第47話:一年越しのリベンジ
三月中旬。私たちにとって中学校最後の日。
卒業式が終わり、ホームルームも解散したあとの、いつもの空き教室。
私、拓実、結城、須藤、美咲の五人は、名残惜しそうに集まって談笑していた。
「いやー、ついに卒業かぁ。なんかあっという間だったな」
結城が卒業証書の入った筒をポンと叩いた。
「そうだな。俺だけ違う高校だけど、お前らと友達なことは変わらないしな」
スポーツ推薦で別の高校へいく須藤が、少しだけ寂しそうに、けれど力強く笑った。
「そうだよー! 高校離れても絶対遊ぶっしょ!」
美咲も明るく笑い、五人の輪の中に温かい空気が流れる。
……この五人でいられるのは嬉しいけど。
肝心のあいつからは、あの日以来何も言ってこないのよね。
結局、何の進展もないって、ほんとに感謝の気持ちしかないってことなの……?
ふと、結城と須藤が顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
そして、二人は同時に、拓実の背中をバンッと強く叩いた。
「いっ!? な、何すんだよお前ら!」
「よし。じゃあ、いっちょいってこい佐藤」
結城が親指を立てる。
「ああ。俺たちからの『卒業試験』だ。見事に合格してこいよ」
須藤も腕を組み、拓実の背中を押した。
「ふふっ、頑張ってねー、佐藤」
美咲までニヤニヤしながら、私と拓実を交互に見つめている。
「お前ら……」
拓実は苦笑しながら三人に頷くと、深く深呼吸をして、真剣な顔で私に向き直った。
「凛子、ちょっといいか」
「え……う、うん」
親友たちに見送られながら、私たちは空き教室を抜け出し、誰もいない中庭の桜の木の下へと向かった。
***
まだ蕾の固い桜の木の下で、拓実は私と正面から向き合った。
「……凛子」
「……うん」
……今度こそ、期待していいのよね。
また『ありがとう』とか言い出したら引っ叩くわよ。
「春に『普通の人間になるまで話しかけるな』って言われてから、約一年。俺は必死で変わろうとした。みんなのおかげで、なんとかお前の隣を歩けるくらいにはなれたと思う」
「……そうね。十分に、なれたわよ」
自分でもわかるほど声が震えちゃってるわね。
心臓がうるさくて仕方ないわ。きっと顔も真っ赤でしょうね。
「あのときの告白は、ただ自分が主人公になりたかっただけの、最低な勘違いだった。本当にごめん」
「……」
やっぱり、あの好意は勘違いだったってことなのね。
息が詰まって、うつむきそうになった、その時。
拓実はそこから一歩踏み出し、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「でも、今は違う」
「え……!?」
拓実の顔が、少しだけ赤く染まっている。
「ラノベのヒロインでも、幼馴染の延長でもない。俺は……氷室凛子っていう、一人の女の子のことが本当に好きだ」
うるさかった心臓が、ドクン、と最大級に大きく跳ねた。
「だから……これからも、ずっと俺の隣にいてくれ」
「…………っ!」
泥臭くて、ストレートな告白。
お洒落な言い回しや、気の利いたポエムなんて一つもない。
だけど、私にとっては、世界中のどんな甘い言葉よりも響く、最高のセリフだった。
今まで必死に取り繕っていた『絶対零度の仮面』なんて、彼の熱い言葉の前では、とっくに溶けて無くなっていた。
「……凛子?」
私は答えるよりも先に、拓実の胸へと勢いよく飛び込んでいた。
「わっ!? り、凛子!?」
拓実の体がビクッと硬直する。
「……遅い!」
私は拓実の胸に顔を埋めたまま、涙声で文句を言った。
「普通の男になったのに、どれだけ待たせるのよ、バカ拓実!」
「わ、悪い……。体力も勉強もコミュ力も死ぬ気で鍛えたけど……恋愛だけはどうしていいかわからなくて、勇気が出なかったんだよ……」
耳まで真っ赤にして情けない弁明をする拓実に、私はたまらず吹き出した。
「ふふっ、何それ。あんたらしいわね。……でも、許してあげる」
私は顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「今の拓実、とっても格好いいよ。だから……これからもずっと、隣にいてあげる」
自然と頬が緩むのを感じながらそう告げると、拓実は今までで一番優しくて、男らしい笑顔を見せた。
「……ああ。これからもよろしく、凛子」
彼の手が、私の背中にそっと回された。
……やっと、本当に終わったのね。
長くて痛くて、最高に愛おしい『人間矯正計画』が完結した。
甘い空気に包まれ、私がそっと目を閉じようとした、その瞬間だった。
「きゃー、凛子が抱きついちゃったよー!」
「マジかよ……あの『氷の処刑人』が……デレすぎだろ」
「いやぁ、熱いねぇ、お二人さん」
――は?
少し離れた校舎の陰から、美咲と結城、それに須藤がニヤニヤしながら歩み寄ってきたのだ。
「ちょ、ちょっと! 見てたの!?」
慌てて拓実から離れ、顔からマグマが噴き出すほどの熱を感じながら叫んだ。
「当たり前だろ。二学期くらいから、どっちも大好きなくせにじれったかったからな」
須藤が呆れたように笑う。
「嘘でしょ!? そ、そんなバレバレなんてことは……!」
「氷室も大概バレバレだったぞ。秋頃から露骨に目で追ってたし、女子に話しかけられてるの見てめちゃくちゃ焦ってたし」
結城が容赦なく暴露した。
……最悪だわ。私がヤキモチとか、全部バレてたってこと!?
「冬なんか、佐藤が勉強にストイックになりすぎて全然構ってくれないからって、ウチに毎日愚痴の連絡きてたからねー」
「ああもうっ! 言わないでよ美咲!!」
美咲のトドメの追撃に、私はついに頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「はははっ、まあ佐藤も大概だけどな。『凛子が可愛すぎて部屋での勉強に集中できない』とか言ってたし」
「ちょっ、結城!!」
――は? そうだったの!?
弾かれたように隣を見ると、拓実は耳まで真っ赤にして結城を睨みつけていた。
「口を開けば『凛子が――』だもんな。氷室のこと好きすぎだろ」
「話しかけたいのも必死に我慢してたもんねー」
「須藤も、五十嵐もやめてくれ! 恥ずかしすぎる!!」
私の方が恥ずかしいわよ!!
頭を抱えてしゃがみ込む拓実を見て、私も熱を持った顔を両手で覆い隠した。
「あははっ、世話の焼ける幼馴染だねー、ほんとに」
笑い合う親友たちと、隣で顔を覆って悶絶する拓実。
……もう、これじゃ二人揃って形無しじゃないの。
だけど、顔を隠したって、私の口元はどうしようもなく緩みっぱなしだった。
やかましい親友たちの笑い声に包まれながら、バカな幼馴染と歩む私の新しい日常が、ここから始まろうとしていた。




