公ムーブを、息をするように炸裂させやがった。
「『やれやれ』はやめろっつっただろ!!」
「聞こえるようにため息もつくなー! こっちが不快になるから!」
結城が珍しく声を荒らげ、美咲も心底呆れた顔で、容赦のないツッコミを浴びせた。
静かに見ていた須藤もひっそりと頭を抱えている。
……まともな人間なら、この空気には一秒だって耐えられないはずよ。
「なっ!? ち、違う! これは俺の今の絶望感と悲壮感を表すための不可抗力で――」
「言い訳しない! 会話以前に、その骨の髄まで染み付いた痛いキャラ設定から先に叩き直してやるわ!」
手元のノートを丸め、必死に弁明を続ける幼馴染の頭をペシペシと叩きのめした。
「ぎゃああっ! やめろ、HPがゼロになるぅぅっ!」
どれだけ手間をかけさせるのよ、こいつは。
再び床に転がって悶絶するバグだらけの幼馴染を見下ろしながら、私は密かに――そして絶対に聞こえないように――小さくため息をついた。
果てしないコミュニケーション特訓は、まだ始まったばかりなのよね。




