第42話:不器用な二人
二月十三日の夜。キッチンのテーブルに座り、私は小さな箱に丁寧な手つきでリボンを結んでいた。
市販の製菓材料を買い込み、レシピ動画を何度も確認して作った、少しだけ不格好なトリュフチョコ。
ふふ、初めてにしては上手くできたわね。
あいつが全力でしっぽを振って喜ぶ姿が目に浮かぶわ。
「あらあら〜。すっごく気合が入ってるわねぇ」
突然、背後からお母さんがニヤニヤしながら顔を出した。
「えっ!? ちょっ、なんでいるの!? パートは!?」
「拓実くんへの本命チョコ? 一生懸命手作りなんて……凛子ったら可愛らしいわねぇ」
「ち、違うから! これはただの義理! あいつが最近勉強頑張ってるから、ただの糖分補給のご褒美ってだけよ!」
とっさに箱を隠すように両手で覆ったけど、手遅れだった。
「ただの義理チョコなのに、わざわざ手作りして? そんな可愛いラッピングまで用意するの? 素直じゃないわねぇ〜」
うるさいわね。
市販のチョコで手抜きだって思われるのが嫌なだけよ。それだけなんだから!
絶対零度の視線で睨みつけても、お母さんのニヤニヤは一向に止まらない。
それどころか、ハゲタカみたいに私の周りをグルグル回っては「ふーん……」「へぇ……」などと言いながら弄り倒してくる。
ほんと鬱陶しいわね。こうなるのが嫌だったから、パートに行ってる隙に作ったのに。
はぁ……でも、もういいわ。この人を相手にするだけメンタルの無駄づかいなのよ。
チョコはちゃんと作れた。それで良しとするわ。
***
バレンタイン当日の放課後。
私は隣の佐藤家にお邪魔して、拓実の部屋で勉強会を開いていた。
いつも通り、拓実は机に向かってカリカリとシャーペンを動かしている。
……落ち着け、私。これはただのご褒美、ただの糖分補給なのよ。
渡すなら今しかないわ。変にタイミング計ってたら余計に意識しちゃうんだから。
ふっと息を吐いて、私はカバンからチョコを取り出すと、拓実の机の端にドンッと置いた。
「……ん? えっ……? 凛子、これって……」
突然置かれた小箱を見て、拓実が目を丸くした。
「……模試でB判定まで来たし、まあまあ頑張ったご褒美よ。……余り物だけど」
そっぽを向きながら、できるだけぶっきらぼうな声を作って言い放った。
「マジか! ありがとう、凛子! すっげえ嬉しい!!」
拓実は、なんら疑うことなく満面の笑みを浮かべている。
もう……相変わらず感情がストレート過ぎるのよ。
予想通りとはいえ……ここまで全力でしっぽを振られると、こっちの調子が狂うじゃないの。
「ほ、ほら、溶けないうちにさっさと食べなさいよ」
その無防備な笑顔を直視できず、私は手元の参考書へ視線を落とした。
しかし、隣からはラッピングを解く音が一向に聞こえてこない。
横目で確認すると、拓実は小箱を両手で大事そうに持ち、嬉しそうに眺めているだけだった。
「いやー、すごい綺麗な箱だな。バレンタインのチョコって、こんなに凝ってるんだな」
――は? ちょっと待って。
こいつ……この本命感丸出しのラッピングと中身を見て、手作りだって気づいてないの!?
普通なら、不揃いな形やラッピングを見て「これ、手作り?」と聞いてくるはずよね。
……もしかして……いや、間違いない。
こいつ、バレンタインに女子からチョコをもらった経験がないんだわ!
去年までマイナス限界突破のキモいぼっちだったんだから、当然と言えば当然だけど。
だから、市販の高級チョコと手作りの判別なんかできるわけないのよ。
最悪だわ……せっかく昨日、指先をチョコまみれにしながら作ったのに。
「お店の人はすごいな。食べるのがもったいないくらいだ」
違う! 作ったのは私!!! あんたのためにわざわざ作ったのに!
存在しない人間に感心してるんじゃないわよ、バカ拓実!!
あぁもう、限界だわ。恥だろうが自分で言ってやる。
「あ、あのね、それ……私がわざわざ……」
私が『手作りだ』と口走ろうとした、まさにその瞬間だった。
拓実がようやくラッピングを解き、中に入っていたトリュフチョコを一つ摘んで、口に放り込んだ。
「……うまいっ!」
拓実がパッと目を見開き、私の方へ顔を向けた。
「これ、めちゃくちゃ美味しいな。凛子、本当にありがとう!」
心底美味しそうに笑う顔と、真っすぐな感謝。
「……」
なんか……手作りかどうかなんて、どうでもよくなったわね。
美味しかったなら、もうそれでいいわよ……。
だけどね。『素直すぎるバカ』の特大の一撃をゼロ距離で浴びたせいで、顔は熱いし、心臓の音がうるさいくらいに鳴りっぱなしなのよ!
ほんっと、あんたのせいで私の情緒はメチャクチャよ!
いいわ、このエネルギーは全部あんたの勉強にぶつけてやるわよ。
私は手元の参考書をバンッと叩いた。
「……ほら! 糖分補給したならさっさと次の問題解くわよ! 本番までもう時間がないんだから!」
「ああ、任せてくれ! 絶対同じ高校に行くんだからな!」
拓実は力強く頷き、気合を入れ直して再びシャーペンを強く握った。
甘い時間は終わりよ。
受験本番まであと少し……。絶対にこのポンコツ幼馴染を、私と同じ高校にねじ込んでみせる。そう決意して私は参考書のページをめくった。




