第40話:漏れだす本音
三学期が始まって間もない、一月中旬の放課後。
家に帰ると、キッチンに立っていたお母さんが、待ってましたとばかりにニヤニヤしながらタッパーを差し出してきた。
「おかえり〜凛子。拓実くんね、無理しすぎたみたいで熱出して学校お休みしたんだって」
「え? そうだったの?」
確かに今日は学校で見なかったわね。
放課後の集まりにも来なかったから、クラスメイトとの用事かと思ってたけど……。
「だから……はい、これ! 消化にいいお粥とおかず作っておいたから、合鍵で入って様子見てあげてね!」
「……はぁ!? なんで私が!」
「そんなにツンツンしないでいいのよー。心配でしょ? それに、佐藤さんにも頼まれてるし、ね?」
「べ、別に心配なんて……。だったら、自分で持っていけばいいじゃない!」
「私、これからパートなのよ。じゃ、よろしくねー!」
「えっ、ちょっと……」
有無を言わさぬテンションでタッパーを押し付けて、風のように家を出ていくお母さん。
「はぁ……ほんと、鬱陶しいんだから。拓実のことになるとテンションが高すぎなのよ。それに、あいつは大事な時期になにやってんのかしら。バカは風邪を引かないんじゃなかったの?」
文句を言いながらも、気づけば私は隣の佐藤家の玄関の前に立っていた。
まぁ、おばさんにも頼まれたみたいだし、仕方ないから面倒見てあげるわよ。
私はポケットから合鍵を取り出し、そっと鍵穴に差し込んだ。
***
「……入るわよ」
拓実の部屋のドアをそっと開けると、苦しそうに荒い息を吐きながら、ベットに横たわっている拓実がいた。
思ったより酷そうね。見事に顔が真っ赤だわ。
まったく、どれだけ無理したんだか……。
「……あんたね、毎朝のランニングと夜更かしの勉強で限界超えてたんでしょ。やりすぎよ。バカじゃないの」
腕を組んでベッドのそばに立つと、拓実は熱で潤んだ目で私を見上げて、ふにゃりとだらしない笑顔を浮かべた。
「はは……ごめん。でも……凛子が来てくれて、すごく嬉しいよ」
「なっ……!?」
「凛子の顔が見たいなって思ってたから……なんか、安心した」
こいつ……熱でストッパー外れて、いつも以上にド直球じゃないの!!
こんなクサいセリフ投げつけてきて……私を殺す気!?
熱くなった頬を隠そうと視線を逸らしていると、ベッドがギシッと鳴った。
見れば、拓実がフラフラと上半身を起こし、机の上に広げっぱなしの参考書に手を伸ばそうとしている。
「……冬休み明けのテストも近いし……少しでも単語を――」
「……寝なさい」
「でも、結城たちに置いていかれるわけには――」
「バカなの?」
私はベッドの脇に立ちふさがり、絶対零度の視線を突き刺した。
「熱でバグった脳みそに単語詰め込んだって、一文字も定着するわけないでしょ。そんなの非効率の極みだわ」
「う……でも――」
「いい? 今のあんたには『寝て治す』以外のタスクなんか存在しないのよ。素人が自己判断で無理するな!」
すると、拓実は少し驚いたように目を丸くした後、大人しく手を引っ込めた。
そのまま、素直にベッドに潜り込んでいく。
「……わかった。凛子が言うなら、大人しく寝るよ」
ふん……。久しぶりに正論の刃を抜き放ったけど、鈍ってなかったわね。
あんたは、そのままおとなしく寝てなさい。
***
キッチンでお粥の準備などを終え、再び部屋へ様子を見に行くと、拓実は深く眠っていた。
ベッドサイドの椅子に腰を下ろし、その寝顔をぼんやりと見つめていると、なんだか胸の奥が妙にむず痒くなってくる。
あーあ、なんでこんなやつに惹かれちゃったのかしら。
キモくて、ダサくて、痛いだけのオタク幼馴染だったくせに……生意気なのよ。
最近は、なんだか寝顔まで大人っぽく――。
「……凛子……」
えっ……なに!?
「……一緒に……」
い、一緒に? 一緒になによ!?
『同じ高校に行こう』ってこと!?
それとも……っ!
「…………」
……最後まで言いなさいよっ!
なんなのよ、この中途半端な寝言は!!
あぁもう……心臓がうるさい。
続きが気になって、呼吸すらまともにできなくなってるじゃないの。
……ほんと、私の心臓をどうするつもりなのよ。
でも……まぁ、悪い気はしないから、今日のところはこれで許してあげるわ。
気がつけば無意識のうちに、眠り続ける拓実の頬へと手が伸びていた。
触れるか触れないか、そのギリギリの距離まで指先が近づいた――その瞬間。
「……」
背後から妙な『気配』と『視線』を感じて振り返ると、少しだけ開いたドアの隙間。
そこにはトーテムポールみたいに縦に並んだ二つの顔。
いつの間にか帰宅していたニヤニヤコンビが、揃って満面の笑みでこちらを覗き込んでいた。
「あらあら〜、お邪魔だったかしら〜?」
「気にしないでいいのよ〜、凛子ちゃん。ゆっくり看病してあげてね」
ちょっと!! なんでいるの!?
二人とも仕事は!?
「ち、違う!! これは熱があるか確認しようとしただけで……っ!!」
最悪……よりによって、この二人に見られるなんて。過去一番、最悪の中でも最悪だわ。
ニヤニヤ顔の二人を前に、私は顔を手で覆って声にならない悲鳴を上げるしかなかった。




