幕間:元・ラノベ勘違い野郎の決断
「……ふっ、ついに俺も『普通』を完全にマスターしたようだな」
自室のベッドに倒れ込み、俺は文化祭の余韻に浸りながらニヤリと笑みを浮かべた。
二学期が始まってから今日まで、俺の泥臭いレベル上げは着実に『普通』として結果に表れている。
毎朝の須藤とのランニングのおかげで、体育のサッカーでもバテずにピッチを走り回れるようになった。
まぁ走れるだけで技術は素人以下だが、足手まといにはなっていないはずだ。
必死でやり直した勉強も、中間テストで全教科平均点を超えた。
クラスでも、文化祭の裏方作業を文句を言わずにこなすうちに、自然と会話のパスが回せるようになっている。
極めつけは、今日の文化祭だ。
廊下で女子が落とした大量のプリントを、俺がサッと拾って渡してあげた時のことだ。
「ありがとう」とプリントを受け取った彼女は、少し頬を染めて、俺に満面の微笑みを向けてきたのだ。
……まあ、実際の俺は、不意打ちの女子の笑顔にドギマギしてしまい、その後は「あ、ああ、うむ……」とロボットみたいな返事しかできなかったわけだが。
だが、それでもフラグは立ったはずだ。これでクラス女子たちからの好感度は爆上げに違いない。
自分で言うのもなんだが、マイナス限界突破だった俺のステータスは、今や完全にプラスマイナスゼロの『普通』に到達したと言っていい。
髪型も服も、五十嵐の厳しいダメ出しのおかげで『不審者』からは脱却している。
(……もういいよな? 明日、学校で凛子に話しかけても)
凛子に突きつけられた『普通の人間になるまで私に話しかけるな』という処刑宣告から半年。
『凛子、俺、ようやく普通になれたよ』と。そう言えば、きっとあいつは呆れた顔をしながらも、「まあ、及第点はあげてもいいわよ」なんて言って、また昔みたいに話せるようになるだろう。
「……いや、待てよ。それでいいのか?」
俺はスマホをベッドに放り投げ、両手で顔を覆った。
自分が『普通』の土俵に立ち、ちょっとしたことで調子に乗れるようになったからこそ……わかったことがある。
結城、須藤、五十嵐……そして氷室凛子という、学内カースト頂点に君臨する『最強パーティー』の、圧倒的なレベルの高さ。
春先の俺は、「本気を出せばいつでもあいつらを超えられる」と本気で信じていた。死ぬほど痛い勘違いだ。
自分なりに血を吐くような思いで這いつくばってようやく『普通』に到達した今ならわかる。
あいつらは、才能や主人公補正だけであの場所にいるわけじゃない。俺が苦労して身につけたコミュ力、基礎体力、学力を息をするようにこなしながら、見えないところでその何倍もの努力を積み重ねている。
四人全員が努力する天才とか、控えめに言って隠しボス並みのバケモノだ。
ステータスの差は、縮まるどころか、現実を知れば知るほど絶望的なほどに遠くに感じられる。
今、俺が凛子に『普通になりました』と話しかけたところで……結局、俺は『ちょっとマシになった世話のかかる幼馴染』という、モブキャラのポジションに収まるだけじゃないのか。
もし俺が本当にあいつの隣に立ちたいのなら、ただの『普通』で満足していていいわけがない。
あいつの隣に立つ資格なんて、今の俺にはまだない。
「……どうすれば、凛子に追いついたって胸を張れる?」
天井に向かって、誰に聞かせるでもなく呟く。
ただクラスメイトとして馴染むだけじゃ足りない。あいつらがいる高い場所、同じステージに立つための、明確な証明が必要だ。
考えを巡らせる俺の脳裏に、ある一つの道標が浮かび上がった。
俺たちは中三だ。来年の春には、人生を左右する大型イベントが控えている。
(……もし俺が、そこで……)
それならきっと、「俺も少しはやるだろ」と、あいつの隣で胸を張って言えるはずだ。
「……もう少しだけ、待っててくれ」
凛子に話しかけたい。いつもの冷たい視線じゃなくて、俺の隣で笑ってほしい。
だけど、今はまだその時じゃない。
あいつらに、凛子に追いつくまで、やるしかないな。
自分に課せられた『話しかけるな』という縛りプレイとヘルモードの特訓を、俺はもうしばらく継続する決意を固めたのだった。
「見てろよ、凛子……俺が本当の主人公になってお前に並び立つまで、絶対に話しかけたりしないからな」
結局、またラノベ主人公みたいな痛いセリフを口にしてしまった自分に苦笑しながら、俺は次なる超難関クエストに向けて静かに目を閉じた。




