第5話:駅前に暗黒騎士(笑)現る
美容室での『草刈り』を経て、髪型だけはなんとか「視界に入れてもいい生き物」レベルになった金曜日の放課後。
いつもの空き教室で、陽キャの檻に囲まれ縮こまっている拓実。
私は、そのシワだらけのシャツを指差して冷たく言い放った。
「あんた、なんで毎日そんなシワシワの制服を着てるの?」
すると拓実は、短くなった前髪を得意げにかき上げた。
髪を切った自覚がないのか、指に引っかかる毛すらない空振りの動作……。
そんな不毛なイケメンムーブを堂々と繰り出せるあたり、メンタルが相当バグっているわね。
「アイロンがけなんて無駄だろう。歴戦の勇者は、装備の傷なんていちいち気にしないものだ」
……勇者?
教室の隅で息を潜めているだけのスライムが、よくもまあそんな大層な役割を自称できたものね。
私は溜息を飲み込み、現実という名の刃を勇者(笑)に突き立てた。
「あのね、それは『歴戦の傷』じゃなくて、ただの生活力の欠如よ」
「なっ……」
「制服なんて毎日のコーディネートを考えなくていい分、求められるのは清潔感だけでしょ。周りから見れば『私はだらしない人間です』って看板を首から下げて歩いてるのと同じだわ」
「うっ……! じゃ、じゃあ私服ならいいんだろ! 俺の私服は暗黒に染まっていてクールだからな!」
……さっきまで勇者を名乗っていたのに、今度は暗黒?
その絶望的なワードセンスに、私だけでなく結城や須藤、美咲までもが、一様に顔を引きつらせた。
***
翌日の土曜日。駅前の待ち合わせ場所に現れた拓実の姿を見た瞬間、私は本気で踵を返したくなった。
見事なまでに全身真っ黒。しかも、絶望的にダサい。
「うわぁ……佐藤、マジでヤバすぎっしょ」
美咲がドン引きした顔で一歩後ずさる。
視線の先には、全身を色褪せた黒で固めた「暗黒騎士」の成れの果てが立っていた。
「なんなの? そのシャツ。胸にデカデカと『I’m a stud man.』って……。ウケ狙い? それとも何かの罰ゲーム??」
直訳すれば『俺はイケメンだ』、いや『俺は種馬だ』ってとこね。
公共の場で、この顔、このスペックでそれを宣言できる鋼の心臓……。
恥という概念を母親の胎内に忘れてきたのかしら。
「なっ……! 五十嵐さん、笑うなよ! これは闇に生きる俺のパーソナルカラーなんだから!」
……闇に生きるなら、白昼堂々と駅前に姿を晒すんじゃないわよ。
顔を真っ赤にして叫ぶ彼の腰元では、安っぽいシルバーチェーンがジャラジャラと不協和音を奏でている。
「佐藤、そのチェーン……歩くたびにうるさいな。犬の散歩でもしてきたのか?」
須藤が、実用性のない物体の騒音に顔をしかめている。
「そ、それに佐藤……服がそんなにショボ……いや、ヨレヨレなのに、靴だけ無駄に高いブランド物なのはどうしてなんだ……?」
結城までもが、その絶望的なアンバランスさに困惑の色を隠せないでいる。
「……靴だけ一丁前にブランド物みたいだけど、服がその状態じゃ偽物にしか見えないわよ。せっかくの高級品が、あんたのセンスに汚染されて泣いているわ」
私たちの容赦ない寸評に、拓実はぐうの音も出ずに口をパクパクさせていた。
「はいはい、佐藤のセンスが壊滅的なことがわかったから、さっさと行くよー! キミの服はファストファッションの店が全部決めてくれるから!」
美咲が呆れ果てた声で号令をかけ、私たちは瀕死の暗黒騎士(笑)を駅前の大型アパレル店舗へと強制連行した。
***
明るい照明とお洒落なBGMが流れる大型店舗に足を踏み入れた途端、拓実の顔色からサッと血の気が引いていくのがわかった。
また出たわね。美容室と同じ、お洒落空間への拒絶反応。
休日のためカップルや若者で賑わうこの空間は、こいつにとって即死レベルな毒の沼地ってとこかしら。
そこに、トドメとばかりに陽キャオーラ全開のお兄さん――アパレル店員が爽やかな営業スマイルで近づいてきた。
「こんにちはー! 何かお探しですかー? サイズのご相談も乗りますよー!」
「ひっ……!」
天敵の襲来に、完全パニック状態で目を泳がせる拓実。
「あ、いや、えっと、その……探索を……」
「え? たんさく? ですか?」
……また始まった。
こいつ、陽キャに出会うと秒で言語中枢がバグるわね。
ここは服屋であってダンジョンじゃない。レアアイテムを探す前に、あんた自身が脱ぎ捨てられない「呪いの装備」って自覚を持ちなさい。
「ち、ちがっ……! あ、いや、探して、ない、です……ただ、いるだけで……ふひっ」
また、「ふひ」ったわね。
陽キャの眩しいオーラに当てられて完全にオタクCPUがショートしてる。
店員さんの爽やかだった営業スマイルも、『ヤバい客に声をかけてしまった』という明らかな後悔で引きつっていく。
まずいわね。あまりのキモさで、罪のないお兄さんを精神汚染で駆逐しそうだわ。
なによりこのままじゃ、一緒にいる私たちまでこいつと同種の「残念な生き物」だと思われて、社会的に死ぬことになりかねない。
即座に店員と拓実の間に割って入った。
「すみません、自分たちで見るので大丈夫です」
努めて冷静な声で言い放ち、拓実の襟首を掴んで強引に店員から引き剥がした。
「やばかったねー。気を取り直して、服を探そっか! あ、どうせまた変な黒い服にするんだから、時間の無駄だし、佐藤は選ばなくていいよー」
「そ、そんなことはない! まずは、このXLサイズのパーカーと――」
「却下。ダボダボの服を着て可愛く見えるのは女子だけよ。あんたが着ると『服に着られてる子供』か『急激に痩せた病人』にしか見えないわ。裾を余らせて短足アピールでもするつもり?」
「うっ……」
「佐藤には……はい、これ! ファッション初心者にオリジナリティなんて不要だから!」
美咲がズバッと指差したのは、無難でお洒落なコーディネートがされたマネキンだ。
「このマネキンが着てるやつ、上から下まで全部同じのもってきて! サイズはもちろんジャストサイズで!」
そして数分後。
試着室から出てきた拓実を見て、美咲がポンッと手を叩いた。
「ほらね! 白のジャストサイズのカットソーに、細身の黒のチノパン! さっきまでのダサさが嘘みたいにまともになったっしょ!」
腕を組んで、その姿を品定めするように上下から観察した。
「……まあ、無難ね。とりあえず『無害な村人A』くらいにはなったんじゃない?」
「村人Aって……俺の個性が完全に死んでるじゃないか……」
「あんたのキモい個性は服を変えたくらいじゃ消えないわよ。ようやく外見のマイナスがゼロになっただけなんだから」
文句を垂れる拓実を無視して、「マネキン一式」を強制的にお買い上げさせた。
まだ怪しいけど、これで服装も『最低ライン』はクリアしたわ。
それよりも、あの店員との会話で見せた絶望的なコミュ障ぶりを見る限り……外見以上にバグってるのよね。
はぁ……嫌な予感しかしないわ。




