第10話:壊れたログ収集bot
ほんと理不尽だわ。
『今日も拓実くんの様子見てきてあげてね』
私が『話しかけるな』って処刑宣告したところで、お母さんからの絶対的な業務命令が下れば、ラノベ勘違い野郎の世話をしないといけないなんて。
結局今日も、私は隣の佐藤家のキッチンで夕食の片付けをさせられていた。
視線の先、リビングのソファでは、ナマケモノに転生した幼馴染がゴロゴロと寝転がりながらスマホをいじっている。
自分の皿くらい自分で洗えと声を大にして言いたいけど、お母さんに知られれば痛い目を見るのは私だ。
自分で皿を洗うレベルまで教育するのは……今のペースだと遠い未来になりそうね。
ピコン。
ふと、エプロンのポケットでスマホが震えた。画面を覗き込むと、メッセージアプリに新しいグループが立ち上がっている。
作成者は美咲。メンバーは私、結城、須藤、美咲、そして――拓実の五人だ。
美咲『グループ作ったよー! これから連絡はここでよろしく!』
結城『おーす。了解』
須藤『サンキュー』
結城『てか今週末、みんなでどっか行かない?』
美咲『行く行くー! カラオケとか?』
須藤『いいね。俺、昼過ぎなら部活終わるから合流できる』
さすが学内カースト頂点の友人たち。テキスト上でも見事なパス回しね。
リズムゲームのフルコンボを見せられているような、心地いいまでのテンポ感だわ。
……だが、待てど暮らせど、すぐ近くでスマホを見ていたはずの男からはメッセージが投下されない。
チャット上では、結城たちだけで週末の予定がサクサクと決まっていく。
あいつ……結城や美咲から『相槌を打て』『反応をしろ』と言われたのに1ミリも学んでないわね。
ネットでも自分から輪に入ろうとしない受け身の姿勢は、全く同じじゃないの。
ソファへ視線を向けると、拓実はスマホを持ったまま、視線と指先を右往左往させていた。
回転速度の速すぎる大縄跳びを前に、入り時を完全に見失っている子供状態だ。
仕方ない。強制的に放り込んであげるわ。
私は濡れた手をタオルで拭き、チャット画面に直接文字を叩き込んだ。
凛子『拓実、見てるなら発言くらいしなさい』
美咲『あ、佐藤も見てるの?』
結城『おーい佐藤、週末どうする?』
私のメッセージに、ソファの上の拓実がビクッと肩を跳ねさせた。
そして慌てたように両手でスマホを持ち直し、フリック入力を開始した。
やっと反応したわね。
最初なんだから、『俺も行く』とか『了解』みたいな一言で十分なのよ。
……って、全く通知が来ないじゃない。
一言打つのに、一体何分かけるつもりなのかしら。
視線を向ければ、失敗即死の連打イベントでもこなすように、ひたすら画面を叩き続ける拓実が見えた。
嫌な予感しかしない。
やがて、ピコン! と通知音が鳴り、ついに拓実からのメッセージが投下された。
拓実『週末の件だが、俺はカラオケという大衆娯楽にはあまり明るくないんだ。だが、皆が行くというのであれば同行するのもやぶさかではない。ちなみに俺が歌えるのは特定の深夜アニメの主題歌のみだが、それでも構わないだろうか? もし良ければ、俺のオススメの曲のリストを後で送ろうと思うのだが』
さらに立て続けに、謎の美少女アニメキャラが『やれやれ』とドヤ顔をしているスタンプが、三連続で投下された。
「…………」
(……キモォォォォォッ!!)
『キモい』以外のワードが消失して、思わずスマホをシンクに落としそうになった。
スクロールしないと読めない、オタク特有の隙のなさすぎる長文。
誰も聞いてない、需要ゼロの自分語り。
無駄に硬いラノベ口調。
トドメに、文脈を完全に無視した痛すぎるスタンプの波状攻撃
なにこれ、地雷の詰め合わせギフト!?
一撃でチャットを崩壊させるなんて、破壊力高すぎでしょ。
チャットの更新が、ピタリと止まった。
数秒前までリズミカルに跳ねていたパス回しが、完全に空中で静止している。
予感的中の大事故だ。
結城『佐藤、文が重いってw あと硬い』
美咲『てかスタンプキモいんだけど! なにその絵!』
須藤『読むの疲れたぞ。行くなら行くでいいだろ』
ソファの上の拓実が、「なっ……!?」と素っ頓狂な声を上げてフリーズした。
このポンコツなオタクOSでは、みんなの切実な警告メッセージを正しく解読できないのでしょうね。
「……あんたね」
私はキッチンから、絶対零度の声を背中に投げつけた。
「昨日あれだけ『会話はパス回し』って言われたでしょ。なんで自分の言いたいことだけを、あんな長文で一方的に剛速球で投げつけるのよ。ドッジボールでもそんな殺意の高い球投げないわよ」
「だ、だって! 何を打ち込んだらいいか、わからないだろ!? だったら、思ったこと全部入れておけば間違いないと思って……!」
「あのね、スタンプの一つも押さずにROM専を貫いてたくせに、いざ発言したと思ったら画面を埋め尽くすような長文の自分語り。そんなの、ただのログ収集botが急にバグってウイルス混じりのスパムを送りつけてきたのと同じよ」
「ログ収集botって……!」
「いい? 無言は『肯定』じゃなくて『不在』なの。それに、チャットは便箋三枚の重い手紙じゃないわ。短い文でテンポよく会話をつなぐツールなの。あんなネットリした長文送られたら、返す方も同じくらいの熱量で返さなきゃいけない気がして引くでしょ」
「うっ……確かに、そうかもしれない」
「次からは相手の負担を考えなさい」
画面越しの結城たちのダメ出しと、私からの正論ナイフの連撃を浴び、拓実はHPゼロになってがっくりと肩を落とした。
ピコン。
須藤『あ、別に怒ってないからな。ビビる必要ないぞ』
結城『とりあえず、行くなら「行く」だけでいいから』
美咲『スタンプは普通のやつにしてよね! わかったら返事!』
みんな、ドン引きしつつ見捨てずにちゃんと軌道修正してくれてる。
この陽キャの神々には感謝しかないわ。
拓実が泣きそうな顔でスマホに向かい、しばらく悩んだ後、震える指で『わかった。行く』とだけ短いメッセージを送信した。
結城『よし。じゃあ日曜の昼で』
須藤『了解』
美咲『りょー!』
再び、テンポの良いパス回しが再開された。
先ほどの凍りついた空気が嘘のようにスムーズだった。
まったく、こいつには、一から十まで全部教え込まないとダメなのよね。
赤ちゃんの方がまだ学習能力高いわよ。
私はキッチンから、彼らがテキスト上で繰り広げる痛々しい『SNS特訓』の様子を、今日何度目かもわからない深い溜息とともに眺めた。




