第6話:ファッション初心者の生ゴミ錬成
アパレル店員へのフリーズ現象も強行突破して、なんとか無難な『マネキン一式』を手に入れた次の休日。
外見の最低ラインをクリアした記念というか、今後のコミュニケーション特訓も兼ねて、私たちは五人で駅前のボウリング場へと遊びに来ていた。
……嘘でしょ。
最後に待ち合わせ場所に現れた拓実の姿を見た瞬間、私と美咲は揃って頭を抱えた。
なんでたった一週間で、こうも綺麗にマイナス圏までリバウンドできるのよ。
首元に安っぽいドクロ。腰に場違いなチェックシャツ。そして、ウォレットチェーン再び。
せっかくゼロになったはずの外見が、再び地中深くへとダイブしている。
……本当に、どうかしてるわ。
「……ちょっと、佐藤。なにその格好。ベースは先週買った服なのに、なんでそんな余計なトッピングを追加してんの!?」
美咲が、地獄の底から響くような低い声で唸り、拓実の全身を指差した。
「シンプルなコーディネートが台無しじゃん! ジャラジャラうるさいウォレットチェーンは先週ダメって言ったよね!?」
「ん? ああ、これか」
私たちの険しい視線に気づいた拓実は、ドヤ顔をキメて少し得意げに鼻を鳴らした。
「先週買った服、確かに無難で悪くないとは思うんだ。でも、あのままだとあまりにも没個性すぎるだろ? だから、俺のパーソナルカラーとアイデンティティを表現するために、少し自分らしさを加えてみたんだ」
出たわ。オタク特有のオリジナリティ病。
謎プライドのせいで、無難な外見が事故物件に転生してるじゃない。
こいつ、オタク特性をフルスペックでインストールしすぎなのよ。
「はぁ!? せっかくアタシが選んであげたのに、何そのダサいトッピング! ドクロとか中二病こじらせすぎっしょ! それに腰のシャツ、色全然合ってないから!」
「なっ、なんだと!? 服の着こなしには『自分らしさ』が必要なんじゃないのか!」
逆ギレ気味に反論する勘違い野郎に対し、正論の刃を容赦なく振り下ろした。
「あんたね、料理を全くしたことがない素人が、レシピ通りに作らずに『隠し味』とか言って勝手にチョコレートやコーラを入れたらどうなると思う? ただの生ゴミが錬成されるだけでしょ。それと同じよ」
「な、生ゴミ……っ」
「いい? ファッション初心者に『オリジナリティ』なんて一万年早いのよ! 『自分らしさ』なんてものはね、基本のルールをマスターした人間だけが足せるものなの。あんたみたいなレベル1のド素人は、言われた通りに黙って着なさい!」
滅多刺しにされて、口をパクパクさせることしかできない拓実。
そこへ、結城と須藤が呆れ混じりの追撃を叩き込む。
「氷室と五十嵐の言う通りだな。俺たちも最初は、雑誌に載ってる無難な格好をそのまま真似するところから始めたし……それに、佐藤は中身で評価して欲しいんだろ? それならファッションは無難でいいんじゃないか?」
「スポーツでもなんでも、まずは基本の型からだぞ。自己流は怪我の元だし、初心者が自己流で上手くなることはないからな」
逃げ場のない正論の包囲網。
彼らの言葉は、悪意がない分だけ鋭く拓実の傷口を抉っていった。
「くそっ。わかったよ……」
反論の余地を失い、首のドクロネックレスと腰のチェーンを外し、チェックシャツと一緒にそそくさと自分の鞄の中へと押し込んでいく拓実。
「レベルが上がるまでは、パターン化された服を、教えられた通りに着回せばいいんだろ。ファッションって難しすぎだろ……」
「一生アレンジするなとは言わないわ。まずは『引き算』の美学を学びなさい」
冷たく言い放つと、美咲も「個性を出したい気持ちはわかるけどね」と呆れ気味に笑った。
こうして、外見に関する最後の障壁であった『独自のこだわり』を完膚なきまでにへし折ってやった。
髪型、服のサイズ感、そして基本の遵守。
これでようやく、佐藤拓実の外見は『視界に入っても不快にならない、普通の人間』の枠に収まった。
「よし、じゃあ気を取り直してボウリング行くぞー!」
結城の明るい声に導かれ、私たちは施設の中へと歩き出した。
***
安堵したのも束の間。これで全てが解決したわけじゃなかった。
「よっしゃ、ストライク! イェーイ!」
「おっし、ナイス結城!」
結城と須藤がハイタッチを交わして盛り上がっている。
なのに……あの陰キャオタクは、スマホのファンタジー世界にトリップしていて、他人の投球なんて全く見ていない。
せっかく外に連れ出したっていうのに、この場で鎖国体制を築くなんて、どんな神経をしてるのよ。
「あっ、おお……」
歓声にビクッと反応して、慌てて立ち上がったはいいけど……出した手のやり場がなさすぎて見てられない。
二、三歩どころか、周回遅れのエア・ハイタッチ。
虚空とハイタッチしてどうすんのよ。それとも、私らには見えない透明なお友達とでも遊んでるの?
