第34話:止まらぬ優良物件の噂
球技大会の翌日の昼休み。
私と美咲、それに結城と須藤の四人は、隣のクラスの廊下の壁際から、こっそりと教室の中を覗き込んでいた。
昨日のあれが偶然じゃないなら、とんでもなくマズいことになるわ。
あいつが本当に注目され始めてるのか、確認しておかないと。
「佐藤の様子を見に来るのも久しぶりだよな」
結城が不思議そうに首を傾げた。
「もう大丈夫だろ? 今日は何の確認なんだ?」
須藤も同意するように隣で頷く。
二人からの疑問に、美咲がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふふ、今日はねぇ。佐藤のモテ具合調査だよー。いい感じに仕上がってきたのが、周りの女子にもバレ始めてるんじゃないかって思ってね」
「なるほどな。どれどれ……」
結城たちが興味津々な様子で教室の中を覗き込んだ。
「おっ。ちょうど女子が話しかけるっぽいぞ」
須藤の声に、私も慌てて視線を戻すと、自分の席に座っている拓実に、クラスの女子が近づいていくところだった。
「ねえ佐藤くん、今日の社会のノート、みせてくれない?」
女子の問いかけに、拓実は振り返って頷いた。
「ああ、いいよ。ここ、先生がテストに出すって言ってたから、マーカー引いといた方がいいぞ」
「そうなんだ! さすが佐藤くん、ありがとう!」
「お、おう。わからないことがあったら聞いてくれ」
ちょっと……注目されるどころか、普通に女子の方から話しかけてるじゃないの。
しかも、あいつ女子に頼られてデレデレしちゃってるし。
隣で美咲が腕を組んで、小さく吹き出した。
「あーあー、典型的なパターンに照れちゃって。『ノート見せて?』って、親しくない男子にわざわざ言わないっしょ? これは話しかけるきっかけが欲しいだけだね」
「そうなのか!? 俺も結構頼まれるけど」
結城が目を丸くすると、美咲は呆れたように肩をすくめた。
「……結城もいい奴すぎてアレだね。普通は自分の友達に頼むっしょ」
少し経つと、今度は別の女子が拓実の席の横を通りかかった。
「あ、佐藤くん、この荷物、あっちに動かすの手伝ってもらっていい?」
「え? あ、うん。いいよ」
拓実は素直に立ち上がり、段ボールを持ち上げて運んでいった。
「ありがとう! 佐藤くんって、結構筋肉あるよねー」
ポン、と。女子の手が、拓実の腕に軽く触れたのが見えた。
「お、おう。そうか? まぁトレーニングしてるからな。ははは」
――は? なに触ってんの?
だいたい、そんな小さい荷物、わざわざ拓実に頼む必要ないでしょ!?
それに……触られて鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ、バカ拓実!!
私がギリッと奥歯を噛み締めている横で、須藤が感心したように顎を撫でた。
「ヘぇ……触れるってことは、少なからず好印象ってことだよな。あいつ、結構人気出てるんじゃないか?」
「そうだねー。どうでもいい人なら絶対に触らないし。ま、これもさっきと同じで、大したことない作業をお願いする手口っしょ。佐藤には効果バツグンっぽいけど」
美咲も深く頷きながら分析している。
さらに別の女子の声が飛び込んできた。
「ねえねぇ、佐藤くんって、いつも結城くんたちと一緒だよね? 何してるの?」
「い、いや、別に大したことはしてないよ」
「えー、だって結城くん、須藤くん、氷室さん、五十嵐さんって学年でもぶっちぎりのトップグループだよ。レベル高すぎて簡単には入れないでしょ? 気になるじゃん」
「ほんとに、普通だよ。勉強したり遊んだり……」
廊下で聞いていた結城が、ポンと手を打って納得したような顔をした。
「そうか。俺たちと一緒にいるってのも、プラス要素になってるのか」
「あー、アタシたちって目立つからねぇ。『カースト上位のブランド』みたいな感じ? 佐藤の株を底上げしてるんだね」
「二学期からは空き教室以外でも一緒にいたから、それがみんなには『俺たちのお墨付き』に見えたってのもあるかもな」
美咲と須藤も深々と頷いている。
そういうこと!? いくら改善したとはいえ、なんでこんなに女子が寄ってくるのか不思議だったけど……最後のピースがそれなの!?
結城たちの言葉に、私は思わず頭を抱えた。
冷静に状況を分析したら、その通りだわ。
総じてスペックが平均以上の良品に『学年トップグループの看板』が掲げられてるんだから……。
結城や須藤みたいな手が届かない超絶ハイスペック品よりも、程よい優良物件として目をつけられるに決まっているじゃないの。
……どうしよう、このままじゃ本当に他の子に持っていかれちゃうかも……!
その瞬間、ふと、教室の中にいる拓実と目が合った。
廊下にいる私たちに気づいた拓実は、フッと存在しない前髪を払うような仕草をして、ウザすぎるドヤ顔を向けてきた。
「あ、また調子に乗ったな……あいつ」
須藤が呆れたように呟いた。
……なによ、今の顔。『俺だって結構モテるだろ?』とでも言いたいつもり!?
私は廊下から、調子に乗ったラノベ勘違い野郎を、『あとで覚悟してろよ』という絶対零度の視線で真っ直ぐに突き刺した。
「ひぃ……っ」
窓越しに殺気を受け取った拓実が、ビクッと肩を震わせて怯えた。
「はは、この辺は変わらないな、佐藤も」
笑い合う結城と須藤の横で、美咲が私に身を寄せ、小声で囁いてきた。
「で、どうする? 凛子? やっぱりバレ始めてるよ」
「……ムカつくけど、私の方から折れるしかないわね」
そうよ。あいつはもう普通になったんだから、ルールを解除してあげたって何もおかしくないわ。
普通になったくせに、あのバカが言い出さないのがバグってるだけよ。
……だから、仕方がなく私から解除してあげるだけなんだから。
「あとで、ちょっと呼び出すわ」
「ふふっ、がんばってねー。……ちなみに、凛子」
「な、なによ」
美咲はニヤリと笑って私を指差した。
「今日の凛子、驚いたり怒ったり、顔芸が半端なかったよ。もう少しクールにしてないと、他の人にもバレちゃうよ?」
「へっ!? 嘘っ!? そんなに!?」
感情が顔に出まくってたなんて……恥ずかしすぎでしょ。
結城たちに気付かれてないといいけど。
私は廊下の冷たい壁に額を押し当てて、どうしようもない熱と羞恥をやり過ごすことしかできなかった。




