第24話:夏の終わり、評価の行方
夏祭りの喧騒が遠ざかり、私たちは最寄り駅へと続く夜道を歩いていた。少しだけ秋の気配を含んだ夜風が心地いい。
前を歩く結城、須藤、美咲の三人が、屋台の感想や二学期の話題で楽しそうに笑い声を上げている。
私と拓実は、その数歩後ろを並んで……いや、正確には、拓実が私よりも半歩だけ前を歩いていた。
「いやー、最後の射的、アツかったな。須藤、マジで凄かったぞ」
「的が小さいからな。意外と難しかったけどな」
「なあなあ、俺も最後の一発、惜しかっただろ?」
「いや佐藤、お前のは完全に明後日の方向飛んでたから!」
前を歩く結城たちの会話に、拓実がごく自然なトーンで混ざって笑い合っている。
いっちょ前に会話のパス回しに参加できるようになったわね。さっきの迷子への対応も、悪くはなかったし。
半歩前を歩く幼馴染の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、街灯のオレンジ色の光が、その姿をふいに浮き彫りにした。
……あれ?
こいつ、いつの間にか健康的に日焼けしてるわね。それに、少しだけ筋肉もついたような……。
毎朝のトレーニングのおかげかしら。
極端だった猫背も、真っ直ぐに伸びたし、なんだか背中がちょっとだけ広くなった気もするのよね。
一ヶ月前までは、スライム以下のヒョロガリだったはずなのに……。
……って、そりゃそうよね。
この夏休みの間、あいつはブツブツ文句を言いながらも、なんだかんだで一日も特訓をサボらなかったんだから。
朝は須藤のトレーニングでしごかれ、日中は私や結城と図書館で中一レベルからの勉強をやり直し、夕方には美咲の外見チェックでボロクソに怒られる日々。
言い訳で逃げるのをやめて、自分の低スペックさと向き合ってきた結果が、今の拓実なのよね。
マイナス面が埋まってきたのも、当然のことかもしれないわ。
せめて『無害で普通の人間』にしなきゃと始めた計画だったけど、順調に目標へと近づいて……。
ふいに、拓実が振り返って私を見た。不思議そうに首を傾げている。
「……な、なによ」
「いや、さっきから凛子が大人しいから。どうしたのかなって」
「なっ……」
考え事をしてたせいで会話からフェードアウトしてたからって、拓実なんかに気付かれて気遣われるなんて……腹立つわね。
「なんでもないわよ。前向いて歩きなさい」
「なんだよ、理不尽だな。暗いから、足元元気をつけろよ」
文句を言いながらも前を向いた拓実の横顔に、卑屈でキモい面影はもう見当たらない。
『あんたに気遣われるなんて一万年早いわよ』と、いつものように切り捨ててやろうとしたのに、なぜか言葉にならなかった。
マイナスがゼロになった。
ただ、それだけのことなのに。
……なんか調子狂うわね。
ふと、佐藤のおばさんに言われた言葉が頭をよぎった。
『凛子ちゃんにふさわしい男になろうとして、あの子なりに必死に頑張っているんでしょ?』
いやいや、そんなわけないでしょ。
あいつはただ、私に見捨てられないように必死に『普通』を目指してるだけ。それ以外に理由なんてあるはずないわ。
とはいえ、動機が何であれ、この夏、一度も逃げ出さなかったのは紛れもない事実なのよね。
計画を主導した私も、フラットに評価をしないといけないんじゃないの?
私は小さく息を吐いた。
あいつの成長は、都合のいいラノベみたいな奇跡や主人公補正なんかじゃない。
全部、あいつ自身が現実で積み上げてきた『結果』だ。
まだまだ、外見は安定しないし、学力も体力もコミュ力だって、普通とは言えない。
だけど……私の中の、佐藤拓実という人間に対する評価だけは、ほんの少しだけ『プラス』に動いたんだと……認めざるを得なかった。




