第33話:疑惑の視線
十一月中旬。肌寒くなってきたとはいえ、グラウンドは校内球技大会の熱気で包まれていた。
「ふーっ、アタシたち強すぎっしょ。凛子のアタック、今回もえげつなかったねー」
「美咲のトスも相変わらず完璧だったからよ」
自分たちのクラスのバレーボールの試合を早々に圧勝で終わらせた私と美咲は、次の出番までの時間つぶしに、グラウンドへと足を運んだ。
「次の試合まで時間あるし、男子のサッカーでも見てよっか」
「そうね。ちょうど……拓実のクラスの試合もやってるみたいだし」
コートのフェンス際に立つと、視線の先には、砂埃を上げて走る拓実の姿があった。
「あーっ、また佐藤が空振りしてる! 相変わらずボールの軌道読めないねぇ……」
「……そうね。運動のセンスは絶望的だわ」
美咲が吹き出すくらい呆れるのも、無理ないわね。
須藤とのトレーニングで、ボールの扱いまで教わる余裕はないでしょうし、そもそも運動神経がポンコツなのはどうしようもないんだから。
今だって、ピッチの中央付近で、うまくトラップできずに明後日の方向へ弾いてるし……おまけに勢い余って派手にすっ転んだわね。
サッカーは転び方を競うスポーツじゃないのよ。
でもまぁ、照れ笑いを浮かべるくらいで、拗ねたりはしないし、すぐに立ち上がって動き出す必死さと、走り続けるスタミナは大したものね。
「いやー、今日もよく走るねー。技術はアレだけど、普通に役に立ってるっしょ」
「……まあ、体力だけはついてるみたいだから」
そう言い捨ててフェンスに寄りかかりながらも、不格好に全力で走る幼馴染の姿を、ずっと目で追ってしまっていた。
……それにしても。
こいつ、全く私に気づかないわね。
わざわざ見に来てあげてるんだから、少しはこっちを向きなさいよ、バカ拓実。
……と、私がフェンス越しにジリジリと睨みつけていると、珍しく味方のピンチを救った拓実に、周囲の男子から声が飛んだ。
「おぉ、ナイスカバー、佐藤!」
「わりぃ、抜かれたのフォローしてくれて助かったわ!」
「おう!」
拓実が額の汗を拭いながら、短く言葉を交わして自分のポジションに戻っていくのが見える。
いいわ。ちゃんと役割を果たしているじゃない。
ふふん。これこそ私の教育の――
「ねえねえ、佐藤くんって最近ちょっとカッコよくなったよね」
「わかるー。前は暗くて近寄りがたい感じだったけど、最近普通に話せるし」
「うんうん! ちょっとした気配りとかもできるしねー」
――ん? 今なんて言った?
声のする方へわずかに視線を動かすと、少し離れた位置で応援している女子たちがヒソヒソと喋っていた。
私の脇腹を、美咲がニヤニヤしながら肘でつついた。
「……凛子、聞こえた? 今の」
「……聞こえたわ。どういうことかしら?」
「それにさ、あの子たちの視線……どう見ても佐藤を追っかけてるっしょ」
「……は? なんでよ。あいつ大して活躍してないわよ。注目されることなんてないでしょ?」
「あーあ。これはアレだね。良い感じに仕上がってきてるのが、周りの女子たちにもバレ始めたっぽいね」
ちょっと待って。
あいつが『普通』を超えても努力し続けてるせいで、周りの女子たちも拓実に注目し始めてるってこと!?
最悪だわ。『見本が良すぎた弊害』が、こんなところに飛び火するなんて。
ピーッ!
試合終了のホイッスルがグラウンドに鳴り響いた。
「おっしゃあ! 勝ったぞ!」
「ああ、ナイスシュートだったな!」
「佐藤も、めっちゃ走ってカバーしてくれて助かったわ!」
「いや、俺はこぼれ球拾うくらいしかできないからさ」
コートから引き上げてくる拓実のもとにクラスの男子たちが集まり、自然にハイタッチを交わして笑い合っている。
やっぱり、そうだ。拓実はもう『地味だけどいいやつ』なんかじゃないわ。
あいつの立ち位置……どう見てもクラスの中心人物たちに近くなってるのよ。だから、女子たちの視線も集めてしまうんだわ。
なんでこんな急激に……。
クラスのメインキャラクターへとランクアップしようとしてるんだから、プロデューサーとして誇らしいはずなのに。
嫌な予感しかしないわ。
「……こりゃあ、うかうかしてると、他の女子にサクッと取られちゃうかもねー」
「なっ! と、取られるとか、そんなんじゃないし!」
否定したところで、顔が熱くなるのは止まってくれないし、心臓も暴れ回っている。
「……ふーん? 顔、真っ赤だよ?」
「う、うるさいっ! 知ってるくせに、意地悪言わないでよ!」
「アハハ、ごめんごめん。でもさ」
美咲は私の顔を覗き込むようにニヤリと笑った。
「佐藤のやつ、私から見ても割といい感じだからねぇ。凛子がそんな風に意地張ってモタモタしてたら、本当に誰かに横取りされちゃうかもよ?」
「だ、だからって……もう、煽らないでよ」
「アハハ! クールな凛子が可愛くなっちゃって。あ、そうだ! 明日久々に様子を見に行こーよ。実際、クラスでどんな状況か見ておく方が良くない?」
「……確かにそうね、そうしましょう」
クラスメイトと笑い合う拓実の姿が、ひどく遠くに感じられる。
もう、なんで私がこんなに焦らなきゃいけないのよ。
あんたは『地味だけどいいやつ』で十分だったのに……結城たちみたいなカースト頂点を見本なんかにするから、変なことになっちゃったじゃない。
どうしてくれるのよ!
……って、計画を主導したのは私だったわね。バグり過ぎにも程があるわ。
それに、『話しかけるな』なんて理不尽なルールを作ったのも私だわ……。
いやいや、だからって、今さら私から話しかけに行くなんてできるわけないし……。
でも、このままじゃ、本当に……。
私はグラウンドの隅で一人、ギリギリと強く唇を噛み締めることしかできなかった。




