第45話:無害化計画の終わり
三月、春の陽気が近づく中。秀瑛高の掲示板の前には、私、拓実、結城、美咲、そして既にスポーツ推薦で合格を決めている須藤の五人が集まっていた。
「……あった! 俺と五十嵐、あるぞ!」
「マジ!? やったぁぁぁ!」
結城と美咲が歓声を上げた。私も自分の受験番号をすぐに見つけた。
だが、そんなことよりも確認しなければならない番号がある。
お願い、お願い……。
掲示板の数字をなぞる指先が、微かに震える。
「……あった。俺の番号、あったぞ!」
拓実の震える声が響いた。
「拓実っ!!」
私は無意識のうちに、拓実の胸に飛び込もうと一歩踏み出していた。
って、ダメよ! 自分の合格より喜ぶとか……こんなの、好きなのがバレバレじゃないの。
ギリギリのところで急ブレーキをかけ、抱きつきそうになった両手を無理やり空中で泳がせてから、強引に腕を組んだ。
「……ま、まあ。私が教えたんだから、受かって当然ね。おめでとう」
危ないところだったわ……いくらなんでも浮かれすぎよ。
「ふふっ、凛子、今絶対抱きつこうとしてたっしょー」
私の不審な動きを横から見ていた美咲が、ニヤニヤと小突いてきた。
「ち、違うわよ! ちょっと、つまずいただけだから!」
「まったく……素直じゃないんだから凛子は」
「もう! 美咲っ!!」
ギャハハと笑う美咲に抗議していると、少し離れたところで男子三人が肩を叩き合っている声が聞こえてきた。
「佐藤、マジで頑張ったな。お前がここまでやるとは思わなかったぜ」
「ああ。受験ギリギリまで、俺のトレーニングにも付き合ってたしな。本当にお疲れさん」
「そうだよー。最初はキモい外見のヤバい奴だったのに、すっかりカッコよくなっちゃってさ!」
美咲も笑いながら会話に乗っかった。
春先に、私が無理やり彼らの中に放り込んだ『最底辺の陰キャ』は、もういないわね。
今はどう見ても対等な友人として、自然に溶け込んでいるんだもの。
私は、拓実の顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「これなら……もう『俺はまだ普通じゃない』とか、言わないわよね?」
あーあ、結局待てずに自分から聞いちゃうなんて、どんだけチョロいのかしら。
惚れた弱みとはいえ、屈辱だわ。
「……ああ。みんなのおかげで、ようやく同じ場所に立てたよ」
拓実は大きく頷き、私と、三人の恩人たちに向かって、深く深く頭を下げた。
「……見捨てずにここまで引っ張ってくれて、本当にありがとう!」
ふふ、あのポエミーで気持ち悪い告白の面影なんて、もう一ミリもないわね。
私が望んだ通りに、この幼馴染を『無害な普通』に矯正するという計画は、大成功に終わった。
間違いなく、そう言い切れるわ。
これで、ようやく元の幼馴染に戻った。
これからは普通に話せるし、隣を堂々と歩くことだってできる。
だけど……。
あんたのせいで……ただの『幼馴染』じゃ、全然足りなくなっちゃったのよ。
さっさと責任取りなさいよね、バカ拓実。
***
帰り道。五人で並んで駅へと歩いている最中、拓実はさっきからずっとそわそわと視線を泳がせている。
後ろを歩く結城と須藤が、拓実の背中をポンポンと叩いて、何か小声で囁いているのが見えた。
すると、拓実が立ち止まり、ゴクリと喉を鳴らした。
「あのさ、凛子」
「えっ、な、なによ」
急に名前を呼ばれ、つい構えてしまった。
拓実は耳まで真っ赤に染めながら、真剣な顔で私を真っ直ぐに見据えてきた。
「……合格のお礼がしたいから、その……こ、今週末、二人でどこか出かけないか?」
「えっ!?」
ドクン、と心臓が特大の音を立てて跳ね上がり、呼吸が止まった。
二人で出かけるって……つまり……デートのお誘いってこと!?
あまりの衝撃に、私はその場から一歩も動けなくなってしまった。
「おっ、二人で打ち上げ!? いいじゃん! 行ってきなよー」
硬直する私の背中を、美咲がニヤニヤしながらドンと押してきた。
「なっ……! ちょっと」
私は必死に『絶対零度の仮面』を引っ張り出した。
「ま、まあ……あんたがどうしてもお礼をしたいって言うなら、もらってあげるくらいは……いいわよ」
でも結局、そっぽを向いて、どうにかその言葉を絞り出すのが精一杯だった。
「本当か!? ありがとう、凛子! すっごく嬉しいよ!」
っ……! なんでそんなに嬉しそうに笑うのよ……。
この『素直すぎるバカ』の破壊力が高すぎて、デートなんかしたら心臓がオーバーヒートするんじゃないの!?
生きて帰れるかしら、私。
……まったく、こんなに振り回されるなんて、完全に計算違いだわ。
週末の初デート……完璧にエスコートしてみせなさいよね。バカ拓実。




