第23話:スマートな真似事
八月も終わりに近づいたころ。
私たちは、結城の発案で隣町の夏祭りに来ていた。
提灯の明かりが立ち並ぶ神社の境内には、屋台がずらりと並び、家族連れや若者たちでごった返している。
「結局、佐藤は一日もトレーニングをサボらなかったな。正直驚いたぞ」
「勉強の方もだ。氷室にボコボコにされても、毎日続けたもんな」
甚平姿の須藤と結城が、前を歩きながら振り返って笑う。
ちょっと甘いような気もするけど、今日の集まりには夏休みを特訓に全ツッパした拓実を労う意図もあるらしい。
「ちょっと待て。お前ら俺は何日もつと思ってたんだよ」
拓実が不満げに口を尖らせると、二人は顔を見合わせて即答した。
「「三日」」
「……俺の期待値低すぎないか」
「あんたの夏前の評価なんて、そんなもんよ。そもそも自己評価が高すぎなの」
「まぁまぁ、凛子。この夏に関しては、佐藤も頑張ったじゃん」
私が呆れたようにため息をつくと、隣を歩く美咲がフォローを入れた。
「ふん……そうね。少しはマシにはなったんじゃないかしら」
愚痴を垂れたり謎のドヤ顔を炸裂させたりはしたけど、一日も欠かすことなくやり切ったのは、正直言って予想外だったわね。
調子に乗るから言わないけど。
「私服にお金使いすぎて、甚平買えなかったのには笑ったけどな」
結城が屋台の並びを眺めながら、思い出し笑いをする。
「すまん……俺だけ私服で」
肩身が狭そうに首の後ろを掻く拓実を、美咲が上から下までジッと見分した。
「でも、その白いカットソーに黒パンツは及第点だよ。ね、凛子?」
「……まぁ、不快さはないわね」
確かに、加点要素は全くないけど、髪もギトギトじゃないし、外見だけなら普通と言ってもいいわね。
「てかさ、あたしと凛子の浴衣姿なんて、超貴重だよ。佐藤わかってる?」
美咲がからかうように、下から拓実の顔を覗き込んだ。
「お、おう……そうだな」
拓実は分かりやすく目を泳がせ、そっぽを向いてしまう。
なに照れてキョドってるのよ。気の利いた一言も出ないなんて、こいつのコミュ力もまだまだね。
「いやー、それにしても、人が多いな!」
結城が周囲を見渡しながら言う。
「とりあえず、何か食べよーよ! アタシ、りんご飴食べたい!」
「おう、じゃあまずは、あっちの屋台から……ん?」
歩き出そうとした結城が、ふと足を止めた。
視線の先、人混みの中で、小学校に上がる前くらいの小さな男の子が一人で立ち止まり、ポロポロと涙をこぼしている。
「あれ、あの子……迷子かな?」
「お父さんかお母さんは近くにいないのかしら?」
私と結城が周囲を見回し、親らしき姿を探そうとした、まさにその時だった。
私たちが動くよりも早く、拓実がスッと男の子の前に進み出た。
えっ……拓実?
拓実は男の子と完全に同じ目線になるように膝をついた。だが、いざ話しかけようとすると、慣れない子ども相手に完全に顔が引きつっている。
「ど、どうした? 親とはぐれたのか、少年……?」
少年って……喋り方がSFロボットみたいに硬いんだけど。
でも、拓実が自分から人助けするなんて……既に挙動不審だし大丈夫かしら。
「佐藤、早かったな。でも、大丈夫なのか? フォローに入る方が……」
「いや、せっかく佐藤が自分から動いたんだ。あいつに任せてみないか?」
結城はちょっと不安そうだけど、須藤は成長の機会と考えてるのかしら。
確かに、人助けなんて滅多に無い経験だけど。
「いいじゃん! ダメそうなら助けてあげればいいだけっしょ」
美咲がパンッと手を叩き、明るい声で提案する。
「……そうね。私たちは周囲にご両親がいないか確認しながら様子を見ましょう」
「う、うぇぇぇん……!」
「あ、泣かないでくれ! だ、大丈夫だ。俺たちが一緒に探索……いや、探してあげるから!」
拓実は慌ててポケットからハンカチを取り出し、男の子の涙を拭おうとした。
パニックになってフリーズするでもなく、自分から動いて相手の不安に寄り添おうとするなんて、明確な成長だわ。
だけどね。
そのハンカチはなんなの!? ゴリゴリの深夜アニメの美少女柄じゃない。
まったく、いつまでそんな痛いオタク装備を持ち歩いてるんだか。
泣いている子供の前でツッコむわけにもいかず、様子を見ていたところ、拓実の必死さが伝わったのか、男の子は少しずつ泣き止み、こくりと頷いた。
なんにせよ、泣き止んでよかったわ。
「よし、じゃあみんなで迷子センターに行こうぜ」
結城の言葉に、私たちは頷いて歩き出した。拓実は男の子と手を繋ぎ、歩幅を合わせてゆっくりと歩いている。
やがて迷子センターに到着すると、血相を変えて我が子を探していた母親が駆け寄ってきた。
「ああっ、よかった! 本当にありがとうございます……!」
「い、いえっ! ぶ、無事に見つかって、その……よ、よかったです、はいっ!」
さっきまでの『頼れるお兄さん(風)の男』はどこへやら。
大人の女性相手には盛大にバグってるじゃない。
母親に何度も頭を下げられながら、顔を真っ赤にしてキョドりまくる拓実を見て、私は思わず小さく吹き出してしまった。
「いやー、佐藤。お前、よく一番に動けたな」
「ああ。俺たち、ちょっと出遅れちまったしな」
迷子の親子を見送った後、結城と須藤が称賛の言葉をかけると、拓実ははにかみながら後頭部をかいた。
「いや……結城なら迷わずこうするだろうなって、真似しただけだよ。最後は緊張して全然上手く喋れなかったし……」
なるほどね。いつもみんなの中心にいる結城の気配りを見て、あいつなりに学習してたってわけか。
ただの勘違いコミュ障だったくせに、まともな人間みたいじゃないの。
ふいに、隣にいた美咲がニヤニヤしながら私をつついた。
「ふふっ、佐藤もなかなかやるじゃん。ね、凛子もそう思うっしょ?」
「……ええ。まあ、スマートさは皆無だったけど、迷わず動いたことだけは評価に値するわね」
「えー、なんか冷たーい」
「……妥当な評価よ。さ、人助けも済んだし、お祭りに行きましょ」
ウザ絡みをしてくる美咲を、そっけない声であしらい、皆を促す。
「そうだな。よし、りんご飴買いに行くぞー」
結城の声に、拓実が頷いて歩き出した。
「……」
普通になれと言ったのは私なんだけど、いざ人間らしいことをされると、なんだか気持ち悪いわね。私の知ってるポンコツオタクじゃないみたいに思えるからかしら。
だいたい、結城みたいな「普通じゃない気遣いをしろ」なんて言ってないのよ。
そんな高レベルさは求めてないんだから、さっさと「普通」になりなさいよね。
私は小さく息を吐き出すと、いつもの涼しい顔を作って彼らの後を追いかけた。