「次、佐藤の番だぞ」
結城に声をかけられると、拓実はわざとらしく前髪をかき上げた。
「やれやれ、やっと僕の番か」
……出たわ、ラノベ主人公ムーブ。
鏡の前で何度も練習したんでしょうけど、隠しきれない棒読み感が痛すぎるのよ。
現実のボウリング場でそのセリフを吐けるメンタルだけは尊敬するけれど、せっかくの春の陽気にシベリアの永久凍土を召喚するのは、本気で勘弁してくれないかしら。
挙句に、大仰なフォームで投げたボールは当然のようにガターへ吸い込まれ、スコアはダントツの最下位だ。
そのくせ、「今日は指のコンディションが悪い」とでも言いたげな顔で、感触を確かめるフリをしながら戻ってくる。
うん。それは、ガター連発の人がする行動じゃないと思う。
「佐藤、ボールはもう少し腕を真っ直ぐ振った方が――」
「いや、今日は少し調子が悪いだけだ。俺に構わないでくれ……」
見かねた須藤のアドバイスも、拓実は謎のプライドで即座に遮ってしまう。
勝手に自爆して勝手に不機嫌になるとか、一番扱いに困るタイプなんだけど。
中身が伴わない「孤高の主人公ムーブ」なんて、ただの『滑稽な一人芝居』でしかないって……こいつが気付くわけないか。
その後、みんながベンチでジュースを飲みながら談笑していても、再び鎖国体制を築いた拓実は、相槌すら打たずにスマホを見つめていた。
こいつが元々ぼっちなのは知っていたけれど、想像以上に深刻だ。
同世代とのコミュニケーション能力が壊滅的すぎる。道端の石ころの方が、まだ空気を読んでいるかもしれない。
外見のマイナスがゼロになっても、こいつの中身にはまだ『コミュ障』という巨大なバグが残っている。
休日の遊びというカジュアルな場で、私はその事実を嫌というほど思い知らされた。
***
拓実っていう凶悪な不純物が混ざったせいで、無駄に疲れた帰り道。
少し前を一人で歩く拓実の背中を見ながら、結城が小声で話しかけてきた。
「なぁ、氷室。あいつ、コミュ力がマジでヤバいな。外見どころじゃないぞ。普段の学校生活、一体どうなってるんだ?」
「……多分、ずっと誰とも喋らずに教室の隅にいるんだと思うけど」
「週明けの月曜日、昼休みとかにあいつのクラスの様子、ちょっと見に行ってみないか?」
結城の提案に、須藤や美咲も不安そうに頷いた。
「……そうね。そうしましょう」
結城たちみたいに気を遣ってくれる陽キャ相手でこれなんだから……手加減のない普段のクラスで、あいつがどんな悲惨なことになっているのか。
ただのぼっちで過ごしているなら、まだいいのよ。
けれど、もし痛い言動や行動で周囲に悪影響を与えているのだとしたら――。
今は隠し通せているとはいえ、そんな男と幼馴染であるという事実は、いつか私の社会的尊厳を内側から腐らせる毒になりかねない。
深くため息をつきながら、週明けの現状確認を心に決めた。
次なるミッション、コミュ力改善計画の幕開けよ。




