第27話:求めていた成果
十月に入り、校内は月末の文化祭に向けて完全にお祭りムードに包まれていた。
私のクラスの出し物は『お化け屋敷』に決まり、今日の放課後は内装に使う買い出し班の到着待ちだった。
「ねえねえ凛子、買い出し組ちょっと遅くない? ちょっと休憩がてら自販機までジュース買いにいこーよ」
「いいわね。ずっと小道具を作っていて、少し疲れたし」
美咲の提案に乗り、私たちは賑やかな教室を抜け出して廊下へと出た。
「そういえば、佐藤のクラスはカフェらしいよ」
「そうみたいね。無難というか手堅いけど、うちの集客にも繋がりそうで助かるわ」
文化祭って、陰キャオタクが一番苦手な、現実の大型イベントなのよね。
いくら『無害な村人』に昇格したとはいえ、イレギュラーな行事でバグってないかしら。
痛いぼっちムーブをかましてないといいんだけど……嫌な予感しかしないわね。
すると、階段のほうから大きなダンボールを複数抱えた男子二人が歩いてくるのが見えた。隣のクラス――拓実のクラスの男子たちだ。
壁際に避けた私たちとのすれ違いざまに、彼らの会話が聞こえてきた。
「あー、マジで重い。でも、佐藤が半分持ってくれて助かったわー」
「ほんとそれ。佐藤ってさ、一学期はヤバい陰キャだと思ってたけど、意外と普通に良いやつだよな」
……ん? 今、『佐藤』って言った?
というか、ヤバい陰キャの『佐藤』なんて、拓実で間違いないわね。
「それな。こういうイベントとか絶対やりたくないタイプだと思ってたけど、面倒なことも文句言わずにやってるしなー」
「ああ。さっき買い出しでガムテープ足りないってなったときも、嫌な顔せずにすぐ行ってくれたし」
重いダンボールを半分持った? 文句も言わずに買い出しまで?
確かに体力や筋肉は少しついてきたけど、自分から手伝うなんて。
いい具合にパシられてるのを『頼られてる俺!』とか勘違いしてないでしょうね。
隣を見ると、美咲も「ほぅ」と感心したような顔をしていた。
「……美咲。ジュースの前に、ちょっと寄り道してもいいかしら」
「ふふ、いーよ。アタシも今のを聞いて、ちょっと気になってたところだし」
私たちは顔を見合わせると、足音を忍ばせて隣のクラスのドアの陰へと向かい、そーっと教室の中をのぞき込んだ。
視線の先、教室の隅っこに、拓実の姿があった。
「おーい佐藤、こっちのゴミもまとめといてくれるか?」
「ああ、いいぞ。そこに置いといてくれ。ついでにこのダンボールも潰しておくから」
ちょっと待って……無難すぎてツッコミどころがないんだけど。
あいつがやってるのは、大量のダンボールを解体して紐で縛る作業や、散らかったゴミ袋をまとめる作業、それに重い資材の運搬といった、地味な裏方仕事だわ。
それをパシリのように押し付けられるのでもなく、自分から進んでやっているだけ。
それに、頼み事にも『やれやれ』と無意味に拒絶しないし、オドオドして会話に怯える様子もない。言葉のパス回しもスムーズだわ。
さすがに、これを叩いたら理不尽すぎるわね。
「へぇ……佐藤、すっかりクラスの男子に溶け込んでるじゃん」
美咲がドアの陰から、感心したように小さく呟いた。
「……そうね。まあ、あいつに目立つポジションなんて一万年早いし、今みたいな裏方の雑用係くらいが分相応よ」
私は腕を組んで、フッと息を吐いた。
学んだコミュ力を実践して、クラス内でもちょっとだけランクアップした、今のあいつは『地味ながら、いい奴』といったところかしら。
これなら文化祭で悪目立ちして私の尊厳を脅かす心配もないわね。
いいわ。これこそ、私が求めていた『無害なクラスメイト』の完成形よ。
まぁ、私が直々に指導したんだから、これくらいできて当然よね。
ふふん。我ながら見事なプロデュースだわ。
「よし、佐藤の生存確認もできたし、ジュース買いにいこっか……って、どうしたの凛子? 急にドヤ顔して」
「えっ!? な、なんでもないわよ。さ、行きましょう」
美咲に促され、私は隣のクラスのドアから静かに離れた。
自販機へと向かう廊下を歩きながら、地味な裏方作業をこなすあいつの姿を思い返す。
まだ運動も学力も平均には届いてないけど、不格好な努力に免じて、一応は合格ってことにしてあげるわ。
結局、普通になるまで半年もかかるなんて、どんだけ手のかかる幼馴染なのよ。
まぁでも、これで私の中学生生活は安泰ね。




