第48話:埋まる外堀、壊れる外壁
まさか、本当にこんな日が来るなんてね。
結城たちからの祝福という名の弄りを終えて、私と拓実は手を繋いで歩いていた。
まだ少しフワフワした気分で家の前にたどり着くと、そこには楽しそうに立ち話をしている、見慣れた二人の姿があった。
あ、そっか……今日は卒業式だから、佐藤のおばさんも休みを取ってたのね。
って、そんなことより! 私たち、バッチリ手を繋いでるじゃない……っ!
こんなの見られたら……っ!!
「あらあら?」
っ……! 遅かった。
「なんだか二人の雰囲気が違うわねー」
うちのお母さんが、慌てて離れた私たちの手元をニヤニヤと見つめた。
「氷室さん、これは……もしかすると、もしかするんじゃないかしら?」
おばさんも、すっかり垢抜けて『優良物件』となった息子の顔を見て、嬉しそうに目尻を下げた。
「まぁ! お赤飯用意しなきゃ! 今夜はごちそうよー」
「ちょ、ちょっと、お母さん!?」
気の早いお母さんの言葉に、私は慌てて制止に入った。
「あら? 違うの?」
「いや……その……」
顔が熱くなって言葉に詰まる私の横で、拓実は小さく息を吐き、両家の母親へ向き直った。
拓実は一度だけ私の方を向き、確認するように、真剣な顔で小さく頷きかけてきた。
はぁ……誤魔化すつもりはないのね……。ほんと、バカ正直なんだから。
いいわ。任せるわよ。
私も観念して、小さく頷く。
「拓実、どうなの?」
「凛子さんと、お付き合いさせていただくことになりました」
大人の前で背筋を伸ばし、真っ直ぐに宣言した。
「やっぱり! 良かったわねぇ、凛子」
「もう……やめてよ、お母さん」
親に交際の報告をするなんて、恥ずかしすぎるわよ。早めに話を切って逃げないと……。
「ねぇねぇ……どっちから? やっぱり拓実?」
おばさんが、投資したスポンサーとして、結果が気になって仕方ないという顔で、グイッと身を乗り出した。
「うん。俺から『これからも、ずっと俺の隣にいてくれ』って――」
「ちょっ……拓実!? バカッ、親の前で何言って……!」
また出たわね。素直すぎるバカ!
馬鹿正直に告白のセリフまで暴露するんじゃないわよ!!
最悪だわ……隠し事をしない弊害が、よりによってこんなところで暴発するなんて!
両家の母は、まるで女子高生のように「きゃああああーっ!!」と黄色い悲鳴を上げた。
「聞いた!? 『ずっと隣にいてくれ』ですって! これもう実質プロポーズじゃないの!」
「春先のダサいオタクから、よくぞここまで立派な男になって……お母さん感動しちゃう」
クリスマス会の時以上に盛り上がる母親たちを前に、拓実も困惑気味に頭を抱えている。
自分から地雷踏みに行ったくせに、『どうしてこうなった……』みたいな困り顔してるんじゃないわよ!
あんな風にカミングアウトしたら、こうなるのは当たり前でしょ!
あんたには、まだまだ教育が必要だわ……。
「これからは毎日、拓実くんのお部屋に通っちゃうのかしら? あ、お泊まりするときはちゃんと言いなさいね」
「っ……! お母さんっ!!!」
「うふふ。うちは構わないわよ。なんなら拓実の部屋のベッド、少し大きいのに買い替えようかしら」
「母さんまで何言ってんだ!?」
「二人とも同じ秀瑛高に行くんだし、もういっそ、うちと佐藤さんの家の間の壁、ぶち抜いちゃいましょうか?」
「名案ね! 高校を卒業したらすぐにでも籍を入れられるように、今から結婚式場のパンフレット集めておかないと」
「お孫ちゃんの顔を見るのが今から楽しみだわ〜」
「ちょっと待て! 気が早すぎるだろ!」
ああもうっ! 拓実のせいよ!!
余計なことまで言ったせいで、ニヤニヤコンビの妄想が止まらなくなったじゃない!
もう限界だわ!!
「もうっ! 拓実、行くわよ!」
「わっ、おい、凛子!?」
私は、拓実の腕をガシッと掴んで強引に自分の家へと連れ込んだ。
「あらあら、照れちゃって」
「若いっていいわねぇ」
バタンッ! と勢いよく閉めた玄関のドアの向こうから、両家の母の楽しげな笑い声がいつまでも響き渡っていた。




